著者
成田 年 宮竹 真由美 鈴木 雅美 鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.43-48, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
27

依存性薬物に対する精神依存形成時には中枢神経系の可塑的な変化が起きている.近年,中枢神経系における神経伝達効率に対するグリア細胞の重要な役割が認識されるようになった.著者らは数種の依存性薬物のグリア細胞,特にアストロサイトに対する作用に着目し,in vivoおよびin vitroレベルで多角的に検討している.最近,強力な精神依存形成能を有する覚せい剤メタンフェタミンがアストロサイトを直接的かつ持続的に活性化するのに対して,麻薬性鎮痛薬であるモルヒネのアストロサイトへの作用が間接的かつ一過性であることが明らかになった.著者らの一連の研究成果は,メタンフェタミンの強力なアストロサイト活性化作用が,中枢神経系の可塑的な変化を惹起させ得る可能性を示唆するものである.一方,メタンフェタミンのような強力な依存性薬物とモルヒネは本質的に異なるものであり,臨床現場において適切にモルヒネを使用すれば,覚せい剤のように不可逆的な神経変性は形成されないものと考えられる.
著者
成田 年
出版者
星薬科大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2010-04-01

慢性疼痛は適切な初期治療ストラテジーを見出せない場合において、長期的な遺伝子変動を伴った難治性の疾患となる。近年、様々な孤発性難治疾患の発現メカニズムとしてゲノムに書かれた遺伝情報が変更されることなく、個体発生や細胞分化の過程において遺伝子発現が制御される、いわゆる「エピジェネティクス」現象が注目されるようになってきている。本研究では、慢性疼痛におけるエピジェネティクス修飾の網羅的解析を行うことで、エピジェネティクス修飾による細胞の長期的基質変化が慢性疼痛の発現に寄与することを明らかにした。
著者
成田 年 鈴木 雅美 成田 道子 新倉 慶一 島村 昌弘 葛巻 直子 矢島 義識 鈴木 勉
出版者
Japan Society of Pain Clinicians
雑誌
日本ペインクリニック学会誌 (ISSN:13404903)
巻号頁・発行日
vol.11, no.4, pp.397-405, 2004-10-25 (Released:2009-12-21)
参考文献数
30

神経因性疼痛下ではモルヒネに対する鎮痛作用の感受性が低下することが知られているが, その詳細な分子機構はほとんど解明されていない. 本稿では, 神経因性疼痛下におけるモルヒネの鎮痛作用の感受性低下と神経因性疼痛を含めた慢性疼痛下におけるモルヒネの精神依存形成抑制の分子機構について検討した結果を紹介する. 坐骨神経結紮により, 脊髄後角において protein kinase C (PKC) および脳由来神経栄養因子 (brain-derived neurotrophic factor: BDNF) の免疫活性の増大およびアストロサイトの著しい形態変化が観察された. また, このような変化は非疼痛下でモルヒネを慢性処置することによりモルヒネの鎮痛耐性が形成された動物の脊髄においても認められたことから, こうした変化は神経因性疼痛下におけるモルヒネの鎮痛作用減弱の一因である可能性が示唆された. また, 神経因性疼痛下では, モルヒネの精神依存形成が著明に抑制されることを確認した. さらに, 神経因性疼痛下では, 腹側被蓋野においてγ-aminobutyric acid (GABA) 含有神経上に存在するμオピオイド受容体の機能低下が引き起こされること, また, ドパミン神経上における extra-cellular signal-regulated kinase (ERK) 活性の著明な減弱が引き起こされることが明らかとなった. 一方, ホルマリンの足蹠皮下投与による炎症性疼痛モデルにおいても, モルヒネの精神依存形成は有意に抑制された. この現象は, κオピオイド受容体拮抗薬の前処置によりほぼ完全に消失した. これらのことから, 神経因性疼痛下においては, 腹側被蓋野におけるμオピオイド受容体の機能およびERK活性の低下が, また, 炎症性疼痛下では, 内因性κオピオイド神経系の活性化が主因となり, モルヒネの精神依存形成が抑制されたと考えられる.
著者
吉澤 一巳 成田 年 鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.142, no.1, pp.22-27, 2013 (Released:2013-07-10)
参考文献数
40
被引用文献数
1

オピオイド鎮痛薬による薬物療法は,がん性疼痛に限らず非がん性疼痛に対してもその有用性が報告されている.しかしながら,米国では慢性非がん性疼痛患者に対するオピオイド鎮痛薬の使用量が急増するとともに精神依存をきたす患者も増えていることが問題となっている.一方,幅広い臨床経験からがん性疼痛治療にオピオイド鎮痛薬を適切に使用する限り,精神依存は問題にならないことが知られている.また我々は,これまでの基礎研究において疼痛下ではオピオイド鎮痛薬に対する精神依存の形成が著明に抑制されること,さらにその抑制機序も明らかにしてきた.従って,「オピオイド鎮痛薬は安全な薬」という安易なメッセージではなく,オピオイド鎮痛薬の適正使用の本質を理解することが重要と考える.そこで本稿では,オピオイド鎮痛薬の非疼痛下における精神依存形成機構と疼痛下における精神依存不形成機構を中心に,臨床における依存の発現状況と予防・治療に関する知見を交えて概説する.
著者
五十嵐 勝秀 大塚(出田) まき 成田 年
出版者
公益社団法人 日本薬学会
雑誌
YAKUGAKU ZASSHI (ISSN:00316903)
巻号頁・発行日
vol.137, no.3, pp.265-271, 2017-03-01 (Released:2017-03-01)
参考文献数
25
被引用文献数
4 3

Epigenetics has drawn much attention as a mechanism of transcriptional regulation involving modifications to genomic DNA and histone, without changes to nucleotide sequences. Epigenetics is related to various biological phenomena. We defined one of these phenomena as “epigenetic toxicity”, in which chemicals affect epigenetic regulation and result in undesirable effects on living organisms. We then detailed the importance of epigenetics and the need for intensive research. Epigenetics is a mechanism that might explain the long-lasting effects of chemicals in an organism, and the formation of a predisposition to various diseases. Recent significant technological advancement in the study of epigenetics could break through the barrier of the mysterious black box of epigenetic toxicity. However, at present it is difficult to say whether the epigenetic point of view is being fully utilized in the evaluation of chemical safety. In this review, we will first summarize the epigenetic toxicity research field, with examples of epigenetic toxicities and technologies for epigenetic analysis. Following that, we will point out some challenges in which an epigenetic viewpoint may be essential for the evaluation of chemical safety, and we will show some current approaches. We hope this review will trigger a discussion about epigenetic toxicity that will lead to encouraging research advancements.
著者
鈴木 勉 尾崎 雅彦 鈴木 雅美 矢島 義識 成田 年
出版者
一般社団法人 日本炎症・再生医学会
雑誌
Inflammation and Regeneration (ISSN:18809693)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.96-100, 2006 (Released:2006-08-18)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

According to the World Health Organization(WHO) guidelines for patients with moderate or severe pain, morphine has been used as a “gold standard” treatment for cancer pain. However, the use of morphine for the treatment of pain was sometimes accompanied with side effects such as emesis, constipation and drowsiness.We showed that morphine at the dose of which had no antinociceptive effect produced emetic response and gastrointestinal transit inhibition. It should be mentioned that morphine with lower doses produces severe side effects without antinociception/analgesia.Recent clinical studies have demonstrated that when morphine is used to control pain, psychological dependence is not a major concern. We confirmed that animals with chronic pain failed to exhibit the morphine-induced rewarding effect. It should be pointed out that the endogenous κ-opioidergic system in the nucleus accumbens may be directly involved in the suppression of the morphine-induced rewarding effect under an inflammatory pain-like state. In contrast, the reduction of μ-opioid receptor function in the ventral tegmental area may contribute to the suppression of the rewarding effect induced by morphine under an neuropathic pain-like state. These findings strongly suggest that treatment of morphine with the adequate dose could be highly recommended for the relief of severe chronic pain.
著者
濱田 祐輔 山下 哲 田村 英紀 成田 道子 葛巻 直子 成田 年
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.148, no.3, pp.128-133, 2016 (Released:2016-09-01)
参考文献数
17

慢性疼痛患者は,持続的な痛みを訴える一方で,二次的にうつや不安障害などの精神障害や睡眠障害などの高次脳機能障害を伴うケースが多い.特に,睡眠障害は多くの慢性疼痛患者において共通して認められる症状のひとつであり,逆に睡眠の量や質の悪化が痛みの重症度やうつ・不安障害の悪化に密接に関係している.このような複雑な合併症状による負の連鎖は,「慢性疼痛」という病態を複雑にして患者のQOLを著しく低下させてしまう.こうした現状は,疼痛治療において,疼痛以外の併発・合併症状の改善も考慮に入れて治療を行う必要性を示唆している.そこで我々は,慢性疼痛下における睡眠障害の発現メカニズムについて解析を試みた.神経障害性疼痛モデルマウスを作製し,疼痛下の前帯状回領域において,グルタミン酸遊離量の増加ならびに細胞外GABA濃度の低下を認め,前帯状回領域における神経回路の興奮-抑制のバランスの異常により睡眠障害が惹起されうる可能性を見出した.また,この神経障害性疼痛モデルマウスにおいて,前帯状回領域における神経活動の機能変化にアストロサイトの活性化が一部寄与していることが明らかとなった.さらに,オプトジェネティクス法を駆使した前帯状回アストロサイトの特異的活性化により,睡眠障害が惹起されることを見出した.したがって,慢性疼痛下における睡眠障害の発現の一端には,前帯状回領域における興奮-抑制バランスの調節不全ならびに神経-グリア相互作用の機能異常が関与している可能性が考えられる.
著者
池上 大悟 五十嵐 勝秀 大塚 まき 葛巻 直子 成田 年
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.225-229, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
46

生物は生きていく上で,外界から絶えず様々なストレスに曝されている.こうした外界からのストレスに対して生体は適切に反応し,外界の変化に適応していく.これは生体レベルだけでなく,細胞レベルでも同様に起こる生命現象であり,後生的な遺伝子修飾機構であるエピジェネティクスの関与が考えられる.エピジェネティクスは,その効果を発揮するための遺伝子配列の変化を必要とせず,膨大なゲノム情報の各所を修飾することにより,転写装置が効率よくアクセスできるようにゲノム情報を制御している.このような制御機構は,外界からの様々なストレスを受けた細胞が,その変化を記憶・保持するために,なくてはならないものである.一方,痛みは急性痛と慢性痛に大別される.急性的な痛み反応は,危害から生体を防御するシグナルであり,『生体防御』に関与する重要なバイタルサインである.それに対し,慢性疼痛は,その病変部位が治癒あるいは修復に向かっている状態にも関わらず断続的に疼痛が認められる症状を示す.慢性的な痛みという不必要な強いストレスに曝されることにより,細胞が誤った変化を記憶し,末梢ならびに中枢神経の各所で不可逆的な神経可塑的変化が生じてしまうのである.これが,いわゆる「難治性」の疾患として認識される状態である.本稿では,慢性的な痛みストレスによる中枢のエピジェネティクス異常について概説することにより,エピジェネティクスの特徴,難治性の疾患に対する関与の可能性について論じる.
著者
成田 年 鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.124-127, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
6
被引用文献数
1 1

疼痛と鎮痛の基礎実験では,主に生理的疼痛,炎症性疼痛,神経障害性疼痛に対する動物モデルが用いられている.一般に,リウマチに代表される慢性疼痛である炎症性疼痛は,炎症局所の浮腫あるいは痛覚過敏反応(軽い痛み刺激をより強い痛み刺激と感じる症状)などの症状により特徴づけられており,これら炎症性疼痛モデルは,起炎物質である完全フロイントアジュバンド(complete Freund's aduvant:CFA),ホルマリンおよびカラゲニンの足蹠皮下投与により作製される.一方,神経障害性疼痛は,末梢あるいは中枢神経の損傷や機能障害により引き起こされると考えられており,主に自発痛,痛覚過敏反応やアロディニア(軽く触れた程度の触刺激によっても痛みが誘発される症状)といった症状が認められる.現在までにこれら神経障害性疼痛に対し,末梢神経の結紮などによる様々な動物モデルが確立されている.本稿では,炎症性疼痛モデルならびに神経障害性疼痛さらにはその評価法について簡潔に紹介する.