著者
広川 暁生 (2007) 廣川 暁生 (2005-2006)
出版者
お茶の水女子大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2005

本年は、16世紀における風景と地図の密接な相関関係の一端を詳らかにすることを目的に研究を進めた。とりわけピーテル・ブリューゲル(父)の下絵(1558年)による銅版画《アントワープのシント・ヨーリス門前の氷滑り》は冬の情景とアントワープの都市像を結び付けた最も初期の図像と考えられる。8月と2月に行ったベルギー王立図書館、アントワープ市立図書館、ベルリン国立素描館における調査では、要塞の完成した1557年以降、以前の都市図を特徴付けていた河向こうの都市景観ではなく、新しく完成した都市の要塞の側からの都市景観図が著しく増加したことが明らかになった。ブリューゲルの図像はこれらの都市景観図と同様の地誌的な関心をわけあうことから、本版画を地誌的風景画の展開の中に位置づけることが可能となった。また本版画は16世紀後半、アントワープの画家たちに数多く描かれた「雪のアントワープの景観」のプロト・タイプとなる作品である。油彩による「雪のアントワープの景観」の登場は1575年以降というアントワープが事実上衰退していく時期と重なっている。これらの作品を図像的、背景となる歴史的事実から分析した結果、かつて繁栄していた都市の姿を懐かしむ同時代人のノスタルジックな感情の高まり、そしてブリューゲルが1565年以降、油彩において手がけた「雪景色」の流行を背景に生まれてきたことが推察された。さらにこれらの作例は、必ずしも景観の忠実な再現とはいえないが、「地誌的」な概念やその「地域」の時間的、空間的特性という「近代的」風景画の成立に不可欠な構成要素を含んでいるという点において、「ジャンル」としての風景画の成立過程におけるひとつの大きな転換点を示すことが明らかになった。以上の考察結果は、3月に開催された美術史学会東支部例会において口頭発表し、現在その内容を学会誌への論文(6月宋投稿締め切り)として執筆し、投稿を準備中である。
著者
尾崎 彰宏 幸福 輝 元木 幸一 森 雅彦 芳賀 京子 深谷 訓子 廣川 暁生 松井 美智子
出版者
東北大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

最大の研究成果は、「カーレル・ファン・マンデル「北方画家列伝」註解」が完成し、出版の準備を整える事ができたことである。この翻訳研究の過程で、以下の点が明らかになった。(1)マンデルは『絵画の書』において、inventie(着想/創意)、teyckenconst(線描芸術)、welverwen(彩色)という鍵となる概念を用いて、15、16世紀ネーデルラント絵画史を記述したこと。(2)マンデルは、自律的に『絵画の書』を執筆したのではなく、とくにヴァザーリの『芸術家列伝』に対抗する形で、ヴェネツィアの絵画論、とりわけロドヴィコ・ドルチェの『アレティーノ』で論じられている色彩論を援用した。つまり、マンデルのteckenconstは、ヴァザーリのdesegnoを強く意識しながらも、マンデルは本質と属性の関係を逆転した。ヴェネツィアにおける色彩の優位という考えとディゼーニョを一体化させることで、絵画とは、素描と色彩が不即不離の形で結びついたものであり、絵画として人の目をひきつけるには、属性として軽視された色彩こそが重要なファクターであるという絵画論を打ち立てた。(3)この絵画とは自律的な存在ではなく、鑑賞者の存在を重視する絵画観である。つまりよき理解者、コレクターが存在することで、絵画の意味はその「あいだ」に生まれるという絵画観が表明されている。このように本研究では、マンデルの歴史観が明らかになり、ネーデルラント美術研究のための新たなる地平を開くことができた。