著者
樂木 章子
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.42, no.2, pp.146-165, 2003-03-30 (Released:2010-06-04)
参考文献数
13
被引用文献数
2 2

本研究では, 乳児院や児童養護施設で生活する乳幼児が, 血がつながらない育て親 (養親) に養子として引き取られるに至る過程において, その重要な前提である, 育て親となる夫婦が養子を迎える決断をなす過程に着目した。具体的には, ある養子斡旋団体が養子を迎えようとする夫婦を対象に実施している養親講座の現場でのフィールドワークに基づき, そこで用いられている言説戦略を分析した。この養親講座においては, 養子の子育ての困難さ, とりわけ, 施設で生活する子どもとの縁組によって直面する問題が生々しく語られ, 夫婦がこれまで築いてきた生活を根底から揺るがされるものであることが強調された上で, 夫婦に養子を迎える決断を迫る。このようなプロセスを通して, 夫婦がそれまで無自覚に依拠していた諸前提が明確化され, 無意識のうちに抱いていた親子関係のイメージが否定されていく。養親講座の言説戦略は, いわば, 養子を迎えるという決断が, その後の人生における「公理」として機能しうるような状況を構成していることが示唆された。言い換えれば, 養親講座の言説戦略は, 血縁という先験性を持たない養親子において, 血縁に代替しうるような先験性を構築する試みであることが考察された。
著者
竹内 みちる 樂木 章子
出版者
公益財団法人 集団力学研究所
雑誌
ジャーナル「集団力学」 (ISSN:21854718)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.81-89, 2006-06-01 (Released:2013-04-16)
参考文献数
21

本稿では、現代の養子縁組にまつわる暗いイメージの歴史的形成プロセスを検討した。徳川期には、養子は「イエ」存続のための方法として武士階級でも庶民階級でも広く行われており、そこには暗いイメージがないばかりか、養子にいった方が得という明るいイメージさえあった。本稿では、共同事業体的性格を有していた「イエ」が事業内容を減じ、明治・戦前期の「家」へと縮小し、戦後さらに子育てのみを事業とするまでに極限的に縮小した形態として、現在の「家庭」を位置づけた。そこには、欧米の家庭(family)のような独立した2人の個人が結婚し、同じく独立した個人としての子を育てるという個人主義の原則は希薄である。わが国のように「個人」というポジションが希薄であれば、産みの親に育てられず、「家庭」に属すことのできない子(養子の候補)は、何のポジションももたない不幸な存在とみなされ、その不幸な存在を引き取らざるをえない養子縁組にも暗いイメージがつきまとう。
著者
樂木 章子
出版者
日本グループ・ダイナミックス学会
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.15-26, 2005 (Released:2005-08-26)
参考文献数
26
被引用文献数
4 1

本研究は,不妊のために子どもを産むことを断念した夫婦が,血のつながらない子どもと養子縁組を通して親子関係を結んでいくプロセスにおいて,養子縁組を支援するNPOが果たす役割を検討しようとするものである。具体的には,新しい養子縁組のあり方を模索しつつ,育て親を開拓する活動を展開しているNPO法人「環の会」でのフィールド研究に基づき,夫婦が養子を迎えるまでのプロセスや,養子に関する啓発活動等の一連の活動内容とその特徴を明らかにした。その結果,産みの親の存在を積極的に組み入れ,かつ,養子を迎えた後も育て親が会の活動を支えることにより,従来の養子縁組が持つ否定的なイメージが打破されつつあることが見出された。また,育て親希望者を対象とした「育て親研修」が,まだ見ぬ養子とともに新しい人生を歩んでいくために必要な先験性を構成する場であると同時に,その先験性は,子どもを迎えた後も,「環の会」と継続的にかかわるシステムに組み込まれることによって,維持・強化されていることを考察した。
著者
竹内 みちる 樂木 章子 杉万 俊夫
出版者
公益財団法人 集団力学研究所
雑誌
ジャーナル「集団力学」 (ISSN:21854718)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.62-75, 2010

親の育児放棄や幼児虐待が報道されるたびに、人々の批判の矛先は母親に向けられる ---- 自分の腹を痛めた子に、なぜそんなむごいことをするのか、と。そこには、「自分が産んだ子は自分が育てるべし」という社会規範を見て取ることができる。 本論では、あえて、「産んだら育てるべし」という規範とは正反対の規範、すなわち、「産んでも育てなくてもよい」という規範の可能性を、筆者が行った現場研究をもとに検討する。それを通じて、社会が子どもを育てるということに関して新たな視座を提供する。 筆者が現場研究を行ったのは、「環の会」という特定非営利活動法人(NPO)であった。「環の会」の活動には、「産んだら育てるべし」という規範とは異なった規範が存在していた。すなわち、「環の会」のリーダーは、予期せずして妊娠した女性からの連絡に昼夜を分かたず対応し、もし自分で育てることができないのであれば、特別養子縁組をすることも一つの選択肢であるとアドバイスをしていた。また、「環の会」では、育て親候補者の募集も行っており、育て親に対しては、産みの親の存在を早期から子どもに伝えること、産みの親への感謝を忘れぬこと、また、産みの親が望む場合には、「環の会」を通じて、産みの親と子どもの接触を保つことを指導していた。 「環の会」の現場研究を通じて、同会の活動には、生まれた子を「産みの親が育てるべし」とするのではなく、「産みの親が育てられない場合には、社会が育てていく」という姿勢を見て取ることができる。同会の活動は、社会が、生まれた子を無条件に受け入れ、育てていくための、いわば窓口としての機能を果たしているものと考察した。
著者
樂木 章子
出版者
The Japanese Group Dynamics Association
雑誌
実験社会心理学研究 (ISSN:03877973)
巻号頁・発行日
vol.42, no.1, pp.23-39, 2002-09-30 (Released:2010-06-04)
参考文献数
22
被引用文献数
1

乳児院の集団的・組織的特徴と乳児の発達の関係について検討するために, 対照的な2つの乳児院 (A乳児院とB乳児院) において事例研究を行った。A乳児院は高度な医療機能を有し, 都会の高層ビルの中にある大規模施設であり, B乳児院は温かい家庭的処遇を指向した山間部の小規模施設である。2つの乳児院における集合的行動, ならびに, 集合的行動の背後にあるコミュニケーションの特徴を検討した。すなわち, (1) 「乳児-保育者」集合体, ならびに, 職場集団における観察可能な集合的行動の相違, (2) コミュニケーション過程において形成される意味的差異の相違を検討した。その結果, A乳児院においては <効率-非効率> という差異が主導的であり, B乳児院においては <私物化-非私物化> という差異が主導的であることが見出された。また, それらの主導的差異によって構成される意味的世界は, 互いにとっての外部をなしている世界-A乳児院 (またはB乳児院) にとっては, B乳児院 (またはA乳児院) に構成されているような意味的世界-によってゆらぎを与えられていることも示唆された。筆者の先行研究において, A乳児院で観察された (しかし, B乳児院では観察されなかった) 乳児の行動, 応答の指さし課題における通過率の高低, 集団見立て遊びの成立・不成立等を, 上記の集団的・組織的特徴の一側面として考察した。
著者
竹内 みちる 樂木 章子
出版者
公益財団法人 集団力学研究所
雑誌
ジャーナル「集団力学」 (ISSN:21854718)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.81-89, 2006

本稿では、現代の養子縁組にまつわる暗いイメージの歴史的形成プロセスを検討した。徳川期には、養子は「イエ」存続のための方法として武士階級でも庶民階級でも広く行われており、そこには暗いイメージがないばかりか、養子にいった方が得という明るいイメージさえあった。本稿では、共同事業体的性格を有していた「イエ」が事業内容を減じ、明治・戦前期の「家」へと縮小し、戦後さらに子育てのみを事業とするまでに極限的に縮小した形態として、現在の「家庭」を位置づけた。そこには、欧米の家庭(family)のような独立した2人の個人が結婚し、同じく独立した個人としての子を育てるという個人主義の原則は希薄である。わが国のように「個人」というポジションが希薄であれば、産みの親に育てられず、「家庭」に属すことのできない子(養子の候補)は、何のポジションももたない不幸な存在とみなされ、その不幸な存在を引き取らざるをえない養子縁組にも暗いイメージがつきまとう。
著者
伊村 優里 樂木 章子 杉万 俊夫
出版者
Japan Institute for Group Dynamics
雑誌
集団力学 (ISSN:21872872)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.409-435, 2013

地域主権を構想する上で、国と地方自治体の関係を見直すのみならず、市町村よりも小さなコミュニティ、すなわち、「風景の共有できる空間」での住民自治をいかにして育むかを考えねばならない。農山村では、戦前ないし昭和の大合併以前の旧村が、「風景を共有できる空間」に相当する。<br> 鳥取県智頭町では、旧村単位に地区振興協議会を設置し、住民自治を育む運動が始まっている。本論文では、同町を構成する6つの地区(旧村)のうち、地区の運動を現場調査に基づき報告する。具体的には、各地区について、①地区振興協議会立ち上げの経緯、②現在までの活動、③活動の成果と今後の課題を報告する。