著者
小路田 泰直 住友 陽文 小関 素明 岡田 知弘 小林 啓治
出版者
奈良女子大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01 (Released:2012-04-24)

本年度は、当該年度を含め5年にわたる史料調査および研究によって蓄積されてきた成果の、一般的公表を念頭に、研究実施計画に照らして、とりわけ日本の各地域における原子力を中心とする電源開発史の総合を目指して、研究を継続した。特記すべきは、以下の二点である。まず、これまでの5年間でおこなってきた聞き取り調査(被災した福島県浪江町の首長、ビキニ事件における民間での活動関連、原発設置反対運動関連)、ならびに、おなじくこの5年間で収集した原子力関連史料(電源開発にかかわる新聞資料)の公表を、プライバシー等の問題に配慮しつつ、学術雑誌『史創』第7号において、おこなった。さらに、前年度、当科研の代表・研究分担者・研究協力者らを中心に出版した『核の世紀 原子力開発史』(東京堂出版)についての自己批判的な討議、新聞紙・雑誌に掲載された書評における真摯な批判をもとに、研究をさらにより広く、また深めるべく、奈良女子大学および福島大学において、二度のシンポジウムを開催した。以上の研究により、日本における原子力を中心とする電源開発の歴史、またそのなかで形成された安全神話の内実、さらには、戦前からつづく世界全体での原子力開発の歴史的な意義、また戦後の日本史全体を貫く原子力政策の意義が深く追究され、これまで五年に渡って積み重ねられてきた研究成果は、ひろく一般に公開されるとともに、今後、研究成果を飛躍的に応用するための重要な処方をえることができた。
著者
小路田 泰直
出版者
奈良女子大学
雑誌
日本史の方法 (ISSN:18804985)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.112-123, 2006-01-16
著者
小路田 泰直
巻号頁・発行日
1994 (Released:1996-04-08)

近代国家において首都の役割は、世界市場の中にあって国民社会を枠づける国民文化を創造することであるが、後進国日本においては、東京がその役割を果たすことは容易なことではなかった。圧倒的な西洋文明の影響の中で、国民のアイデンティティーの核になる文化を創造することがいかに困難であったかは容易に想像できる。だから東京は単独で首都としての機能を果たすことはできなかった。京都という国枠文化の中心をもう一つつくりだし、京都との役割分担によって首都としての機能を果たそうとした。そこに東京と京都を二つの核とした、近代日本文化の構造が生まれた。その構造の中でいかなる近代日本文化が育まれていったのか、それを両都の象徴空間のあり方を手がかりに探ろうとしたのが、本年度の私の研究であった。廃仏〓釈の段階では、仏教伝来以後の日本文化はいったん否定されたが、その背景になった国学的文化観では、近代日本に必要な日本文化は生み出せなかった。伝来した外来文化を常に日本化して受け入れる、その文化受容の柔軟性にこそ日本文化の特質を見いだした、岡倉天心的文化観の確立が不可欠であった。そこで明治政府はその文化観を確立するために、帝国博物館をはじめ様々な象徴空間を造り上げていったが、その最大の象徴空間が、まさに長年にわたる外来文化の蓄積地京都であった。だから明治政府は、京都を日本文化の中心として演出することに全力をあげた。そしてその演出の帰結が、遷都1100年祭であった。以上が研究のおおよその結論である。