著者
浅田 晴久 松田 正彦 安藤 和雄 内田 晴夫 柳澤 雅之 小林 知 小坂 康之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.73, 2018 (Released:2018-12-01)

1.はじめにモンスーンアジア、中でも東南アジア大陸部稲作圏の国々ではすでに食糧自給がほぼ達成されたことから、農業技術開発・普及および農村開発は、国家戦略の中では優先順位が下がっている。つまり「緑の革命」期の政府による、「技術の押し売り」的状況が改善し、近代農業技術の画一的な普及状況が一変している。国によっては農民の自発的な技術変革が顕著に見られるようになってきており、農業技術発展において各国の状況にはかなり大きな温度差が生じつつある。伝統農業時代に存在した、地域による多様性が再び出現しつつあると言える。また、世界の農業技術が向かっている方向も、多収技術から持続性、安定性、安全性、低投入技術へと移り、脱化学農業の動きも活発である。この変化を国際的な比較を通じて整理し、地域発展の共時的現象として確認し、地域の固有性との関連で農業技術発展における意義を明らかにすることが本研究の目的である。近年、特に2000年以降、地域研究およびそれに隣接する分野の諸研究において農業技術の現状を具体的に記述し、その変容等の意義を問う研究事例がほとんど見られなくなってきている。これは「緑の革命」という東南アジア諸国に共通した農業・農村開発国家戦略が主政策でなくなりつつあることにも関係している。しかし、そのような状況下であるからこそ、東南アジア各国では、国家の圧力から放たれた農民の自由意志による近代と伝統の統合によるもう一つの技術革新が静かに進行していると言える。まさに東南アジア大陸部では、地域の固有性に強く立脚した農業技術発展がその多様性を大きく開花させつつあると言える。このことは現在までほとんどまとまった形で報告されていない。本研究は、水田稲作に着目して、その現象の実態と現代的意義を明らかにする。それにより、地域研究に携わる研究者コミュニティと東南アジアの人々とともに、将来の農業技術のあり方について考えるという意義ももつ。2.研究手法本研究は、京都大学東南アジア研究所の共同研究として2016~2017年度の2年間、浅田が代表を務めて実施した。各国を担当する研究チームを、インド・アッサム(浅田)、バングラデシュ(安藤)、ミャンマー(松田)、ラオス(小坂)、カンボジア(小林)、ベトナム(柳澤)、という形で編成した。研究期間と予算が限られていたため、新たに現地調査を実施するという形式はとらず、各担当者が、これまで現地のカウンターパートとともに行ってきた研究成果を持ち寄り、研究会を定期的に開催して情報交換を行った。各国で近年みられるようになった新しい稲作技術の動向を整理し、モンスーンアジア全域で共通している問題を考察した。 3.結果と考察本研究の成果として、以下の知見が得られた。「緑の革命」の推進期まで、アジア各国では、食料自給を高めるために、政府によるトップダウンにより農民の間に稲作技術が普及していったが、現在は、農民が自由に技術を選択できる状況になっている。各国において機械化農業が進んでいるが、省力化・効率化など技術面での多様性が増している。各国政府は自給率を達成した後もなお収量を重視しているが、農民はコストを重視しており、両者にギャップが生じている。特に農外就労機会の増加、農村から都市への人口移動により、農業就業者の数はいずれの地域でも減少傾向にあり、稲作の持続性にとって大きな問題となりつつある。農業・農村の魅力を高めるには、国家が一方的に関与するだけでなく、農民の主体性も認められなければならない。もはやトップダウン型の政策が通用する時代ではないため、農村の現場で起こっている変化を肯定的に捉えて評価しないと、いかなる農業政策も定着させることは難しいと考える。
著者
松田 正彦 縄田 栄治
出版者
Japanese Society for Tropical Agriculture
雑誌
熱帯農業 (ISSN:00215260)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.247-258, 2002-12-01 (Released:2010-03-19)
参考文献数
22

ベトナム北部の紅河デルタと山地部において, タロイモ数種の利用と栽培について調査した.その現状や変化を農業生態・社会・経済的な側面から考察し, また, 異なる生態地域間での比較をおこなった.さらに, 収集した30系統のタロイモについては, 形態・倍数性・リボゾームDNAにおける制限酵素断片長多型 (RFLP) の調査から遺伝的変異を明らかにした.本研究ではColocasia esculenta var. esculenta, C.esculenta var. aquatilis, C.gigantea, Xanthosoma sagittifolium, X.violaceum, Alocasia macrorhizaおよびA. odoraが観察された.デルタの調査地では C. esculenta var. aquatilis (2n=2x=28) が灌漑水路脇や池の周囲に頻繁に群生しており, その葉柄や匍匐枝は野菜やブタの飼料として利用されていた.このvar. aquatilisはデルタの農業生態系で機能していることがわかったが, 近年, 水路や池の舗装や飼料の多様化などにより、その重要度が低下していた.C. esculenta var. esculenta (2n=2x, 3x=28, 42) はデルタでは商品作物として栽培され, 一方, 山地部では自給用に焼畑で栽培されていた.リボゾームDNAのRFLP分析より, デルタ地域あるいは山地部の調査地内ではそれぞれ遺伝的に近縁なvar. esculentaの品種がみられた.しかし, 両地域に分布する近縁な品種はみられなかった.この分布の傾向は, アジアにおけるC. esculentaの複数の伝播経路がこの地域に影響した結果と考えられた.Xanthosoma spp. (2n=26) はすべての調査地に分布し, その利用や栽培に類似性がみとめられた.収集したXanthosoma系統も遺伝的に均一であった.Colocasia gigantea (2n=28) もそれほど頻繁ではないが野菜として広く複数の調査地に分布していた.Alocasia odoya (2n=28) は薬用として用いられ, A. macyoyyhizaは山地部でブタの飼料として頻繁に採集されていた.