著者
安部 哲人
出版者
独立行政法人森林総合研究所
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2003

平成17年度は2回渡航して,訪花頻度データを補充するとともに人工授粉試験と結実率調査を行った。その結果,父島・母島では花粉制限と判定された種は帰化植物で少なく,広域分布種・固有種で多かった。このことは前年度報告した訪花頻度の偏りが結実に影響していることを示唆するものである。また,在来の訪花昆虫相が衰退した要因について島間の分布及び移入の経緯からグリーンアノールによる捕食の可能性が浮上した。この可能性を検証すべく飼育ケージによる捕食試験を行った結果,在来の訪花昆虫は旺盛に捕食するのに対して,毒針をもつセイヨウミツバチは全く捕食されなかった。このことは父島・母島にセイヨウミツバチとオガサワラクマバチだけが生き残っていることと符号する結果であった。このことから,小笠原の送粉系保全にはセイヨウミツバチの駆除よりもグリーンアノールの駆除を優先して行う必要があると考えられた。また,セイヨウミツバチは花外蜜腺に訪花する様子も観察された。このことは食害防止のための植物-アリ間の相利共生系に影響を与える可能性がある。この花外蜜腺を観察する過程で固有種テリハハマボウにおいて花外蜜腺が退化している現象が新たに発見され,海洋島特有の選択圧による現象であると考えられた。個体数が非常に少ない絶滅危惧種に関して,ナガバキブシやセキモンノキにはセイヨウミツバチの訪花が全くなかった。また,ナガバキブシに関しては雌個体が少ないこともあって結実がほとんどないことが明らかになった。さらに,自生地では移入種ノヤギによる幼個体の食害と移入種クマネズミによる種子食害によって更新が絶望的であることが明らかになった。このことから本種に関しては更に詳細な現況調査と平行して,これらの移入種の排除,及び人工受粉等により結実した種子を育苗するなどの対策を早急に施す必要があると考えられた。
著者
安部 哲人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.17-25, 2014-03-30 (Released:2017-05-19)
参考文献数
73

生物多様性の喪失に伴う生態系機能への影響は生態学の主要な研究課題である。送粉も生態系機能の一つであり人類はその恩恵を受けているが、世界各地で人為的撹乱による送粉系の衰退が報告されている。このため、送粉者の多様性と生態系機能の関連、及びそれらの撹乱による影響を調べる研究も盛んに行われている。本稿では、まずハナバチを中心に送粉者の多様性とその機能について概観し、次いで、小笠原諸島の送粉系を例に交えながら送粉系衰退の現状と、それによる機能やサービスへの影響について知見の現状を紹介する。
著者
大河内 勇 吉村 真由美 安部 哲人 加賀谷 悦子
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集 第52回日本生態学会大会 大阪大会
巻号頁・発行日
pp.796, 2005 (Released:2005-03-17)

小笠原諸島では、近年昆虫類が固有種を中心に急速に減少しており、減少の時期と、減少の及んでいる地理的範囲、及び減少している種の生態が、1960年代以降侵入して拡がった北米からの外来種グリーンアノールAnolis carolinensis(爬虫類、有鱗目)と一致することから、グリーンアノールが主要な減少要因と影響と考えられている。グリーンアノールの影響は単に固有種の減少にとどまらず、生態系にひろく浸透している。例えばこれまでに本種が小笠原の固有のハナバチを激減させ、花粉媒介のシステムを劇的に変えてしまったことがわかっている。 本報告では、これに加え、二つの生態的影響を報告する。一つ目は、グリーンアノール自身が花粉の媒介者となる可能性である。昼行性のトカゲ類が花粉媒介を行うことは、インド洋、太平洋の熱帯の島々では知られている。その理由として、トカゲ類の密度が高く、天敵が少なく、餌不足になることが挙げられている。この点について、グリーンアノールの密度との関連で報告する。 二点目はやはり外来のマツノザイセンチュウ病との関係を報告する。小笠原には戦前に外来のリュウキュウマツが導入された、全島を覆ったが、1970年代に侵入したマツノザイセンチュウ病で急速な松枯れが始まった。しかし、いかなる防除もしていないのに、松枯れは数年で終息、いまや激減してリュウキュウマツが復活しつつある。これも外来種でマツノザイセンチュウの媒介者、マツノマダラカミキリがグリーンアノールに激減させられているためと考えられる。
著者
安部 哲人
出版者
森林総合研究所
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.151-156, 2007 (Released:2011-07-26)

既存の文献から、キブシの性表現には曖昧な点があることが示唆されているが、野外でキブシの性表現を含む繁殖状況について研究された例はみられない。そこで、キブシの花の性表現、性差、訪花昆虫、結果率を筑波山の林縁個体群で2年間調査した。花の形態や性器官(花粉と胚珠)の有無、結実状況よりキブシは雌性両全性異株であることが示唆された。性差は花序当りの花数が雌で有意に少なく、結果率が雌で有意に高かったが、それ以外には有意差がなかった。両性花には胚珠があるものの、結実は非常に稀(ほぼ0.0%)であり、強制受粉を施しても結実しなかった。このため、キブシの両性花はほとんど雄として機能しており、本種は機能的にほぼ雌雄異株であると考えられた。また、一つの花序内に両性花と雌花が混在する花序が調査個体群外で1個体発見されたことから、キブシの性表現は安定していないものと思われる。一方、雌花は両年とも35%前後の結果率であり、強制受粉でも結果率が増えなかったことから花粉制限は起こっていないと考えられた。訪花昆虫はハエ類や単独性ハナバチが中心であり、春先の林縁環境でこれらの送粉昆虫が有効に機能していた。
著者
阿部 真 阿部 篤志 齋藤 和彦 高嶋 敦史 安部 哲人 高橋 與明 宮本 麻子 小高 信彦
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会大会発表データベース
巻号頁・発行日
vol.130, 2019

<p>沖縄島北部やんばるに固有の着生ラン、オキナワセッコク(<i>Dendrobium okinawense</i> Hatusima et Ida)は、地域を代表する植物種のひとつだが、森林伐採や乱獲により激減したとされる。発表者らはこれまで、着生木(ホスト)について樹種の選好性を明らかにし、また、林分情報の整理から分布における成熟林の重要性を指摘した。本研究は、2015(平27)年から2018年にかけて確認した野生株の情報をさらに集積し、林分履歴や地形との関係を解析した。これによって同種の分布をより正確に把握すると共に、立地条件を明らかにし、希少種の適切な保護・回復のために有効な森林管理を検討する。研究は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(4-1503及び4-1804)の支援を受けた。また、環境省の調査資料(やんばる地域希少植物生育状況調査、平27〜28)の提供を受けた。</p>
著者
安部 哲人
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集 第52回日本生態学会大会 大阪大会
巻号頁・発行日
pp.200, 2005 (Released:2005-03-17)

海洋島への生物の侵入過程には不明な点が多い.火山島での数少ない研究事例としてクラカタウ島,スルツェイ島,ロング島などがあるだけである.一般に海洋島生態系にはさまざまなシンドロームがあるが,その中の一つに植物の性表現に関してフロラが雌雄異株性に偏っていることがあげられる.この理由については大きく分けて,1.雌雄異株が侵入しやすい,2.侵入してから雌雄異株になった,という2つの対立する仮説がある.しかしながら,実際に誕生して間もない海洋島での生物の侵入過程を観察できる機会は世界的にもほとんどないため,検証することは非常に困難である.その意味でも噴火31年後の小笠原諸島西之島の生物相の現状は興味深い. 2004年7月に調査した結果,西之島のフロラはわずか6種で構成され,前回報告された1978年以降で2種増加したのみであった.種子散布型の内訳は海流散布4種,付着型鳥散布2種であった.このことから,他の火山島での侵入過程と比較しても,西之島の生物相は侵入のごく初期の段階を脱しておらず,海洋島では侵入速度がはるかに遅いことが示された.植生は1978年以降,大きく拡大していたが,溶岩部分には全く植物が侵入できておらず,新たに拡大したのは砂礫が堆積した平地部分のみにとどまっていた.島内ではカツオドリをはじめとする海鳥が高密度で営巣しており,種の侵入や植生に対しても少なからず影響がありそうな反面,植物の果実を食べる山鳥は全くみられず,被食型鳥散布種子が侵入できる確率は非常に低いと考えられた.また,フロラの構成種は全て両性花植物であり,被食型鳥散布種子を持つ種も見られなかったことから,侵入に関して雌雄異株の優位性は認められなかった.一方で,非常に貧弱なフロラであるにもかかわらずハマゴウやスベリヒユなどの花には540分間で複数種の訪花昆虫が観察された.このことは自家和合性のある種でなくても定着が十分可能であることを示唆する.
著者
井鷺 裕司 村上 哲明 加藤 英寿 安部 哲人 藤井 紀行
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2008

生物多様性ホットスポットに生育する絶滅危惧植物を対象に、野生に生育する全個体の植物体の生育場所、繁殖状況、遺伝子型を明らかにすることで、絶滅危惧植物の状況を正しく評価し、適切な保全策を構築することを目的とした。本研究のアプローチにより、絶滅危惧種では、現存する個体数よりも遺伝的に評価した個体数が著しく少ない場合が多いことが明らかになった。また,種を構成する局所集団ごとに遺伝的分化しているため、それぞれを個別の保全対象とすべき種や、更新個体の遺伝解析により未知の繁殖個体の存在が明らかになった種など、生物保全上有用な情報が得られた。