- 著者
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西谷地 晴美
- 出版者
- 国立歴史民俗博物館
- 雑誌
- 国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
- 巻号頁・発行日
- vol.152, pp.329-356, 2009-03-31
『古事記』の語る「豊葦原水穂国」と『日本書紀』の記す「豊葦原瑞穂国」は全くの同義語であり,「水穂」と「瑞穂」はいずれも「イネの豊穣を意味することば」であると理解されている。しかし近年の研究では,『日本書紀』の過去認識は現在とのつながりを重視した過去認識であり,『古事記』のそれは現在につながらないものに視点を据えた過去認識であることが指摘されている。そこで簡便な調査を行い,『古事記』の語る「豊葦原水穂国」は,「葦原の広がる水の豊かな国」という意味であるとする仮説を得た。『日本書紀』は「水穂」を「瑞穂」に書き換えることによって,「水の豊かな国」を「稲穂の豊かに実る国」に変換したことになる。「トヨアシハラノミヅホノクニ」を,『古事記』が稲穂と関係のない「豊葦原水穂国」と表記し,『日本書紀』が稲穂と深く関わる「豊葦原瑞穂国」と表現したのは,天皇の国家統治を語る場面において,『古事記』が農への関心を示さず,『日本書紀』が農に執着することと深く関係している。しかし,農本主義の有無だけが書き換えの理由ではない。『日本書紀』は,天皇による人民支配の正統性の根拠を,天つ神から瓊瓊杵尊への国土授与におく。しかし,生民論を欠く『日本書紀』が,天皇と「民利」との関係を示すためには,天皇統治の場は初めから「豊葦原瑞穂国」である必要があったのである。