著者
川畑 貴裕 久保野 茂
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.73, no.1, pp.27-32, 2018-01-05 (Released:2018-09-05)
参考文献数
14

今から約138億年前,誕生直後のわれわれの宇宙は「ビッグバン」と呼ばれる高温・高密度の状態にあった.ビッグバン理論によると,宇宙開闢の約10秒後から20分後にかけて「ビッグバン元素合成」(Big Bang Nucleosynthesis: BBN)が起こり,陽子と中性子を起点とする原子核反応によって水素,ヘリウム,リチウムなどの軽元素が生成された.このとき生成された元素の組成について,観測による推定値と理論計算による予測値を比較することは,宇宙創生のシナリオを明らかにするうえで,重要な知見を与えてくれる.BBNにおける4Heと重陽子の生成量は,観測による推定値と理論予測値が非常によく一致する一方で,7Liについては,生成量の観測推定値が理論予測値の約1/ 3でしかないという重大な不一致が知られている.この不一致は「宇宙リチウム問題」と呼ばれ,ビッグバン理論に残された深刻な問題として大きな関心を集めている.宇宙リチウム問題を巡っては,いくつかの解決策が提案されており,それらは三つに大別される.一つ目は,観測から7Liの原始存在量を推定する方法に問題があるという説であり,二つ目は,宇宙リチウム問題の原因を標準理論を超える新物理に求める説である.そして,三つ目は,BBN計算に用いられている原子核反応率に誤りがあるという説である.しかし,現時点でこれらの説を決定づける実験的・観測的な証拠は見つかっておらず,宇宙リチウム問題は,宇宙物理学だけでなく,天文学,原子核物理学,素粒子物理学までも巻き込んだ物理学における重要な問題となっている.原子核物理学の観点からこの問題を考察すると,7Liは主に7Beが電子捕獲崩壊することで生成される.しかし,7Beを生成する反応については,すでに複数のグループによる測定がなされており,BBN計算の結果を大きく変化させる余地はない.近年,7Beの生成率ではなく,7Beを他の原子核に転換する反応に注目すべきとの指摘がなされている.もし,BBNの過程で,7Beが7Liへ崩壊する前に他の原子核へ転換する反応の寄与が増大すれば,BBN計算における7Liの生成量が減少し,宇宙リチウム問題を解決できる可能性がある.7Beを転換する反応として有力視されていたのが,n+7Be→4He+4He反応である.しかし,7Beと中性子はどちらも短寿命の不安定核であるため,この反応を直接に測定することは容易でなく,これまで,BBNに関係するエネルギー領域における断面積は測定されていなかった.このような状況のなか,我々は大阪大学核物理研究センターにおいて,逆反応である4He+4He→n+7Be反応を測定し,詳細釣り合いの原理に基づいてE=0.20–0.81 MeVのエネルギー領域におけるn+7Be→4He+4He反応の断面積を初めて決定することに成功した.その結果,n+7Be→4He+4He反応の断面積は,BBN計算にこれまで用いられてきた推定値より約10倍も小さく,宇宙初期において中性子が7Beと衝突し二つの4Heに分解する反応の寄与は小さいことが明らかになった.残念ながら,宇宙リチウム問題の謎はさらに深まる結果となったが,今回の成果は標準模型を超える新しい物理の探索や,原子核反応率の見直しなど,さらなる研究を動機づけるに違いない.
著者
川畑 貴裕
出版者
大阪大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2019-04-01

本研究では原子核におけるアルファ凝縮状態を系統的に探索し、その存在を確立したうえで、エネルギーや崩壊幅から低密度核物質の物性を明らかにすることを目的とする。α凝縮状態は低エネルギーアルファ粒子を放出しつつ崩壊すると考えられているため、これを検出するために、近年発展の著しいニューラルネットワーク技術を導入して従来手法の限界を超えた新しい低エネルギー荷電粒子識別技術を確立する。そして、陽子数と中性子数の等しい質量数 A = 4N の原子核に対し0度を含む超前方角度におけるアルファ非弾性散乱と低エネルギー崩壊α粒子の同時計測を行い、アルファ凝縮状態を探索する。
著者
川畑 貴裕 久保野 茂 伊藤 正俊 松田 洋平 秋宗 秀俊
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2019-06-26

4He(アルファ粒子)が2つのアルファ粒子を逐次捕獲して12Cを合成するトリプルアルファ反応は、宇宙における元素合成過程において最も重要な反応のひとつである。しかし、高温あるいは高密度な極端環境下におけるトリプルアルファ反応率には、既知の値に比べ数倍から100倍も増大する可能性が指摘されており、大きな問題となっていた。本申請課題では、・逆運動学条件下における12Cからのアルファ非弾性散乱の測定・新しいアクティブ標的を用いた12Cからの中性子非弾性散乱の測定により、極端環境下におけるトリプルアルファ反応率を決定し、宇宙における元素合成過程を明らかにすることを目指す。
著者
川畑 貴裕
出版者
東京大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

A=4Nの質量数をもつ軽い原子核では、N個のα粒子からなるクラスター状態がα崩壊の閾値近傍に現れることが知られている。例えば、^<12>Cでは3個のα粒子からなる3αクラスター状態の存在が知られている。近年、αクラスター模型はA=4N以外の原子核にも拡張されつつあり、^<12>Cに中性子をひとつ追加した^<13>Cには、クラスター状態をなす3個のα粒子が中性子を介して共有結合している状態が存在すると予測されている。一方、^<12>Cから陽子をひとつ取り除いた核である^<11>Bでは、3個のα粒子が空孔を共有している状態が存在する可能性がある。これらの背景を踏まえ、本研究では3α配位,3α+n配位および3α+p^<-1>配位をもつ^<12>C,^<13>Cおよび^<11>Bのクラスター状態をアルファ非弾性散乱の手法で研究し、原子核における共有結合モデルを検証することを目的とする。平成17年度に^<12>C,^<13>C,^<11>Bを標的とするアルファ非弾性散乱実験の実施したのに引き続き、平成18年度には、これらのデータ解析を行った。畳み込みポテンシャルを用いた歪曲波ボルン近似計算に基づいて多重極展開を実施し、3つの標的核における単極子遷移強度分布を決定した。さらに、決定した遷移強度分布を反対称化分子動力学計算と比較し、^<11>B,^<13>Cにおいて、3α+p^<-1>ないし3α+n配位をもっクラスター共有結合状態の候補を発見した。この結果を、ドイツ・ミュンヘンで開かれた国際クラスターワークショップの席上において報告するとともに、Physical Review C誌、および、Modern Physics Letters A誌、Journal of Physics誌上において公表した。