著者
原口 雅人 木村 恵 大谷 雅人 平岡 宏一 高橋 誠
出版者
森林遺伝育種学会
雑誌
森林遺伝育種 (ISSN:21873453)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.70-79, 2021-04-25 (Released:2021-05-01)
参考文献数
29

要旨:埼玉県内に生育するブナの天然集団と植栽集団について葉緑体DNAと核マイクロサテライトを解析し、天然集団の分布パターンと植栽集団で使用された苗木の由来に着目して、それらの遺伝的特徴について評価した。調査した天然13集団の主要な葉緑体ハプロタイプはFであったが、うち1個体では長野県南部・山梨県東部・静岡県東部などに分布し、これまで埼玉県では報告のないハプロタイプEが検出された。また、4植栽地のうち3 か所で主に日本海側に分布するが埼玉県内の天然集団では報告がないハプロタイプBが検出された。これらはいずれも群馬県北部の多雪地域の天然林由来の実生苗が植栽された集団であった。核マイクロサテライトにより解析した天然集団の遺伝的多様性は、集団の分布パターンに着目すると面状、帯状、点状の順に低下し、面状と点状の集団間で有意差が認められた。点状の天然集団のうちいくつかでは、集団の縮小に伴い、遺伝的多様性の低下と近親交配が生じたことが示唆された。植栽実生苗の遺伝的多様性は県内の面状・帯状の天然集団とほぼ同等であった。現時点では移入ハプロタイプの苗木に先枯れ被害などの生育阻害は確認されていないが、異なる遺伝グループに属する植栽木による遺伝子撹乱が将来的に生じる恐れがある。植栽の際には植栽地および種苗の遺伝的特徴について十分配慮する必要があろう。
著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
2

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。
著者
指村 奈穂子 大谷 雅人 古本 良 横川 昌史 澤田 佳宏
出版者
植生学会
雑誌
植生学会誌 (ISSN:13422448)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.1-19, 2018 (Released:2018-07-06)
参考文献数
26

1. バシクルモンは新潟県,青森県,北海道の海岸に局所分布する希少な植物である.バシクルモンの生育立地特性を考察することを目的として,新潟県の生育地で,143個の方形区を作成し,植生調査を行った.2. バシクルモンは,表面が硬く間隙のほとんどない岩場や,堆砂により埋没する砂丘不安定帯や,暴浪による基盤流失のような強い攪乱を不定期に受ける後浜には生育していなかった.また,他種との競争が激しい,Multiplied dominance ratio (MDR)(群落高と植被率の積)が高い風衝草原などにも,バシクルモンは生育していなかった.3. バシクルモンは,適度な環境ストレス(例えば,風化の進んだ凝灰岩の崖地の群落)や自然攪乱(例えば,砂丘や礫質海岸の安定帯の群落)および人為攪乱(例えば,海浜後背の斜面などの風衝草原)のもとに成立する群落に高頻度で出現した.これらの群落では他種は大きく繁茂できず,MDRが高くならない立地であるが,バシクルモンは長い地下茎で進入し,高い被度で生育できるようである.4. 本研究により,バシクルモンは,地下茎を伸ばせるような基質であり,かつ適度なストレスや攪乱でMDRが抑えられた場所に生育することが明らかになった.
著者
大谷 雅人 岩泉 正和 佐藤 新一 宮本 尚子 矢野 慶介 平岡 宏一 那須 仁弥 高橋 誠
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会大会発表データベース
巻号頁・発行日
vol.125, 2014

林木遺伝資源の生息域内保存を進めるにあたっては、集団内の遺伝的変異の維持機構を明らかにすることが重要である。本研究では、中間温帯林の主要な遷移後期樹種であるモミを対象として、花粉及び種子を介した遺伝的流動の様態を分析した。福島県いわき市の固定試験地(約1 ha)の7地点において2002年、2005年、2010年に採取された自然散布種子のうち約650粒の胚と雌性配偶体、および試験地内の成木327個体について、SSR12遺伝子座における遺伝子型を決定した。種子散布量には豊作年と並作年の間で約5倍の差が認められたが(125.2~652.9粒/m<sup>2</sup>)、試験地外からの遺伝子流動の割合は調査した3繁殖年次間でほぼ一定であった(種子経由:約13~15%、花粉経由:53~57%)。種子親・花粉親として寄与した試験地内の成木の個体数や多様性についても、繁殖年次による差異は認められなかった。ただし、複数年にわたって種子親・花粉親として寄与した個体は3繁殖年次の寄与個体ののべ数のそれぞれ60.3%、42.4%にすぎなかったことから、各成木個体の雄性・雌性繁殖成功は年次ごとに大きく異なることが示唆された。
著者
石井 潤 和田 翔子 吉岡 明良 大谷 雅人 リンゼイ リチャード 塩沢 昌 高橋 興世 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.361-370, 2017

北海道の黒松内低地帯において、ミズゴケ属植物が生育し植物の種多様性が高い湿原(来馬湿原:面積約0.9 ha)の存在が新たに確認された。地元住民を対象とした聞き取り調査および1948-2005年の空中写真の判読を行ったところ、この湿原は、1976年頃に宅地造成に伴う土地改変により部分的に土壌剥離または未舗装道路の建設がなされ、その後植生が発達して今に至ることが判明した。植生の現況を把握するためのフロラ調査では、ミズゴケ属植物としてウロコミズゴケ1種、維管束植物の在来種103種(絶滅危惧種イトモ、エゾサワスゲ、ホロムイリンドウ、ムラサキミミカキグサを含む)、外来種8種が確認された。ウロコミズゴケの分布調査の結果では、その分布は1976年の土地改変と有意な関係があり、ウロコミズゴケパッチ面積の合計は期待値と比較して、土壌剥離に伴い裸地化された場所で大きく未舗装道路だった場所で小さい傾向があった。これらの結果は、1976年の土壌剥離による裸地化が、現在のウロコミズゴケパッチを含む植生の形成に寄与している可能性を示唆している。ウロコミズゴケパッチ内外を対象とした植生調査では、オオバザサがウロコミズゴケの被度50%以上の方形区に、期待値と比べて多く出現する傾向があり、ウロコミズゴケパッチの形成とオオバザサの生育が関係している可能性が考えられる。
著者
村中 孝司 大谷 雅人
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.131-135, 2009-05-30
参考文献数
27

Recently, local governments in Japan have published Red Data Books as a baseline for regional biodiversity management. However, these books often lack explicit criteria for selecting endangered species and the detailed information required for implementation of effective conservation programs. Considering these problems, we compiled a Red Data Book of endangered vascular plant species for Ushiku City, Ibaraki Prefecture, based on an objective approach. We also tried to infer practical measures required for conservation of each species described in the new book.
著者
佐伯 いく代 横川 昌史 指村 奈穂子 芦澤 和也 大谷 雅人 河野 円樹 明石 浩司 古本 良
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.187-201, 2013-11-30

我が国ではこれまで、主に個体数の少ない種(希少種)に着目した保全施策が展開されてきた。これは貴重な自然を守る上で大きな成果をあげてきたが、いくつかの問題点も指摘されている。例えば、(1)「種」を単位として施策を展開するため、現時点で認識されていない未知の生物種についての対応が困難である、(2)人々の保全意識が一部の種に集中しやすく、種を支える生態系の特徴やプロセスを守ることへの関心が薄れやすい、(3)種の現状をカテゴリーで表すことに困難が生じる場合がある、などである。これらの問題の克服に向け、本総説では絶滅危惧生態系という概念を紹介する。絶滅危惧生態系とは、絶滅が危惧される生態系のことであり、これを保全することが、より包括的に自然を保護することにつながると考える。生態系、植物群落、および地形を対象としたレッドリストの整備が国内外で進められている。22の事例の選定基準を調べたところ、(1)面積が減少している、(2)希少である、(3)機能やプロセスが劣化している、(4)分断化が進行している、(5)開発などの脅威に強くさらされている、(6)自然性が高い、(7)種の多様性が高い、(8)希少種の生息地となっている、(9)地域を代表する自然である、(10)文化的・景観的な価値がある、などが用いられていた。これらのリストは、保護区の設定や環境アセスメントの現場において活用が進められている。その一方で、生態系の定義、絶滅危惧生態系の抽出手法とスケール設定、機能とプロセスの評価、社会における成果の反映手法などに課題が残されていると考えられたため、具体の対応策についても議論した。日本全域を対象とした生態系レッドリストは策定されていない。しかし、筆者らの行った試行的なアンケート調査では、河川、湿地、里山、半自然草地を含む様々なタイプの生態系が絶滅危惧生態系としてあげられた。絶滅危惧生態系の概念に基づく保全アプローチは、種の保全の限界を補完し、これまで開発規制の対象となりにくかった身近な自然を守ることなどに寄与できると考えられる。さらに、地域主体の多様な取組を支えるプラットフォーム(共通基盤)として、活用の場が広がることを期待したい。
著者
松村 千鶴 雨宮 加奈 雨宮 さよ子 雨宮 昌子 雨宮 良樹 板垣 智之 市野沢 功 伊藤 拓馬 植原 彰 内野 陽一 大川 清人 大谷 雅人 角谷 拓 掃部 康宏 神戸 裕哉 北本 尚子 國武 陽子 久保川 恵里 小林 直樹 小林 美珠 斎藤 博 佐藤 友香 佐野 耕太 佐野 正昭 柴山 裕子 鈴木 としえ 辻沢 央 中 裕介 西口 有紀 服巻 洋介 吉屋 利雄 古屋 ナミ子 本城 正憲 牧野 崇司 松田 喬 松本 雅道 三村 直子 山田 修 山田 知佳 山田 三貴 山田 祥弘 山田 玲子 柚木 秀雄 若月 和道 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.175-180, 2003-12-30
被引用文献数
2

Flower visitations by both native and exotic bumblebee species were investigated at 21 monitoring sites in various regions of Japan in the spring and summer of 2002. The investigation was part of a long-term program that has been in progress since 1997 to monitor the invasion of an alien bumblebee, Bombus terrestris L. (Hymenoptera: Apidae). Flower visitation by B. terrestris was ascertained at two monitoring sites, one in Shizuoka and one in Hokkaido, where a large number of colonies of this species have been commercially introduced for agricultural pollination.
著者
大谷 雅人
出版者
独立行政法人森林総合研究所
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2009

対象樹種のうち個体数が多く,花序へのアクセスが容易なテリハハマボウとアカテツについて,在来昆虫相の崩壊が進んでいる父島・母島,在来昆虫相が保持されているがセイヨウミツバチが侵入している兄島,在来昆虫相が保持されている西島・向島において計6地点の調査地を設け,調査地あたり10~20母樹を選定した。6月および8月に,前者については母樹あたり10~30花,後者については100~200花を目安として標識し,2月までに結実を確認できた果実は採取した。しかし,ネズミ等による食害,フェノロジーの差異,台風などの影響により,多くの花が追跡不可能となった。未標識の果実も採取の対象としたが、遺伝解析に十分な数の確保には至らなかった。対象樹種のひとつオガサワラビロウに関しては,予備的調査において生態的・形態的に異なる種内系統が複数存在する可能性が示唆された。このことは進化学的・保全生物学的にも興味深い事象であり,また本プロジェクトの目的である種子生産,種子の遺伝的組成,花粉流動パターンの島間比較のためには,事前にこうした系統を把握しておく必要があるため,遺伝構造の解析,植物体の形態比較,開花フェノロジーの調査などを行った。核SSRマーカーによる解析および核・葉緑体DNAの配列多型から,遺伝的に分化した2つの種内系統、すなわち父島列島各島、母島と多く,幅広い環境に生育し,大型の植物体を有する系統Iと、聟島列島と母島列島南部属島に多く,海岸近くに偏って生育し,小型の植物体を有する系統IIが含まれることが示された。また,両系統とも九州や奄美群島の別変種とは遺伝的に大きく異なること,系統IIまたはその祖先系統から系統Iが分化した可能性が示唆された。両系統の中間的な遺伝的組成を有する成木や実生は稀であり,また開花フェノロジーが異なったことから,系統間の遺伝子流動は生じていないと推測された。