- 著者
-
常木 和日子
- 出版者
- 島根大学
- 雑誌
- 一般研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1985
本年度は魚類特有の脳室周囲器官である血管嚢の系統発生を調べた. 魚類のうちでも特に種数が多く多様化の著るしい真骨魚を主な対象とし, これらの脳の連続切片を作成した. 固定した真骨魚はアナワナ目からフグ目にいたる約2百種である. まだすべての種で組織標本の作成を完了したわけではないが, ほぼ全体像が明らかになった.真骨魚中, 最も原始的とされる淡水性のアロワナ目では, ほとんどの種で血管嚢が欠如または退化していた. ウナギ目, ニシン目, サケ目では調べたほとんどの種で血管嚢はよく発達していた. コイ目, カラシン目, ナマズ目, ジムノトス目の骨鰾類4目では, 血管嚢は全くないものからよく発達しているものまで様々であった. しかし, 概して発達の悪いものが多かった. 一方, サヨリ, サンマなどを含むキプリノドン目およびトウゴロウイワシ目では, 血管嚢は調べたすべての種で欠如していた. このグループは淡水魚, 汽水魚および二次的に外洋表層に進出した仲間を含んでいる. 棘魚類ではフサカサゴ目, スズキ目, カレイ目, フグ目などほとんどのグループで血管嚢はよく発達していた. ただし淡水魚, 汽水魚を含むハゼ科, グラミィ科の一部で血管嚢の退化傾向がみられた.以上の結果から, 真骨魚では血管嚢は淡水生活に伴って退化消失の傾向を示す器官であることがうかがわれる. しかし, 血管嚢は組織学的には浸透圧調節に関係した器官とは考えにくい. 古く, 血管嚢は水圧の感受に関係した器官と考えられたことがあったが, 淡水域は海に比べて浅いこと, また一部の外洋表層遊泳魚で血管嚢がないことなどを考え合わせ, この説の妥当性をさらに検討することが必要と思われる. 以上, 血管嚢の存否を適応の観点から考察したが, 適応は進化の一面であり, ここに真骨魚の系統発生史の一端をうかがうことができる.