- 著者
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正岡 昭
- 出版者
- 特定非営利活動法人 日本呼吸器内視鏡学会
- 雑誌
- 気管支学
- 巻号頁・発行日
- vol.27, no.2, pp.101-102, 2005
私は昭和35年から41年(1960〜1966年)まで,貝塚市にあった大阪療養所に勤務した.それまで脳外科グループに属していたので,学位獲得後のお礼奉公のこの赴任が,私の呼吸器外科の修練の始まりであり,その後,終生従事した呼吸器外科の入口となった.当時は肺結核外科の最盛期であり,胸部に陰影があれば,肺結核あるいは肺化膿症と考えていた.肺結核と思って切除した組織に癌がみつかったというような症例報告をしていた頃である.大阪療養所の外科には,沢村献児医長の下に,私を含めて5人の医師がおり,計6人で毎週十数例の手術をしていた.手術日は週2日であったが,1日に肺切除4例,胸郭成形術その他3例くらいで,2つの手術台を使って,朝から晩まで手術をしていた.手術の術前検査として,全例に肺機能検査,気管支造影,気管支鏡が実施された.外科医員5人がこれらの3検査を分担して実施していた.内科医の関与はなかった.肺機能検査とはスパイロメトリーのほかに,全摘対象例に対しては,左右別スパイロメトリーと肺動脈閉塞試験が行われていた.