著者
河野 公一 織田 行雄 渡辺 美鈴 土手 友太郎 臼田 寛
出版者
大阪医科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

研究総括体内に吸収されたフッ物はそのほとんどが腎臓から排泄されるため、高濃度のフッ素暴露のみならず長期にわたる低濃度のフッ素暴露でも腎障害をきたすことが動物試験により確認された。健常者では尿中フッ素量は生体へのフッ素の負荷量をよく反映し、一般環境からの摂取やフッ化物作業者における暴露の指標として広く用いられている。地域住民を対象とした検診結果および動物試験に、より尿中へのフッ素の排泄は腎でのクリアランスに依存しており、もし腎機能の低下がある場合、例えば慢性腎炎や腎不全の患者のみならず健康な個体でも中高齢化とともにフッ素の排泄障害と体内への蓄積が示唆されることが確認された。腎フッ素クリアランス値はクレアチニンクリアランス値に比べて40歳台までは比較的穏やかな減少傾向にとどまるが50歳台以降では急激な低下を認めた。さらに動物を用いたフッ化ナトリウム負荷試験ではフッ素クリアランスが低下し血中フッ素濃度が高く維持されること成績を得た。体内に吸収されたフッ素はその大半が24時間以内に排泄されるが、この排泄率は腎機能の低下とともに減少し、もし腎フッ素クリアランス値が20%低下すればフッ素の24時間における排泄率も20%減少することが確認された。わが国でも増加しつつある腎透析患者では血中フッ素濃度が高く維持され、アルミニウムなどの他の元素とともに骨や脳の病変とのかかわりから問題とされてきた。最近では透析液の脱イオン化などによりこれらの疑問は解消されたとする報告がみられる。しかし本研究の成績より、現在一般に使用されている透析膜自体の性格などから血中フッ素は十分に除去しえず、これらの問題は解消されたとする根拠が得られなかった。近年、わが国の産業界では作業者の中高齢化が急速に進みつつある。このような状況においてフッ物などの有害物を長期にわたって取り扱う作業者が今後さらに増加することが予想される。したがってこれら作業者の健康管理の基準はそれぞれの作業環境において個々の作業者の加齢による腎機能の低下などの生理的状態を考慮した上で評価することが強く望まれる。
著者
辻 洋志 臼田 寛 河野 公一
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.33, 2011 (Released:2011-04-06)
参考文献数
16

米国の公衆衛生大学院における産業医養成システムと日本の課題―ハーバード公衆衛生大学院専門職修士課程を通じて―:辻 洋志ほか.大阪医科大学衛生学・公衆衛生学教室―目的:世界経済の急速なグローバル化により労働者を取り巻く環境は大きく変化してきている.わが国の労働安全衛生制度は,法律に準拠する形で戦後一貫して充実強化されてきた.しかし,社会の変化に伴い企業や労働者が産業医に求める内容も多様化し,対応を迫られている. 対象と方法:米国は結果責任を伴う自主対応型の労働安全衛生制度を取っている.本稿では体系的なトレーニングを行い,変化する社会の需要に柔軟に応えることができる基礎を持つ産業医を養成する,米国の公衆衛生大学院のシステムを紹介する. 結果および考察:今後の日本の労働安全衛生の維持向上を模索するに当たり,多様化する社会の需要に応えるには体系的トレーニングによる個々の産業医や関連職の技能の向上が不可欠であり,米国における公衆衛生大学院による産業医養成システムは一つの参考になると思われる. (産衛誌2011; 53: 33-38)
著者
辻 洋志 臼田 寛 高橋 由香 河野 公一 玉置 淳子
出版者
公益社団法人 日本産業衛生学会
雑誌
産業衛生学雑誌 (ISSN:13410725)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.63-71, 2016-03-20 (Released:2016-06-07)
参考文献数
40

目的:現在,日本では少子化に伴う労働力不足を補うために外国人を採用する企業が増加している.米国では移民労働者の労働衛生に関する研究が進んでいるが,日本においてはほとんど報告がない.本調査は,米国における移民労働者の労働衛生の現状と課題,および取り組みを明らかにすることを目的とする.方法:米国誌に掲載された移民労働者の労働衛生に関する先行研究論文をレビューし,米国での移民労働者に対する労働衛生の現状と課題,および取り組み事例の調査を行った.結果:米国では移民労働者の労働衛生は主に健康格差という側面で研究されていた.先行研究レビューにより,健康格差に影響を及ぼすもしくは可能性のある因子は7つに分類された.カッコ内は各因子に対するキーワードを示す.1.職業選択(有害業務,業務上負傷,休業,ブルーカラー,低出生体重児)2.教育(学歴,ヘルスリテラシー,衛生教育),3.文化(配慮,コミュニティー人材),4.環境(劣悪環境,地域差,環境変化)5.アクセス(言語,統計,労災補償,医療保険,受診自粛),6.感染症(結核,エイズ,フォローアップ),7.差別(人種,暴行,ハラスメント).また,共通した課題として移民労働者のデータ不足が指摘された.取り組みの事例調査では企業や地域団体が複数の因子に対して組み合わせて対応することが行われていることがわかった.考察:米国では移民労働者の労働衛生研究が多く行われている.しかし,調査対象である移民労働者のデータが不足していることが課題となっている.先行研究レビューの結果,多くの論文が健康格差を取り上げていた.健康格差に影響を及ぼすもしくは可能性のある因子は7つに分類する事ができ,各因子のキーワードに関連した取り組みが求められていると推察された.取り組みの事例調査では企業や地域団体が複数の因子に対して組み合わせて対応することが行われており,社内外の労働衛生従事者は,7つの因子すべてに着目した柔軟な対応が求められている.日本でも健康格差の原因となりうる因子に関するデータの蓄積および研究の推進と共に,企業や地域の取り組みが喫緊の課題である.
著者
臼田 寛 玉城 英彦 紺野 圭太 河野 公一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.50, no.11, pp.1058-1065, 2003

&emsp;公衆衛生史上初の国際条約となる「たばこ規制枠組み条約」(FCTC:Framework Convention on Tobacco Control)最終案がスイス・ジュネーブの世界保健機関(WHO)で開催された加盟171か国による第 6 回政府間交渉委員会(INB6:6<sup>th</sup> Intergovernmental Negotiating Body)最終日の2003年 2 月28日に合意に達した。FCTC はその後 5 月に開催された WHO の最高意思決定会議である第56回世界保健総会(WHA56:56th World Health Assembly)で正式採択され,現在は署名・批准作業に入り 9 月29日現在で73か国と 1 団体が署名,2 か国が批准している。日本政府は来年 1 月召集の通常国会での批准を予定している。<br/>&emsp;この国際条約作成を強力に推進してきた前 WHO 事務局長 Brundtland 氏は,今回の合意を「国際保健の歴史上画期的であり,世界の人々すべての健康にとって非常に大きな一歩である」と評価している。たばこ対策にかねてから強い関心を持っていた Brundtland 氏は98年 5 月の事務局長就任演説で早々にたばこの有害性とたばこ対策の必要性を強く主張し,7 月の正式就任直後には WHO のたばこ対策本部である「たばこのない世界構想」(TFI:Tobacco Free Initiative)を組織,翌年の WHA52 では FCTC 作成のための INB と作業部会を発足させ,一期 5 年の在任期間中常にたばこ対策推進の先頭に立ってきた。Brundtland 氏は事務局長を 7 月に退任しており,今回の FCTC 原案合意は氏の任期 5 年(98~03年)の活動を締めくくる集大成とも言える。本稿ではこの国際条約が原案合意に至った経過を報告する。
著者
臼田 寛 玉城 英彦 河野 公一
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.51, no.10, pp.884-889, 2004 (Released:2014-08-29)
参考文献数
24

目的 世界保健機関(WHO)憲章の第 1 原理である健康定義について①その制定経緯,②戦後の物質文明に対する反動から生じた健康定義改正論の経緯,③近年,特に WHO が健康に影響を与えると指摘している要素を検証し,今後の健康定義の位置付けを考察する。方法 主に WHO の公式文書より関係資料を引用し検証と考察を行った。結果 終戦直後,WHO は健康への関心を一般普及させるために健康定義を制定した。そのため健康定義は physical, mental, social の 3 要素を核とした平易で親しみやすい口語調の文章で作成された。しかし,戦後の経済復興による物質文明の追求過程において spiritual dimension の欠落が指摘された。WHO 創立50周年を記念して行われた WHO 憲章見直しではイスラム圏担当の WHO 東地中海地方事務局が spiritual と dynamic を健康定義へ追加する提案を行った。しかしこの提案は1999年の第52回世界保健総会(WHA52: 52th World Health Assembly)で否決された。 近年,健康は持続可能な開発の中心概念に採用されている。また,たばこ規制枠組み条約(FCTC)のような健康問題に関わる各論分野の画期的国際合意がなされ,健康に対する関心は向上を続けている。WHO の指摘する健康危険因子は途上国の貧困問題など多くあり,今後これらが健康定義の解釈に影響を与えることも予想される。結論 健康定義改正案が否決されて以来,現在まで 5 年あまりの期間が経過している。このことは健康定義が従来的意味しか持たないという消極的あるいは保守的見解を示しているのではない。むしろ spiritual, dynamic を健康定義に追加しようという議論に一定の決着をつけたことは,加盟国間で健康の解釈に思想や宗教,民族性による差が生じた場合や,時代変遷によって健康の解釈に差が生じた場合に,解釈の方向性を現行の WHO 健康定義へ集約させる原動力として効果的に働いたと解釈されるべきであろう。よって今後,WHO 健康定義の軸である physical, mental, social の 3 要素はますますその重みと解釈の幅を持って弾力的に普及拡大していくものと予想される。