- 著者
-
梅木 佳代
- 出版者
- 北海道大学文学研究科
- 雑誌
- 研究論集 (ISSN:13470132)
- 巻号頁・発行日
- vol.15, pp.35-67, 2016-01-15
本稿は,エゾオオカミ(Canis lupus hattai)に関する従来の研究動向を概観し,個々の論点における現状の到達点と問題点を整理することを目的とする。日本国内にかつて生息していたエゾオオカミおよびニホンオオカミ(Canis lupus hodophilaxあるいはCanis hodophilax)は,どちらも明治時代に絶滅した。これら在来のオオカミに対する関心は高く,明治時代以来さまざまな形で情報の発信と蓄積が行われてきた。しかし,その内容や成果の全体が整理されまとめられたことはない。本稿では明治時代から現在までに刊行された日本のオオカミについて記述がある文献を収集し,そのうちエゾオオカミに言及する213件の文献を分析対象としてその研究史を検討した。これらの文献の内容から,従来の知見の多くが限られた事例に基づいて提唱されたものであること,その妥当性の評価が行われていないことが示された。エゾオオカミに関する研究・議論においては,北海道内にオオカミが生息していた期間の記録や情報,そして確実な標本資料の双方が非常に少ないことが常に議論の前提とされてきた。しかし,専門的・学術的な議論の中ではそうした前提をふまえた「仮説」として提示された記述が,繰り返し参照されるうちに定説と化している。また,限られた情報に基づいて提唱された知見が一般化される一方で,エゾオオカミに関する情報や資料を体系的に収集し,情報を質・量ともに拡充しようとする試みはごく一部にとどまっている。今後のエゾオオカミに関する研究では,既存の知見の妥当性の評価が求められると同時に,検討対象とするべき情報や事例の数を増やすことが優先的に目指されるべきである。