著者
小田 博志
出版者
北海道大学大学院文学研究科北方研究教育センター
雑誌
北方人文研究 (ISSN:1882773X)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.73-94, 2018-03-31

139年前に札幌から一体のアイヌの遺骨がドイツへと盗み出された。なぜそのようなことが行われたのか。その遺骨のrepatriation(返還・帰還)はどうあるべきか。本論文の目的はこれらの問題について、この遺骨のストーリーを辿りつつ考察していくことである。ここでは「エスノグラフィック・アクションリサーチ」のアプローチを通して明らかになった知見を述べていく。19世紀後半から20世紀前半にかけて、「グローバル人骨流通ネットワーク」を通して植民地化された人々の遺骨が大規模に収奪され、形質人類学の研究対象とされた。そのネットワークのハブのひとつが当時のベルリンであった。その頃ドイツの人類学・民族学では「自然民族/文化民族」の二分法が浸透していた。主体としての人間が文化と歴史を作り、客体としての自然を支配し収奪するという、この非対称的な分割は植民地主義と人種主義とを正当化する役割を果たした。この植民地主義的な歴史の文脈の中で、アイヌ遺骨の盗掘も行われ、主体性が奪われ、研究の客体に仕立て上げられ、ついには“RV33”と番号がふられた。近年、植民地化された人々のコミュニティから遺骨返還を求める声が上がっている。これはrepatriationという概念で論じ実践されているが、そこには法制度的な手続き論を超えて、ポストコロニアルな責任と脱植民地化という課題への広がりがある。“RV33”と番号がふられたアイヌの遺骨の故郷は、札幌にかつてあり、北海道/アイヌモシリの植民地化によって解体されたコトニ・コタンであったことが明らかになっている。その故郷への未完の旅の行く末を、「再人間化」をキーワードに考察したい。
著者
小田 博志
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第52回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.151, 2018 (Released:2018-05-22)

19世紀後半から20世紀前半にかけて、人種主義を背景とする形質人類学的研究のため、世界各地で植民地化された人々の遺骨が持ち去られ、大学や博物館に収蔵された。この植民地主義の負の遺産に対して、遺骨が発掘されたコミュニティーからrepatriation(返還/帰還)を求める声が上がっている。アイヌ民族の遺骨も例外ではない。ここではアイヌ遺骨のrepatriationを巡る状況を報告し、それを通して脱植民地化に向けた人類学者の公共的役割を論じたい。
著者
小田 博志
出版者
日本平和学会
雑誌
平和研究 (ISSN:24361054)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.1-26, 2021-08-26 (Released:2021-08-26)
参考文献数
37

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは人類に何を問いかけているのだろうか?ワクチン接種に収斂しつつあるCOVID-19対策において、生体の自然治癒力および森林破壊、グローバル気候変動など生態学的な背景が等閑視されている。この行動のパターンは、自然から人間を切り離して、主体としての人間が客体としての自然を支配するという近代文明の前提に由来する。ここで自然と人間をいかにつなぎ直すのかという根本的な問題が浮上する。生きているということの本質規定は自発性であり、この生命の根拠は客観化も所有も支配も不可能である。この生きているということにおいて自然と人間とはつながっている。近代において植民地化されてきた先住民族の視点に立つと、個々の生きものだけではなく、世界が生きているということが見えてくる。この生きている世界では、動植物ばかりか、山や川や大地も生きており、互いにケアし合っている。このつながりの中で個々の生きものは生きている(内在性)。またつながりのケアは世代間で継承される(世代間平和)。深い脱植民地化が向かう先はこの生きている世界である。多様な存在者がつながり合って生きている様を、人間を含むいのちの網の目のイメージで捉えることができる。これは先住民族/近代人の別なく存在論的に基層の次元にあたる。いのちの網の目の存在論に基づくと、研究、言葉、技術、経済、そしてパンデミックとの関わりも自ずと変わらざるを得ない。
著者
ゲーマン・ジェフリー ジョセフ 飯嶋 秀治 小田 博志 マーティン カイリー・アン ルアレン アン エリス バヤヤナ ティブスヌグエ (汪 明輝)
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究では、最終報告書の編集にアイヌ民族当事者たちのインプット・フィドバックも含め、当事者たちの声を研究プロジェクトの中心に据えること=アクション・リサーチ研究を目指してきた。先住民族による合同研究会を継続的に実施することにより、先住民族アイヌの「知」を規定する様々な要因を特定できた。また、先住民族同士の合同研究の在り様に関する斬新な理論・方法論を発見した。このようにアイヌ民族の「知」を規定する社会的構造と文化伝承のメカニズムの両面を同時に取り入れた研究として、本研究はこの国初と言って良いであろう。国際発表をしたところで、研究方法は称賛され、注目もされている。