著者
菅原 敬 藤井 紀行 加藤 英寿
出版者
東京都立大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2002

カンアオイ属タイリンアオイ節植物は,九州南部に分布するサツマアオイ,九州北部から中国地方西部に分布するタイリンアオイ,東海地方のカギガタアオイ,伊豆半島のアマギカンアオイ,そして関東地方南部の多摩丘陵に分布するタマノカンアオイからなる一群である.これらは,日本列島の東西に隔離分布するにもかかわらず,萼筒の形態や内壁の襞紋様,舷部の形態などによる類似性から,一つの分類群(節)にまとめられている.また,この節内の分化については,九州地方産種から関東地方産種へ萼筒の形や柱頭の形に勾配的な変異が認められるとして,西から東への分布拡大の過程で分化したのではないかと考えられている(前川,1953).しかし,二地域間には地理的距離の大きな隔たりがあり,また,花形質で指摘されてきた変異は必ずしも勾配的変異とはいえない.そこで,本研究では,分子系統学的解析に基づいて,タイリンアオイ節の単系統性と同節種間の系統関係を明らかにし,地理的分布との関連について考察することを目的とした.カンアオイ属植物についての分子系統学的解析は,これまでにKelly (1998)による核DNAのITS領域の解析による報告があるが,この一群についての解析はない.葉緑体DNAのtrnL遺伝子間領域の塩基配列,そして核DNAのITS-1領域の塩基配列の比較による系統解析を進めた.その結果,葉緑体DNAについては,系統解析を進める上で有効な情報を得ることはできなかったが,ITS領域については多くの変異がみられ,系統推定のための情報を得ることができた.ITS領域に基づく分子系統解析の結果,タイリンアオイ節の九州産2種と東海・関東産の3種は,それぞれ別のクレードに属し,単系統性は認められないという結果が得られた.これは,タイリンアオイ節諸種が西から東への分布拡大の過程で分化したものではないことを示唆している.
著者
植田 邦彦 綿野 泰行 伊藤 元己 長谷部 光泰 藤井 紀行 朝川 毅守
出版者
金沢大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

前々・前年度収集した植物資料の集団遺伝学的・分子系統学的解析を進めた。本年度の現地調査は次のように計画され,実行された。前年度の結果よりグンネラ属等がアンデス沿いに分化していった過程の解析に最適であることが判明したので,さらに詳細に資料収集を行った。また,同様にグンネラほど集団密度が高くないにしろ分布範囲が広く,解析に適した,ユキノシタ属の1種,カタバミ属の1種,フウロ属の1種等も重点対象種とした。すなわち結果として,チリ,ボリビア,エクアドル,アルゼンチン,そして同種が著しい隔離分布を示しているとされるニュージーランドとタスマニア(オーストラリア)において,さまざまな地域より集団サンプリングを行った。グンネラにおいては1集団より30個体以上からのサンプリングを基本として合計50集団以上から資料を収集することが出来,他の種類については可能な限り多数の個体と集団よりサンプリングを試みた。いずれの地域も交通手段はレンタカーしか無いために多人数での調査は困難なため,調査班を3班に分け,さらに南米域の植物に詳しい者と植物採集に長けた者との2名を研究協力者として参加を要請し,調査班を構成した。本年度収集品は前々・前年度の収集品と合わせ,集団遺伝学的・分子系統学的解析を行っているところである。
著者
藤井 紀行
出版者
日本植物分類学会
雑誌
分類 (ISSN:13466852)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.5-14, 2008-02-20 (Released:2017-03-25)
参考文献数
34
被引用文献数
1

日本列島における高山帯は,本州中部以北の山岳に点々と隔離分布している.一般にこの高山帯に生育の中心を持つ植物のことを「高山植物」と呼んでいる.高山帯がハイマツ帯と呼ばれることもあるように,この植生帯ではハイマツ(マツ科)がマット状に広がったり,色とりどりのお花畑が広がったり,美しく雄大な景観を見ることができる.日本に分布する各高山植物の種レベルの分布を見ると,その多くが日本より北の高緯度地域にその分布の中心を持っており,日本の本州中部地域がその南限になっていることが多い.こうした分布パターンから,一般的に高山植物の起源は北方地域にあり,過去の寒冷な時期に北から日本列島へ侵入し,現在はそれらが遺存的に分布しているものと考えられている.しかしそうした仮説の検証を含め,いつ頃どのようにして侵入してきたのか,その分布変遷過程について具体的なことはまったく分かっていないのが現状である.そこで筆者はこれまで,こうした植物地理学的な課題を解明するために,主に葉緑体DNAをマーカーとした系統地理学的解析を進めてきた(Fujii et al. 1995, 1996, 1997, 1999, 2001, Fujii 2003, Senni et al. 2005,Fujii and Senni 2006).本稿ではそれらの解析を通して見えできた本州中部山岳の系統地理学的な重要性について言及する.過去に書いた総説的な和文諭文も参照していただきたい(藤井1997, 2000, 2001, 2002,植田・藤井2000).
著者
藤井 紀行
出版者
日本植物分類学会
雑誌
分類 : bunrui : 日本植物分類学会誌 (ISSN:13466852)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.5-14, 2008-02-20
被引用文献数
3

日本列島における高山帯は,本州中部以北の山岳に点々と隔離分布している.一般にこの高山帯に生育の中心を持つ植物のことを「高山植物」と呼んでいる.高山帯がハイマツ帯と呼ばれることもあるように,この植生帯ではハイマツ(マツ科)がマット状に広がったり,色とりどりのお花畑が広がったり,美しく雄大な景観を見ることができる.日本に分布する各高山植物の種レベルの分布を見ると,その多くが日本より北の高緯度地域にその分布の中心を持っており,日本の本州中部地域がその南限になっていることが多い.こうした分布パターンから,一般的に高山植物の起源は北方地域にあり,過去の寒冷な時期に北から日本列島へ侵入し,現在はそれらが遺存的に分布しているものと考えられている.しかしそうした仮説の検証を含め,いつ頃どのようにして侵入してきたのか,その分布変遷過程について具体的なことはまったく分かっていないのが現状である.そこで筆者はこれまで,こうした植物地理学的な課題を解明するために,主に葉緑体DNAをマーカーとした系統地理学的解析を進めてきた(Fujii et al. 1995, 1996, 1997, 1999, 2001, Fujii 2003, Senni et al. 2005,Fujii and Senni 2006).本稿ではそれらの解析を通して見えできた本州中部山岳の系統地理学的な重要性について言及する.過去に書いた総説的な和文諭文も参照していただきたい(藤井1997, 2000, 2001, 2002,植田・藤井2000).
著者
井鷺 裕司 村上 哲明 加藤 英寿 安部 哲人 藤井 紀行
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

生物多様性ホットスポットに生育する絶滅危惧植物を対象に、野生に生育する全個体の植物体の生育場所、繁殖状況、遺伝子型を明らかにすることで、絶滅危惧植物の状況を正しく評価し、適切な保全策を構築することを目的とした。本研究のアプローチにより、絶滅危惧種では、現存する個体数よりも遺伝的に評価した個体数が著しく少ない場合が多いことが明らかになった。また,種を構成する局所集団ごとに遺伝的分化しているため、それぞれを個別の保全対象とすべき種や、更新個体の遺伝解析により未知の繁殖個体の存在が明らかになった種など、生物保全上有用な情報が得られた。