著者
山本 まゆみ
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2008

当研究は、1990年からつづく、あまりにも政治化した慰安婦言説に警鐘を鳴らし、慰安婦研究が脱政治化へと軌道修正をすることを目指し、1990年代前半の出版・研究言説から浮かび上がった「強制〔連行〕」をキータームとし、言説の政治化過程を検証した。当研究調査では、その言説を補助する史実として繰り返し登場するジャワ島中北部で1944年3月に起こった「スマラン慰安婦事件」に関する資料をオランダ公文書館で精査した。本事件は、慰安婦の女性たちが、敵性国人収容所から強制連行されたこと、日本軍上層部が状況を知りこれら慰安所を開設後2ヶ月あまりで閉鎖したこと、和蘭BC級戦犯裁判で2年余という異例の長さを費やし調査・審理したことから、日本軍のみならず当時の和蘭政府も「異常」な事件と認識していたことが明白となった。慰安婦言説の政治化を支える強制連行というキータームが、曖昧になりつつある近年、強制連行の代わりに単なる強制という言葉や権力という言葉に置き換え、言説に政治性を付帯させるという技法のほか、特殊例であったはずの「スマラン」が、慰安婦「強制連行」を支える一般例として登場し言説の政治性を精鋭していることが明確になった。本研究の意義及び重要性は、調査結果を踏まえ2009年3月にシカゴで開催された米国アジア学会年次学会で慰安婦言説の脱政治化を目指し発表した「慰安婦言説政治化への過程:スマラン慰安婦事件について」に対する歴史研究者の反応からも窺えた。当研究が警鐘を鳴らした歴史の過剰な政治化への懸念は、多くの歴史研究者から賛同を得ただけではなく、発表後、「近年慰安婦問題だけに拘わらず、単に語り出版することで「真実であった」かのように認識される現象を、研究者は真剣に考えなければならない時期に来ている」とし、世界史学会の一部の研究者たちが、「次期学会で慰安婦問題を取り上げよう」という意見を述べていただけでも大きな意義があったと考える。
著者
山本 まゆみ Horton William.B
出版者
宮城大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2023-04-01

過去30年の間行われてきた慰安婦研究は、新たな進展がないまま、政治言説をも根拠資料のように扱っている研究も多く、現在の価値観で77年前の社会を理解する状況に陥っている。本研究は、当時の社会の文脈で史料を分析し、慰安婦を総合的に理解することを目指す。研究対象地域のインドネシアは、日本軍政の史料が国内外で保存され、慰安婦研究史料も数多く保管されている。特に、オランダBC級戦犯臨時法廷の尋問調書等には当事者の「生の声」も散見できる。文化人類学の方法論に用い、時間軸に「声」を描き入れ、当時の医療体制と性病予防史料も分析し、日本占領期の法律も検証し、日本占領期インドネシアの慰安婦を理解する研究である。
著者
山本 まゆみ 倉沢 愛子 Horton William.B 高地 薫 山崎 功 後藤 乾一 スリョメンゴロ ジャファール
出版者
宮城大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2019-04-01

歴史研究では、政治体制の変化で時間軸を「分断」する傾向があり、インドネシア近現代史では、第2次世界大戦で歴史の流れを「分断」する研究が通例となっている。だが、人脈や教育、社会活動という点から通観すると、スカルノと日本軍政監部の関係、インドネシア国軍やPETAの軍事教練、そして現在も存続する「隣組」のように、「分断」ではなく「連続性」や「継続性」を見出せる。本研究は、日本占領期を、独立後のインドネシアの播種期と捉え、占領期の軍の人脈、教育、文化・社会活動が、戦後社会に与えた影響を検証することを目的とする。本研究は、研究の国際貢献を念頭に、占領期研究の多言語史料や研究成果を英語で発表する。
著者
高地 薫 Horton William.B 山本 まゆみ 北村 由美
出版者
神田外語大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2018-04-01

2019年度は、初年度に引き続き、主に国内あるいはインターネットにて入手可能な資料、入手済みの資料の分析を進めた。髙地(代表者)は、2020年2月末から3月末にジャカルタにて現地調査を進めることができた。一方で、計画に従い、プロジェクト一年半の中間成果をまとめた。その中間成果は、11月23日・24日に静岡県立大学草薙キャンパスで開催された東南アジア学会第101回研究大会にて、“Hidden hands of the Great Powers in Indonesia: Critical examinations of US Academia in the Cold War”と題するパネルで発表した。代表者である高地薫が座長、北村由美(分担者)をモデレーターとし、KOCHI Kaoru, “Army - Academia relations in Indonesia: Soewarto and SESKOAD as a cradle for the New Order”; William Bradley Horton, “A cautionary tale of arrogance: The Harry Benda translation of Japanese Military Administration in Indonesia and the US”; YAMAMOTO Mayumi, “Academic money laundering during the Cold War: The case of the MIT Indonesia Project”と題する発表を行なった。発表後の質疑では、参加者から有益な助言や疑問が提起され、活発な議論が行なわれた。
著者
山本 まゆみ
出版者
早稲田大学
雑誌
奨励研究
巻号頁・発行日
2011

当研究は、1920年代長崎から和蘭領東インドに渡り、バタビアで旅館を経営した一般邦人男性が、1941年11月下旬最後の引き揚げ船で日本に戻りながらも、半年後に日本軍部の徴用でインドネシアに復帰し、戦後間もなくインドネシアでその生涯を閉じたその人生に焦点をあてた。男性の生涯を辿りつつ、20世紀前半のインドネシアにおける在留邦人社会および、祖国の政治に翻弄された彼らの異国での生活の軌跡を、明らかにすることを目的としている。軍部は、彼らの言語能力や文化知識を活用したい一方、人脈のある住み慣れた地に配属することで、諜報活動や軍部に抵抗される危険性を懸念するなど、協力を期待しながらも信頼しなかった。軍部からも疑われていた「復帰邦人」は、戦後オランダ及びインドネシアにおいても、戦争に関する記憶の中で、日本軍部の「スパイ」という、謂われざる汚名を受けることになったが、ディアスポーラのサバルタンの歴史を再構築し、誤解された言説を再編成することを目指した。研究方法としては、文献資料調査及び面接聞き取り調査で遂行した。国立国会図書館、早稲田大学図書館、オランダ公文書館(戦争資料研究所、国立公文書館、外務省)を中心に調査を行った。また、日本占領下インドネシアにおいて日本人軍属軍人と関係を持っていたオランダ人女性の研究で著名なオランダ戦争資料研究所のEveline Buchheim博士からもご助言をいただいた。当研究調査を通じ、現在にいたる戦争中の一般邦人に対する記憶は、日本およびオランダを問わず、両国間の政治あるいはそれぞれの国内事情により、社会に内在する偏見を顕著にした記憶となり定着する傾向があるのではないかという結論を導き出すことができた。現在なお記憶として再構築されている一般邦人の汚名は、戦後間もない時代また1990年代の戦争処理問題の言説と共に増幅されていったと考えることができた。