- 著者
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柿本 昭人
- 出版者
- 同志社大学
- 雑誌
- 同志社政策科学研究 (ISSN:18808336)
- 巻号頁・発行日
- vol.16, no.1, pp.1-12, 2014-09
論説(Article)「安全神話」という成句は、奇妙な成句である。安全と神話という相容れない基盤に立つ用語が、同じ土俵で渾然一体となった有様なのである。しかも安全神話は、巨大システムにおけるトラブルのたびに否定されると同時に、その安全神話の再構築や継続を誓う際に用いられ続けている。原発が潰えた安全神話の代表であるなら、新幹線はいまだ命脈を保ったままの安全神話の代表である。しかし新幹線システムの開発・運営の歴史そのものは、事象の発生確率の大小と無関係に安全バリアの機能が無条件に喪失するという極端な想定に立ち、危険の顕在化プロセスを防止するために、発生防止の層だけでなく、それに続く拡大抑制、影響緩和という三層に及ぶバリアを設定する「深層防護」と呼ばれる考え方に立ってきた。この新幹線システムの開発・運営の歴史そのものと新幹線を取り巻く安全神話との同居が、科学理論の裏づけに基づく個別の具体的な技術的前進ゆえに被害を最小限に抑えるのに成功した時でさえ、それを我々に失敗と把握させ、「安全神話が揺らいだ」と言いつのらせ、経営トップに「安全神話を守り抜く」と決意表明をさせる。安全神話とは、安全運行に関する経験や勘に基づく人間の判断の排除によって達成された安全の実績を熟考することなく、安全への人間の意志と注意力こそが安全を実現するとする、安全についての反射的思考の絶対化である。