著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
2

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。
著者
指村 奈穂子 大谷 雅人 古本 良 横川 昌史 澤田 佳宏
出版者
植生学会
雑誌
植生学会誌 (ISSN:13422448)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.1-19, 2018 (Released:2018-07-06)
参考文献数
26

1. バシクルモンは新潟県,青森県,北海道の海岸に局所分布する希少な植物である.バシクルモンの生育立地特性を考察することを目的として,新潟県の生育地で,143個の方形区を作成し,植生調査を行った.2. バシクルモンは,表面が硬く間隙のほとんどない岩場や,堆砂により埋没する砂丘不安定帯や,暴浪による基盤流失のような強い攪乱を不定期に受ける後浜には生育していなかった.また,他種との競争が激しい,Multiplied dominance ratio (MDR)(群落高と植被率の積)が高い風衝草原などにも,バシクルモンは生育していなかった.3. バシクルモンは,適度な環境ストレス(例えば,風化の進んだ凝灰岩の崖地の群落)や自然攪乱(例えば,砂丘や礫質海岸の安定帯の群落)および人為攪乱(例えば,海浜後背の斜面などの風衝草原)のもとに成立する群落に高頻度で出現した.これらの群落では他種は大きく繁茂できず,MDRが高くならない立地であるが,バシクルモンは長い地下茎で進入し,高い被度で生育できるようである.4. 本研究により,バシクルモンは,地下茎を伸ばせるような基質であり,かつ適度なストレスや攪乱でMDRが抑えられた場所に生育することが明らかになった.
著者
井出 雄二 黄 バーナード永龍 指村 奈穂子
出版者
東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
雑誌
東京大学農学部演習林報告 (ISSN:03716007)
巻号頁・発行日
no.128, pp.87-120, 2013-02

江戸時代中期以降伊豆韮山代官であった江川家に伝わる文書の内,「天城山御林改木数字限仕訳帳」を読み解き,1811年における天城山の森林の状態を考察した。仕訳帳の調査範囲は暖温帯から冷温帯までの広い範囲を含んでいた。また,仕訳帳には調査面積に関する記述はなかったが,仕訳帳の地名と現在の地名との対応から,その範囲は少なく見積もった場合でも500ha程度であることを示した。樹種構成は,今日の天城山の天然林とほとんど変わらなかったが,立木密度は100本/ha以下で今日の天然林の平均500本/haと比べると大変疎であり,大径木が優占した林相であったと推定された。これは,目通り直径14.5cm以下の雑木を継続的に炭焼きに供したため,より上の径級へ進界できる雑木が存在しなかったことに起因すると考察した。疎な林床ではモミ稚樹の更新が卓越し,さらに別木としての保護が加わり,モミ林の形成がうながされた。また,同様なことがブナでも起こった可能性がある。このような人為によって誘導された森林状態が,今日残存する天城山の天然林の成立に深くかかわっていたものと考えられた。
著者
指村 奈穂子 池田 明彦 井出 雄二
雑誌
東京大学農学部演習林報告 (ISSN:03716007)
巻号頁・発行日
no.123, pp.33-51, 2010-07 (Released:2011-07-26)

絶滅危惧植物ユビソヤナギの保全方法の検討資料とするため、ユビソヤナギの潜在生育域を推定し、その結果を踏査により検証した。推定は東北地方から中部地方にかけての地域において、気候、地形、地質などの環境要因に基づきGISを用いておこなった。また、過去の生育域を地史的な気候変動との関係から推定し、現在の分布への影響を考察した。ユビソヤナギの既知生育地は、温量指数60.1〜85.5、積雪深80cm以上、TPI値-3〜0、河床勾配0.1%〜6.3%、集水域に占める花崗岩系と第三紀層の合計地質割合61.7%以上の範囲内に分布していたため、これらの条件が対象地域内の河川において重なる範囲を潜在生育区間と推定した。その結果248区間が選択され、既知生育地のほとんどはこれらの区間に含まれていた。このうち54区間を踏査し、新たに7区間にユビソヤナギの生育を確認した。このことから本推定の確からしさが証明された。また、ユビソヤナギの過去の生育可能域は、最終氷期最盛期(約20,000年前)には日本海側の丘陵地2ヶ所ほどに、縄文海進期(約6,000年前)には脊梁山脈沿いの狭い地域に限定されていたと推定された。なおこれらの地域から離れた場所には、先に推定された潜在生育区間であっても現在ユビソヤナギの生育は認められなかった。ユビソヤナギの潜在生育区間は、温度や積雪、地形、地質などの制限により非常に限定的であり、個体群の維持や分布地の拡大は容易ではない。同時に、その地質地形的特徴から、治山・砂防ダム、貯水ダムが作られやすいと考えられた。そのため、未知のユビソヤナギの生育地を早急に発見し、現在分布している河川において適切な保全対策をとることが緊急の課題であると考えられた。
著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。