著者
井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.89-95, 2010-03-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
26
被引用文献数
5

タケ類の生活史は、長期間にわたる栄養繁殖と、その後の一斉開花枯死で特徴づけられる。タケ類に関しては、地下茎の形態と稈の発生様式、開花周期と同調性、開花後の株の振舞いなどにいくつかのパターンが知られており、それぞれの特徴をもたらした究極要因や至近要因が解析・考察されてきた。しかしながら、タケ群落で観察される繁殖生態上の特性は、種が本来的に持つ特徴というよりは、たまたまその地域に人為的に導入された系統の性質であったり、あるいは群落を構成するクローン数が極端に少ないという事に起因する可能性がある。また、タケ類は開花周期が長いため、世代交代時に働く選択のフィルターが機能する頻度も低く、人為による移植の影響や移植個体群の遺伝的性質が長期間にわたって維持される可能性も高い。本論では、単軸分枝する地下茎を持つマダケ属(Phyllostachys)とササ属(Sasa)、仮軸分枝する地下茎を持つBambusa arnhemicaの事例をとりあげ、群落の遺伝的多様性の多寡と開花同調性の有無に基づいて、開花現象を4つのタイプにわけ、タケ類の繁殖生態研究で留意すべき点を考察した。
著者
志賀 隆 横川 昌史 兼子 伸吾 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
1

シモツケコウホネNuphar submersa Shiga & KadonoとナガレコウホネN.×fluminalis Shiga & Kadonoは残存集団がそれぞれ4集団のみであり、絶滅が危惧されている水生植物である。それぞれの生育面積はわずかであるにもかかわらず、近年、群落の一部を根こそぎ持ち去るような、園芸目的の盗掘と思われる被害が確認されるようになった。本研究では、形態形質の調査とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座の遺伝子型解析を行うことにより、市場に流通しているシモツケコウホネ、ナガレコウホネ、これに加え「ナガバベニコウホネ」の流通名で販売されている植物についてC社とT社から購入し、産地の特定を試みた。ナガレコウホネについては現存個体の多座位遺伝子型を明らかにするために、全ての現存集団から合計59サンプルを得て遺伝子型解析を行った結果、19種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株の形態形質を調査した結果、T社の「シモツケコウホネ」(T1)はシモツケコウホネであったのに対し、C社の流通株(C1〜C9)は全てナガレコウホネであった。また、流通株の遺伝子型を決定した結果、2種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株から得られた多座位遺伝子型に対応するものが野生集団で確認されるか検討したところ、T1は日光市(NIK)のシモツケコウホネ(NIK-25)と、C1〜C9は同一クローンであり、佐野市(SAN)のナガレコウホネ(SAN-10)と多座位遺伝子型が完全に一致した。日光市と佐野市の各集団において、NIK-25とSAN-10と全く同じ多座位遺伝子型を持つ別個体が集団内の任意交配により生じる確率(PG)はそれぞれ0.00034と0.00030であることから、日光市および佐野市において採集された2種類の株が流通していたことが示唆された。全個体遺伝子型解析に基づく遺伝子型データの整備は流通や盗掘に対して抑制的な効果をもたらすことが期待できる。
著者
加藤 雅也 中濵 直之 上田 昇平 平井 規央 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2032, (Released:2021-05-24)
参考文献数
39

生息域外保全とは、野外集団で個体数が急減・絶滅した際の備えとして個体を飼育・栽培する活動のことをいい、絶滅危惧種を中心に多数の生物で実施されている。ヤシャゲンゴロウは福井県南越前町夜叉ヶ池でのみ生息が知られており、その希少性から国内希少野生動植物種に選定され、 2015年当時石川県ふれあい昆虫館、越前松島水族館、福井県自然保護センターの 3施設で生息域外保全が実施されている。本研究では、ヤシャゲンゴロウの野生集団(1995年以前に採集された標本を含む)、生息域外保全系統、また比較対象として近縁種であるメススジゲンゴロウの野生集団について 14座を用いたマイクロサテライト解析を行い、ヤシャゲンゴロウの生息域外保全による遺伝的多様性の保持効果について明らかにした。ヤシャゲンゴロウ野生集団の遺伝的多様性は、メススジゲンゴロウと比較して低かったものの、 1995年以前と 2016年で対立遺伝子多様度やヘテロ接合度期待値の大きな減少は見られなかった。ヤシャゲンゴロウの生息域外保全を実施している 3施設ではいずれも野外集団よりも遺伝的多様性が低かった。しかし、これらを混合して解析した場合、対立遺伝子の減少は 1つのみに留まり、野生集団が持つ対立遺伝子をほぼ保持していた。本研究から、遺伝的多様性を保持するためには、系統の絶滅に対するリスク分散のための複数施設で独立した生息域外保全の実施、また施設間の定期的な生息域外保全個体の交換・混合が重要であることが示された。
著者
中濵 直之 安藤 温子 吉川 夏彦 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2128, (Released:2022-04-28)
参考文献数
48

絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律では、日本国内の絶滅の危険性が大きい生物種について安定的な存続を図るために「国内希少野生動植物種」に選定している。こうした国内希少野生動植物種では、近交弱勢や遺伝的撹乱などの遺伝的な問題を防ぐために保全遺伝学的研究が必要である。これまでに多くの国内希少野生動植物種で保全遺伝学的研究が実施され、またその基盤として遺伝的多様性や遺伝構造、遺伝マーカーをはじめとした遺伝情報が蓄積されてきた。しかし、保全遺伝学的研究の学術論文の多くは英語により出版されたものであり、保全の現場での利用が難しかった。そこで、保全現場における今後一層の活用を目指すため、これまでに国内希少野生動植物種で蓄積されてきた遺伝情報を整理した。 これまでに国内希少野生動植物種で明らかにされてきた遺伝情報を「遺伝的多様性・遺伝構造」、「ゲノム(オルガネラゲノムを含む)」、「遺伝マーカー」、「近交弱勢・有害遺伝子」、「その他」の 5つに区分し、分類群ごとの進捗状況をまとめた。その結果、脊椎動物においては遺伝情報が蓄積している種の割合が多く、また多くの学術論文が出版されていたが、その一方で無脊椎動物においては遺伝情報が蓄積している種の割合とともに学術論文数も少ない傾向にあった。維管束植物においては学術論文数が多かった一方で、指定種数が多いこともあり、種数に対する割合は低かった。 また、近年のハイスループットシーケンシングの隆盛とともにゲノムレベルの手法も使用されるようになり、より安価で大量の遺伝情報を得ることができるようになった。本総説ではこれまでに実施されてきた研究手法について概説するとともに、今後期待される展望についても議論する。
著者
津田 優一 中濵 直之 加藤 英寿 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.127-136, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
40

小笠原諸島の父島では現在、グリーンアノールやセイヨウミツバチをはじめとする外来種の侵入により、在来 の訪花昆虫が減少し外来の訪花昆虫が優占する、送粉系撹乱が生じている。この撹乱により父島に生育する植物の結 果率が変化していることが報告されているものの、植物の遺伝的多様性及び構造に与える影響については明らかにな っていない。本研究では、父島と送粉系撹乱のない聟島において、小笠原固有種のシマザクラを対象に、各島の訪花 昆虫相及び繁殖成功、また遺伝的多様性を解明し、それをもとに送粉系撹乱が繁殖成功及び遺伝的多様性に与える影 響について考察した。両島でシマザクラの花について2 分間隔のインターバル撮影を24 時間あるいは48 時間実施し た(合計撮影時間,聟島:216 時間,父島:120 時間)。また、聟島で23 花序、父島で25 花序の結果率の測定を行っ た。マイクロサテライトマーカー14 座を用いて聟島及び父島の成木の遺伝的多様性の算出を行うと共に、両島の成 木を用いて島間の遺伝的分化について推定した。さらに、親子解析で親を有意に同定できた種子について遺伝的多様 性の算出と種子親の自殖率の推定を行った。訪花昆虫観察の結果、撹乱が生じている父島では、聟島に比べて総訪花 頻度と在来昆虫の訪花頻度が少なく、外来種のセイヨウミツバチが総訪花の65%を占めており、結果率が有意に低 かったこと(p < 0.05)から、シマザクラの送粉系が父島で撹乱されている事が明らかになった。しかし、成木と種 子の遺伝的多様性、自殖率に島間で有意差はなく、各島内の成木には有意な距離による隔離が見られなかった。本研 究から、小笠原諸島における送粉系撹乱はシマザクラの繁殖成功に負の影響をもたらしているものの、遺伝的多様性 には影響をもたらしていないことが明らかとなった。
著者
志賀 隆 横川 昌史 兼子 伸吾 井鷺 裕司
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2013-05

シモツケコウホネNuphar submersa Shiga & KadonoとナガレコウホネN.×fluminalis Shiga & Kadonoは残存集団がそれぞれ4集団のみであり、絶滅が危惧されている水生植物である。それぞれの生育面積はわずかであるにもかかわらず、近年、群落の一部を根こそぎ持ち去るような、園芸目的の盗掘と思われる被害が確認されるようになった。本研究では、形態形質の調査とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座の遺伝子型解析を行うことにより、市場に流通しているシモツケコウホネ、ナガレコウホネ、これに加え「ナガバベニコウホネ」の流通名で販売されている植物についてC社とT社から購入し、産地の特定を試みた。ナガレコウホネについては現存個体の多座位遺伝子型を明らかにするために、全ての現存集団から合計59サンプルを得て遺伝子型解析を行った結果、19種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株の形態形質を調査した結果、T社の「シモツケコウホネ」(T1)はシモツケコウホネであったのに対し、C社の流通株(C1〜C9)は全てナガレコウホネであった。また、流通株の遺伝子型を決定した結果、2種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株から得られた多座位遺伝子型に対応するものが野生集団で確認されるか検討したところ、T1は日光市(NIK)のシモツケコウホネ(NIK-25)と、C1〜C9は同一クローンであり、佐野市(SAN)のナガレコウホネ(SAN-10)と多座位遺伝子型が完全に一致した。日光市と佐野市の各集団において、NIK-25とSAN-10と全く同じ多座位遺伝子型を持つ別個体が集団内の任意交配により生じる確率(PG)はそれぞれ0.00034と0.00030であることから、日光市および佐野市において採集された2種類の株が流通していたことが示唆された。全個体遺伝子型解析に基づく遺伝子型データの整備は流通や盗掘に対して抑制的な効果をもたらすことが期待できる。
著者
安藤 温子 安藤 正規 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.77-89, 2020 (Released:2020-05-21)
参考文献数
36

DNAメタバーコーディングは、複数の生物由来のDNAが混在するサンプルについて、特定のDNA領域の塩基配列を次世代シーケンスによって大量並列的に解読し、データベースと照合することでサンプルに含まれる分類群を同定する手法である。糞のDNAメタバーコーディングによる食性研究は、対象種の詳細な食性を非侵襲的に評価する手法として注目されており、植食性動物については哺乳類を中心に研究が蓄積されつつある。本稿では、本手法に興味を持つ研究者に実践的な技術提供を行うことを目的とし、著者らが実際に行った分析手法を紹介する。本稿では農地で採食する水鳥と森林で採食するニホンジカ、カモシカを対象とし、糞のサンプリング、DNA抽出、糞を排泄した動物種の判別、次世シーケンサーを用いた食物DNAの塩基配列解読と分類群同定、食物の候補となる植物のデータベース作成までの各工程について、詳細なプロトコルを公表する。これらのプロトコルを多くの研究者に実践していただくことで、本手法の精度が向上し、多様な研究テーマに活用されることを期待したい。
著者
伊津野 彩子 井鷺 裕司
出版者
森林遺伝育種学会
雑誌
森林遺伝育種 (ISSN:21873453)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.21-26, 2019-01-25 (Released:2019-02-08)
参考文献数
35
著者
小村 健人 向井 喜果 安藤 温子 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.91-102, 2020 (Released:2020-05-21)
参考文献数
37

動物食性動物の食性解析は、採餌行動の直接観察が困難な生物の基礎的な生態情報を探るための有効なツールとして、植物食性動物の場合と同様に脊椎動物を中心に近年研究が盛んである。植物食性動物を対象にした解析と大まかな解析手順は大きく異ならないが、植物食性動物の場合と比較して複数のマーカー領域を使用する場合が多く、さらに捕食者のDNA配列が被食者のものと似通っている場合がある。本来ターゲットではない捕食者のDNA領域が過剰に増幅することを防ぐためには、ブロッキングプライマーを使用することが有効である。本章ではミズナギドリ類とトキを対象にした研究を例に糞の採取、DNA抽出、ユニバーサルプライマーの選定、ブロッキングプライマーの設計、PCR、解読した塩基配列の分類群同定に関して解説した。
著者
井鷺 裕司
出版者
日本生態学会暫定事務局
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.89-95, 2010 (Released:2011-03-28)

タケ類の生活史は、長期間にわたる栄養繁殖と、その後の一斉開花枯死で特徴づけられる。タケ類に関しては、地下茎の形態と稈の発生様式、開花周期と同調性、開花後の株の振舞いなどにいくつかのパターンが知られており、それぞれの特徴をもたらした究極要因や至近要因が解析・考察されてきた。しかしながら、タケ群落で観察される繁殖生態上の特性は、種が本来的に持つ特徴というよりは、たまたまその地域に人為的に導入された系統の性質であったり、あるいは群落を構成するクローン数が極端に少ないという事に起因する可能性がある。また、タケ類は開花周期が長いため、世代交代時に働く選択のフィルターが機能する頻度も低く、人為による移植の影響や移植個体群の遺伝的性質が長期間にわたって維持される可能性も高い。本論では、単軸分枝する地下茎を持つマダケ属(Phyllostachys)とササ属(Sasa)、仮軸分枝する地下茎を持つBambusa arnhemicaの事例をとりあげ、群落の遺伝的多様性の多寡と開花同調性の有無に基づいて、開花現象を4つのタイプにわけ、タケ類の繁殖生態研究で留意すべき点を考察した。
著者
安藤 正規 安藤 温子 井鷺 裕司 高柳 敦
出版者
岐阜大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

日本国内に生息する大型の草食動物であるニホンジカ(以下、シカ)とカモシカとの生息域や餌資源を巡る種間競争について、 (1)自動撮影装置を用いた両種の土地利用傾向調査、(2)次世代シーケンサーを用いたDNAバーコーディングによる両種の餌植物構成調査、を実施した。(1)の結果より、森林内の利用傾向は両種間で季節的、空間的に異なることが明らかとなった。また(2)の結果より、特定の餌植物種は種間で出現頻度に偏りが見られたものの、餌植物の種構成自体はほぼ差がないため、シカによる下層植生の衰退は両種の餌資源の競合をより強める可能性があることが示唆された。
著者
島谷 健一郎 齋藤 大輔 川口 英之 舘野 隆之輔 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.165-178, 2004-12-25 (Released:2017-05-26)
参考文献数
32
被引用文献数
1

Genes move between plants through reproduction, in a process known as gene flow. There are various statistical methods for quantifying current spatial genetic structures of populations, and the recent development of highly polymorphic markers has made it possible to identify gene flow between individuals with high accuracy. Nonetheless, none of the previous methods provides satisfactory visual imaging of the continuously changing spatial genetic structure resulting from gene flow and reproduction. In this study, we developed visualization techniques for illustrating spatial genetic structures on commonly used spreadsheet files, for one specific case study. When combined with basic gene flow models over two generations, we can quantitatively assess the effects of ecological factors in reproduction on spatial genetic structures of offspring, together with visual illustrations. Consequently, for the specific population, we can easily recognize how spatial genetic structure is affected by the density of parents and distance distributions of pollen and seed dispersal, and that if the ratio of maternal adults succeeding in reproduction is small, then extensive pollen flow will be necessary in order to preserve the current genetic diversity.
著者
井鷺 裕司 村上 哲明 加藤 英寿 安部 哲人 藤井 紀行
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

生物多様性ホットスポットに生育する絶滅危惧植物を対象に、野生に生育する全個体の植物体の生育場所、繁殖状況、遺伝子型を明らかにすることで、絶滅危惧植物の状況を正しく評価し、適切な保全策を構築することを目的とした。本研究のアプローチにより、絶滅危惧種では、現存する個体数よりも遺伝的に評価した個体数が著しく少ない場合が多いことが明らかになった。また,種を構成する局所集団ごとに遺伝的分化しているため、それぞれを個別の保全対象とすべき種や、更新個体の遺伝解析により未知の繁殖個体の存在が明らかになった種など、生物保全上有用な情報が得られた。