著者
岩澤 遥 斎藤 昌幸 佐伯 いく代
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2040, (Released:2021-08-31)
参考文献数
42

近年、世界的に都市化が進行しており、野生生物の分布や行動に様々な影響を与えている。野生生物の中でも特に哺乳類は、体サイズが大きく、食物網の中でも上位に位置するものが多いため、他の生物群に与える影響が大きい。さらに、農林業被害や感染症リスクといった、人間生活と関わりの深い問題も指摘されている。そのような中、茨城県つくば市付近には、筑波山周辺にある連続した森林と、市街地内の孤立林のどちらも存在しており、都市化と哺乳類の関係を調べる上で適した環境が広がっている。そこで本研究では、筑波山麓から都市化の進む平野部にかけて、カメラトラップ調査を実施し、哺乳類の生息状況にどのような違いがみられるかを明らかにすることを目的とした。 2019年 7月~ 11月に、筑波山麓からつくば市街を含む平野部にかけ、 24ヶ所に自動撮影カメラ(以下カメラ)を設置した。設置地点は森林内とし、カメラの検出範囲が一定となるよう下層植生の少ない類似した環境を選定した。撮影データは約 1ヶ月ごとに回収し、種ごとに撮影回数をまとめた。さらに、各調査地点を森林の連続性(連続林・孤立林)、近隣の交通量、植生タイプ(自然林・混交林・人工林)で分類し、撮影頻度との関係を分析した。カメラの平均作動日数は 81日で、合計 525回、 10種の哺乳類が撮影された。うちイノシシ、ニホンアナグマ、ニホンテン、ニホンリスはほぼ連続林のみで撮影された。一方、タヌキ、ニホンノウサギ、ハクビシンは連続林・孤立林のどちらでも多く撮影され、特定外来生物であるアライグマは孤立林での撮影頻度の方が高かった。交通量に関しては、幹線道路に近く騒音の大きな地点ほどイノシシやニホンアナグマの撮影頻度が低下したが、タヌキやアライグマはそのような場所でも高い頻度で記録された。植生タイプについては、自然林や混交林での撮影頻度が高くなることを予測したが、アライグマのように人工林での撮影頻度のほうが高い種もみられた。広域に出現したタヌキ、ニホンノウサギ、ハクビシンの 3種について、日周活動との関係を調べたところ、タヌキは森林の連続性、交通量、植生タイプなどが異なると、撮影時刻の分布に統計的に有意な差がみられた。以上の結果から、都市化は哺乳類の分布、多様性、活動時間などに影響を与えるが、応答のパターンは種によって異なり、都市域の森林であっても生息できる種と、そうでない種があることが示された。
著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
2

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。
著者
佐伯 いく代 飯田 晋也 小池 文人 小林 慶子 平塚 和之
出版者
日本緑化工学会
雑誌
日本緑化工学会誌 (ISSN:09167439)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.115-120, 2012 (Released:2013-04-16)
参考文献数
30
被引用文献数
1 1

ワレモコウ (Sanguisorba officinalis) は,里山の半自然草地を主たる生育地とするバラ科の多年生草本である。このような里山の草原性植物は,弥生時代以降,刈取や火入れといった人為的攪乱に乗じて生育範囲を拡大させてきたといわれている。本研究では,こうした歴史が本種の遺伝的変異のパターンに影響を与えたのではないかとの仮説をたて,検証を試みた。全国から 179個体のワレモコウの葉を採集し,葉緑体 DNA の地理的変異を解析した。その結果,17 種類のハプロタイプが検出されたが,ハプロタイプの分布には強い地理的なまとまりがみられなかった。SAMOVA によって遺伝的境界の探索を行うと,グループ数を 6 としたときに Fct 値 (0.55) がプラトーに達した。このときに同一のグループに分類された集団の中には飛び地になっているものがみられ,複数のハプロタイプが広域かつ離散的に分布する種であることが明らかにされた。この特徴は,ハプロタイプの分布に明瞭な地理的まとまりをもつことの多い日本産木本植物などとは異なるものであり,里山における人為的な利用がワレモコウの遺伝構造に影響を与えた可能性が示唆された。
著者
南波 紀昭 向峯 遼 芳賀 拓真 佐伯 いく代 Ikuyo SAEKI
出版者
日本貝類学会
雑誌
ちりぼたん = The Chiribotan (ISSN:05779316)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.221-240, 2020-07-15

本研究は筑波大学自然保護寄附講座より研究助成を受けて行われた。
著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。