著者
川村 清志 葉山 茂 青木 隆浩 渡部 鮎美 兼城 糸絵 柴崎 茂光
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は,被災地域における文化的支援が地域の生活文化の復旧に貢献しうるのかについての可能性を検討し,文化的支援の新たな可能性を、フィールドワークを通して検証することができた。東北地方太平洋沖地震後,有形・無形の文化財を救援してきた文化財レスキューは,改めて活動の意味・意義・活用が問われ,被災地の生活を再創造するための手法の確立が求められている。この要請から本研究は,レスキューした被災物についての知識の共有、活用を通じて,文化的支援のモデルを確立する。具体的には民俗学・文化人類学が被災地で果たす文化的支援モデルを構築し,地域文化へのアプローチの手段を深化させるものとする。
著者
渡部 鮎美
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.145, pp.253-274, 2008-11-30

臨時雇いとは出稼ぎや日雇いのように,日々または1年以内の期間を定めておこなわれる労働である。本論では農業と臨時雇いなどの他の仕事を兼業する人々の生計活動の分析を通して,兼業というワークスタイルについて論じる。調査地の千葉県南房総市富浦町丹生は房総半島南端に位置する集落である。丹生の人々は1960年から現在まで,農業とともに日雇いや農業パートなどの多くの臨時雇いをしてきた。とくに1970年代前半までは臨時雇いが農閑期の収入源となっていた。しかし,1970年代後半になるとビワ栽培が盛んになり,農業収入が増加して臨時雇いの経済的な意味は希薄化する。それでも現在まで丹生や周辺地域で臨時雇いが続けられてきたのは,臨時雇いが賃金を得る以外の意味をもっていたからである。まず,彼らにとって臨時雇いはヒマな時間を埋めるための仕事であった。そして,臨時雇いは外出がしづらい環境のなかで,家庭の外へ出る手段にもなっていた。また,彼らにとって臨時雇いは一生や一年,一日のなかでおこなわれる多様な生業活動のひとつであった。これまでの労働研究では,生計活動と直接結びつかない労働も生計活動と直接結びつく労働と同等の価値をもっていたことが示されている。また,そうした労働観が諸生業の産業化によって崩れていることも指摘されている。しかし,産業化後も生計活動と直接結びつかない臨時雇いのような生業活動は主たる生計手段となる生業活動からの逸脱となっている。一般にイレギュラーな労働とみられる臨時雇いも人々の生活の上ではなくてはならないものだったのである。本論では,複合生業論などの先行研究で見出された個々の生業活動が,実際にどのようにおこなわれているのかを参与観察や生計活動の通時的な分析を通して示した。そして,一生や一年,一日のなかで,主たる生業活動を逸脱しては復帰する営みが,現代の農業と他の仕事を兼業する人々の労働の総体としてとらえられるものであったことをあきらかにした。