2 0 0 0 IR 片山潜

著者
立川 健治
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.p234-265, 1983-03

個人情報保護のため削除部分あり本論でわたしは、片山潜の思想と運動を「文献的」に解釈するのではなく、それへの執念を生みだし支えていたものが一体何であったのかという観点から片山をみていく方法をとった。このように考えたとき、片山の一八八四~九六年(二五~三七歳) の「在米生活」は、生涯の軌跡を決定したといってよいほどの意味をもっている。なぜならそこで片山は、 「欧米社会」のもっている圧倒的な重量を「先進(優越) 性」ととらえることによって「日本社会」の「後進(劣等) 性」を、いいかえれば「日本の現実」を棚上げあるいは欠落させることによって「欧米の先進(優越) 性」を手に入れたからである。そしてこのことが片山の場合、日本の健全かつ合理的な「近代化」のためには、欧米の「進歩的」な社会思想と運動を日本に移殖することが不可欠であるという「情念」と結びついていったからである。片山の生涯の軌跡から夾雑物をとりさってみれば、その根底には常にこの「情念」があり、それこそが片山の思想と運動の実体だった、というのがわたしの考えである。In this paper I do not analyse Katayama Sen's ideas and movements on the basis of documentary records and interpretations but try to grasp him by considering what made him cling to such ideas and what drove him to such movements. Seeing him from the viewpoint, his experience in the United States from 1884 to 96 (from his twenty-five years of age to thirty-seven) proves to count so much that it might be said to orient his future career. There in the United States he took the colossal massiveness and affluence which Euro-American societies seemed to him to show off in every respect for the forwardness (senshinsei) 先進性 and accepted it and acted as if he owned it, while he failed to put into question or shelved the backwardness 後進性, actual conditions, of Japanese society. This, in his case, led to the passionate obsession that, for the sound and rational modernization (kindaika) 近代化 of Japan, it was indispensable to transplant the advanced social ideas and movements of Euro-American societies in Japan. Taking away odds and ends from his career, there always remains the obsession. And it is the substance of his ideas and movements.
著者
武田 雅哉 東田 雅博 立川 健治 杉本 淑彦 竹中 亨 斉藤 大紀
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究においては、画報や映画など、ビジュアルな資料を主たる研究対象としてとして検討を行なってきたが、ヨーロッパと中国および日本の、それぞれの資料に描かれた、それぞれにとっての「外国人」「外国文物」についての検証を、多角的に進めることができた。その過程で、当初の研究対象である「外国人イメージ」をさらに拡大させ、われわれの関心は、都市、政治、制度、物語、科学技術など、広く外国伝来のものに対するイメージを探る方向にも、展開していった。最終的な研究成果報告書においては、「日清・日露戦争時期におけるイギリスの画報に見るアジアイメージ」、「日本の馬匹改良に見る外国イメージ」、「エジプト遠征の記憶に見るアラブ・イスラームのイメージ」、「ドイツの画報に見るアジアイメージ」、「中国清末民初期の画報から文化大革命時期の刷り物に見る鉄道事故のイメージ」、「日本の流行歌に見いだされる上海のイメージ」、「近世ヨーロッパが見た日本の法制度」、「1930年代ハリウッド映画に見られる中国人イメージ」が、研究代表者・分担者および協力者による成果として文章化され、報告されている。3年にわたる研究会を通して、われわれは、互いに研究分野の異なる研究者が、ひとつの図像資料に目を向けて意見交換をしあうことの有効性を痛感した。それぞれが使用する言語の壁を越え、図像というオブジェの解読をめぐって知恵を出し合うという研究のスタイルは、今後の展開においても、そのまま継承されるであろう。今後はまた、英国と中国、日本と中国など、異なる地域において刊行された画報が、同一事件(戦争など)について、それぞれどのように報道されているかを、図像、テキストともに詳細に併読、検討することなども行なっていきたい。

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著者
立川 健治
出版者
史学研究会
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.p234-265, 1983-03