著者
米山 裕子 佐藤 啓造 九島 巳樹 栗原 竜也 藤城 雅也 水野 駿 金 成彌 佐藤 淳一 根本 紀子 李 暁鵬 福地 麗 澤口 聡子
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.326-339, 2016 (Released:2017-02-21)
参考文献数
24

突然死の原因疾患は心疾患や脳血管疾患の頻度が高く,感染症による急死は比較的少ないこともあり,内因性急死としての感染症について剖検例をもとに詳細に検討した報告は少ない.特に,心疾患による突然死と比較・検討した報告は見当たらない.本研究では当教室で経験した感染症突然死15例と心臓突然死45例について事歴や解剖所見を比較・検討した.感染症の死因は肺炎9例,肺結核4例,胆嚢炎1例,膀胱炎1例であり,性別は男8例,女7例であった.心臓突然死では虚血性心疾患23例,アルコール性心筋症11例,その他の心疾患11例であった.感染症突然死と心臓突然死について単変量解析を行うと,有意な因子として,性別 (男性:女性,感染症8:7,心臓38:7),るい痩 (感染症9/15,心臓13/45),眼結膜蒼白 (感染症12/15,心臓9/45),心肥大 (感染症3/15,心臓34/45),心拡張 (感染症1/15,心臓23/45),豚脂様凝血 (感染症14/15,心臓10/45),暗赤色流動性心臓血 (感染症11/15,心臓44/45),心筋内線維化巣 (感染症4/15,心臓37/45),肺門リンパ節腫脹 (感染症13/15,心臓10/45),諸臓器うっ血 (感染症6/15,心臓36/45),胆嚢膨隆 (感染症11/15,心臓15/45),胃内空虚 (感染症11/15,心臓16/45),感染脾 (感染症8/15,心臓1/45)が抽出された.有意差がなかった項目は,肥満,死斑の程度,諸臓器溢血点,卵円孔開存,肺水腫,脂肪肝,副腎菲薄,動脈硬化,胃粘膜出血,腎硬化であった.多変量解析では,眼結膜蒼白,豚脂様凝血,心筋内線維化巣,心肥大の4因子が感染症突然死と心臓突然死とを区別する有意因子として抽出された.眼結膜蒼白,豚脂様凝血の2項目が感染症突然死に,心筋内線維化巣,心肥大の2項目が心臓突然死に特徴的な所見であると考えられた.死に至る際,血液循環が悪くなると眼結膜にうっ血が生じるが,心臓突然死の場合はうっ血状態がそのまま観察できるのに対し,感染症による突然死では慢性感染症の持続による消耗性貧血を伴う場合があり,うっ血しても貧血様に見える可能性がある.豚脂様凝血は消耗性疾患や死戦期の長い死亡の際に見られることが多い血液の凝固である.死後には血管内で徐々に血液凝固が進行し,暗赤色の軟凝血様となり,血球成分と血漿成分に分離し,その上層部には豚脂様凝血が見られる.剖検時に眼結膜蒼白,豚脂様凝血の所見があれば感染症による突然死を疑い,感染症の病巣の検索とその病巣の所見を詳細に報告すべきと考えられた.感染症突然死では,るい痩が高頻度に見られたので,感染症突然死防止のためには日頃からの十分な栄養摂取が必要と考えられた.また,感染症突然死と心臓突然死両方で副腎菲薄が見られたので,突然死防止のためには3次元コンピュータ連動断層撮影(computed tomography:CT)による副腎の容積測定を健診で行い,副腎が菲薄な人では感染症の早期治療が肝要であることが示唆された.
著者
西田 幸典 佐藤 啓造 藤城 雅也 根本 紀子 足立 博 岩田 浩子 米山 裕子 李 暁鵬 松山 高明 栗原 竜也 藤宮 龍祥 浅見 昇吾
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.78, no.2, pp.168-182, 2018 (Released:2018-09-11)
参考文献数
27

今日の在宅看取りは,地域の診療所医師が大部分を担っているが,2040年をピークとする多死社会の看取り体制として,それが適切に機能するかの問題がある.そこで,本研究は,診療所医師の在宅看取りにおける負担軽減策として,看護師による死亡診断および死亡診断書の作成について,多死社会を担う若年層の認識を踏まえて,その是非を法医学的観点から考察するものである.研究方法は,質問紙調査(対象:医学生242名,一般学生402名)と看取り制度に関する文献調査である.質問紙調査の結果は,看護師による死亡診断について,看護師のみが死亡に立ち会う状況で是認する割合が高く,死亡診断について研修を受けて試験に合格した看護師が良いとする割合が高かった.また看護師による死亡診断書の作成について,看護師のみが死亡に立ち会う状況で是認する割合が高く,死亡診断書の作成について研修を受けて試験に合格した看護師が良いとする割合が高かった.しかし,死亡診断を是認する割合は,死亡診断書の作成を是認する割合よりも高かった.一方,医療制度改革の潮流には,①医師の働き方の見直しとしてタスク・シフティングの提案,②看護師の特定行為の創設,③地域包括ケアシステムの推進,④欧米における看護師による死亡確認の現状がある.本研究では,上記の調査結果と医療制度改革の潮流を踏まえ,診療所医師の負担軽減策の一つとして,看護師による死亡診断を,①特定行為の一つとする方法と ②保健師助産師看護師法の「診療の補助」とは別の新たな枠組みとする方法を提案する.一方,看護師による死亡診断書の作成については,原則として時期尚早と考える.しかし,診療所医師の負担軽減および死後のエンゼルケアやグリーフケアの実施の観点から,末期がん患者のような特定の患者に限定し,かつ,死亡診断書の作成プロセスの一つである異状死でないとの判断までであれば検討の余地があると考える.ただし,これを実現するためには,異状死の判断を適切に行い得る程度の知識と技術を担保できる教育システムが必要不可欠であると考える.
著者
岡部 万喜 佐藤 啓造 藤城 雅也 入戸野 晋 加藤 礼 石津 みゑ子 小渕 律子 福地 麗 大宮 信哉 李 暁鵬 九島 巳樹
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.190-210, 2014 (Released:2014-09-27)
参考文献数
25

近年,医療事故訴訟が絶対数の増加にとどまらず,相対的にも増加している.しかし,どのような事例で刑事責任を問われ,あるいは民事訴訟を提起されるかを,実際の裁判例と医療死亡事故解剖例の両面から分析した報告はみられない.本研究では医療訴訟が提起される確率の高い,医療死亡事故と重い後遺障害が残った事例の判例を分析するとともに,法医学講座で扱われた医療関連死の解剖12例を分析することにより,どのような事例で刑事責任を問われるか,あるいは高額な損害賠償を命じられるか,もしくは低額の慰謝料の支払いにとどまるか,さらに,まったく責任を問われないか,裁判と解剖の実際例の分析をもとに同種の事故発生および訴訟提起を予防することに重点を置いて検討した.その結果,まず判例の分析から,診療を拒否すると民事責任を問われる可能性があること,患者本人に詳細な病状説明が困難な,たとえば末期がんの事例では家族への説明義務を果たさないと民事責任を問われること,昭和末期から平成10年代にかけ癌の告知が家族主体から本人主体へと移行し,時代の変化に対応した告知を行わないと民事責任を問われること,その時点での医療水準に適った医療を行わないと民事責任を問われること,治療に際し,患者は医師に協力しないと損害賠償・慰謝料の支払いを受けられないこと,医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在が証明されなくても,医療水準に適った医療が行われていれば,患者がその死亡の時点で,なお生存していた可能性が証明されるときは医師が不法行為による損害を賠償する責任を負うこと,看護師の薬物誤認が原因の過誤であっても指示した医師も民事責任を問われる可能性のあること,医師の指示自体が誤っていても,それを医師に確認せず,そのまま処置をした看護師にも民事責任が問われること,医療過誤刑事裁判では「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の鉄則が適用されず,被告の過失というより医療機関の設備や医療システムの問題が主因の場合でも直接,医療行為に当たった医師,看護師が刑事処罰される危険性があること,重大な過誤の場合,主治医だけでなく,指導医,さらに診療科長まで刑事処罰される危険性があることなどが明らかとなった.次に,解剖例の分析から,事故および訴訟の予防対策として,医師は看護師から要請があったら必ず真摯に診察すること,医師は常に患者の急変の可能性を念頭におくこと,看護師も患者の病状を常に念頭に置き,当直医に連絡して診察がないときは主治医まで連絡すること,医師は必要でない治療を行わないこと,医師は自分の専門領域の疾患だけにとらわれず,患者の全身,心の中まで診ること,腹痛や頭痛を訴える患者には医師も看護師も特に慎重に対応することなどが挙げられた.以上の結果から,民事訴訟の発生を防ぐには,医師や看護師らの医療従事者は至誠一貫の精神のもと,常に患者および家族に対して誠実に対応するとともに,医療従事者間の壁を取り除き,チーム医療によるダブルチェックシステムを構築することが肝要であると考えられる.
著者
苅部 智恵子 佐藤 啓造 丸茂 瑠佳 丸茂 明美 藤城 雅也 若林 紋 入戸野 晋 米山 裕子 岡部 万喜 黒瀬 直樹 島田 直樹
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.72, no.3, pp.349-358, 2012 (Released:2013-03-14)
参考文献数
19
被引用文献数
2

安楽死・尊厳死について国民の意識がどうなっているか調査した報告は少なく,特に大学生の意識を報告した論文はほとんど見当たらない.少数ある報告も限界的医療全般について調査したものであり,安楽死について賛成か否かを表面的に調査したに留まっている.本研究では同じ生物学を中心に学んでいるが将来,安楽死・尊厳死に関わる可能性のある医学生と特にその予定はない理系学生を対象として同じ内容のアンケート調査を行った.アンケートでは家族に対する安楽死・尊厳死,自分に対する安楽死・尊厳死,安楽死・尊厳死の賛成もしくは反対理由,安楽死と尊厳死の法制化,自分が医師であるとすれば,安楽死・尊厳死について,どう対応するかなど共著者間で十分,協議をしたうえで,新しい調査票を作成し,これを用いた.医学生は安楽死・尊厳死について,ひと通りの理解をしているはずの99名から無記名のアンケートを回収した(回収率:87.6%).理系学生は医学生のほぼ同年輩の生物学系の博士前期課程学生に対し,第二著者が安楽死・尊厳死について,ひと通り説明した後,69名から無記名で回収した(回収率:71.9%).前記5つの課題について学部間,性別間の意識差について統計ソフトIBM SPSS Statistics 19を用いてクロス集計,カイ二乗検定を行い,p < 0.05を有意差ありとした.その結果,家族の安楽死については学部間で有意差があり,医学生は理系学生より依頼する学生の比率が低く,依頼しない学生の比率が高いことが示唆された.医学生,理系学生ともに家族の安楽死希望理由で「本人の意思を尊重したい」が過半数を越え,自己決定権重視の一端を示していた.尊厳死では両学部生とも希望しない学生より希望する学生が多く,特に理系学生で希望する比率が高かった.性別では自分の尊厳死を希望する比率で有意差があり,女性の方が多かった.家族の尊厳死でも希望する比率は女性の方が多かった.家族の尊厳死,自分の尊厳死を家族の安楽死,自分の安楽死と比較したところ,安楽死より尊厳死を希望する学生が両学部生とも多かった.家族の尊厳死希望理由で医学生,理系学生ともに「本人の意思を尊重したい」が60%以上を占めた.安楽死・尊厳死について法制化を望むか否かを調べると,学部間では有意差があり,医学生は大多数が安楽死・尊厳死の法制化を望んでいるのに,理系学生は両方とも法制化を望まない学生も26%を示した.性別間では女性で尊厳死だけ法制化を望む人が31%を占めた.自分が医師の立場になった場合,安楽死・尊厳死を実施するか否かを調べると,学部間で有意差があり,要件を満たせば積極的安楽死を実施するとしたのが理系学生で41%を示したのに対し,医学生では16%に留まった.性別間では積極的安楽死を実施するのは男性が10%上回ったのに対し,尊厳死を選択するのは女性が10%上回った.以上の結果から医学生は理系学生に比べ,安楽死・尊厳死の実施に慎重であり,両方とも法令のもとに実施を希望していることが明らかとなった.
著者
根本 紀子 佐藤 啓造 藤城 雅也 西田 幸典 上島 実佳子 米山 裕子 渡邉 義隆 佐藤 淳一 栗原 竜也 長谷川 智華 浅見 昇吾
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.76, no.5, pp.615-632, 2016 (Released:2017-03-16)
参考文献数
24

不妊治療を含めた生殖に関わる医療を生殖補助医療(assisted reproductive technology:ART)と呼ぶ.第三者が関わるART〔非配偶者間人工授精(artificial insemination with donor's semen:AID),卵子提供,代理出産など〕には種々の医学的,社会的,倫理的問題を伴うものの,規制もないままなしくずし的に行われつつある.第三者の関わるARTについて国民の意識調査を実施した報告は少数あるが,大学生の意識調査を行った研究は見当たらない.本研究ではある程度の医学知識のある昭和大学医学部生と一般学生である上智大生を対象として第三者が関わるARTに対する意識調査を行った.アンケートに答えなくても何ら不利益を被ることのないことを保証したうえでアンケート調査を行ったところ,医学部生235名,上智大生336名より回答を得た(有効回収率94.5%).統計解析は両集団で目的とする選択肢を選択した人数の比率の差をχ二乗検定またはFisherの直接確立法検定で評価し,P<0.05を有意水準とした.第三者の関わるARTの例としてAID,卵子提供,ホストマザー型(体外受精型)代理出産,サロゲートマザー型(人工授精型)代理出産を取り上げ,その是非を尋ねたところ,医学生と一般学生で有意差は認められなかったものの,前3者については両群とも70%以上の学生が肯定的な意見を示したのに対し,サロゲートマザー型代理出産については両群とも40%以上の学生が否定的な意見を示した.「自身の配偶子の提供を求められた場合」と「自身あるいは配偶者が代理出産を依頼された場合」の是非については有意に医学生の方が一般学生より抵抗感は少なかった.1999年の一般国民を対象とした第三者の関わるARTについての意識調査では7割から8割の国民が否定的な意見を述べたことに注目すると,この十数年間で第三者の関わるARTについての一般国民の考え方も技術の進歩と普及に伴い,かなり変化したといえる.今回,これからARTを受けることになる可能性のある若い世代に対する意識調査でAID,卵子提供,ホストマザー型代理出産について肯定的な意見が多数を占めたことは注目すべき結果といえる.本稿では上記三つのARTはドナーや代理母の安全を確保したうえで法整備を進めるべきであると提言したい.また,サロゲートマザー型代理出産は代理母に感染などの危険があるうえ,社会的,倫理的問題を多く伴うので,規制することも視野に入れたうえで法整備を進めるべきと考える.なお,第三者の関わるARTの実施に当たってはARTに直接関与しない専門医によりARTを受ける夫婦およびドナー,代理母に対し,利点,欠点,危険性が十分説明されたうえで当事者の真摯な同意を法的資格を有するコーディネーターが確認したうえでの実施が望まれる.ARTに関する法律が存在しない現在,医学的,倫理的,法的,社会的に十分な議論をしたうえでの一日も早い法整備,制度作りが望まれる.
著者
岩田 浩子:筆頭著者 佐藤 啓造:責任著者 米山 裕子 根本 紀子 藤城 雅也 足立 博 李 暁鵬 松山 高明 栗原 竜也 安田 礼美 浅見 昇吾 米山 啓一郎
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:2187719X)
巻号頁・発行日
vol.78, no.2, pp.156-167, 2018-04 (Released:2018-09-11)

終末期医療における治療の自己決定は重要である.終末期医療における自己決定尊重とそれをはぐくむ医療倫理教育に関する課題を,安楽死・尊厳死の意識から検討する.われわれが先行研究した報告に基づき医学生と一般人と同質と考えられる文系学生を対象として先行研究(医学生と理系学生)と同じ内容のアンケート調査を行った.アンケートでは1)家族・自分に対する安楽死・尊厳死,2)安楽死・尊厳死の賛成もしくは反対理由,3)安楽死と尊厳死の法制化,4)自分が医師ならば,安楽死・尊厳死にどう対応するかなどである.医学生は安楽死・尊厳死について医療倫理教育を受けている230名から無記名のアンケートを回収した(回収率91.6%).文系学生は教養としての倫理教育をうけている学生で,147名から無記名でアンケートを回収した(回収率90.1%).前記5項目について学部問の意識差について統計ソフトIBM SPSS Statistics 19を用いてクロス集計,カイ二乗検定を行いp<0.05を有意差ありとした.その結果,家族の安楽死については学部間で有意差があり,医学生は文系学生と比較し医師に安楽死を依頼する学生は低率で,依頼しない学生が高率で,分からないとした学生が高率であった.自分自身の安楽死について医学生は医師に依頼する学生は低率で,依頼しない学生は差がなく,分からないとした学生は高率であった.家族の延命処置の中止(尊厳死)では,医学生と文系学生間で有意差を認めなかった.自分自身の尊厳死は,医学生は文系学生と比較し,医師に依頼する学生は低率で,かつ依頼しない学生も低率で,分からないとした学生が高率であった.もし医師だったら安楽死・尊厳死の問題にどう対処するかは,医学生は条件を満たせば尊厳死を実施すると,分からないが高率で,文系学生では安楽死を実施が高率で医学生と文系学生との間に明らかな差を認めた.法制化について,医学生は尊厳死の法制化を望むが多く,文系学生では安楽死と尊厳死の法制化を「望む」と「望まない」の二派に分かれた.以上より終末期医療における安楽死・尊厳死の課題は医学生と一般人と同等と考えられる文系学生に考え方の相違があり,医学生は終末期医療における尊厳死や安楽死に対して「家族」「自分」に関して医療処置を依頼しない傾向がある一方,判断に揺れている現状が明らかとなった.文系学生は一定条件のもとで尊厳死を肯定する意識傾向があった.医学生の終末期医療に関する意識に影響する倫理的感受性の形成は,医学知識と臨床課題の有機的かつ往還的教育方略の工夫が求められる.「自己」「他者」に関してその時に何を尊重して判断するかを医学生自身が認識することを通して,倫理的感受性を豊かにする新たな教育の質を高める努力が必要である.文系学生においても終末期医療の現実を知ることや安楽死・尊厳死を考える教育が必要であると思われた.
著者
平沼 直人 藤城 雅也 佐藤 啓造
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.72, no.6, pp.628-636, 2012

医療訴訟においては,いかにして適切な医学的知見や意見を取り込むかということが重要な課題である.従来,医療過誤を理由とする損害賠償請求訴訟においては,裁判所の選任した鑑定人による裁判上の鑑定がその中核をなしてきた.ところが,近年,裁判上の鑑定に代わり,訴訟当事者すなわち原告ないし被告の提出する,いわゆる私的意見書が重要な地位を占めるようになった.本研究では,医学的意見を訴訟に反映させる方法として,鑑定,私的意見書,専門委員,付調停,事故調査報告書,死体検案書,後医の診断書,ドクターヒアリング,聴取書を取り上げ,その運用の実態と優劣を検討する.筆頭著者が医療側被告訴訟代理人として一審判決を受け確定した直近の12件につき,事案の概要・争点,診療科目,裁判所所在地・医療集中部と通常部の別,判決年月日,患者側原告代理人の有無,患者側原告私的意見書提出の有無・有の場合の意見書作成者に対する証人尋問実施の有無,医療側被告私的意見書提出の有無・有の場合の意見書作成者に対する証人尋問実施の有無,鑑定実施の有無,判決結果,控訴の有無,特記事項をまとめて表にした.わが国の民事訴訟制度は,利害の鮮明に対立する当事者が主張・立証を闘わすことによって真実が明らかになるという当事者主義の訴訟構造をとっている.裁判上の鑑定が白衣を着た裁判官とも言うべき鑑定人による職権主義的な色彩を持つのに対し,私的意見書は当事者主義の訴訟構造によく適合している.また,鑑定には,公平・中立性を十分に担保する仕組みがない,時間がかかるといった問題があり,これを解決すべく創設された複数医師によるカンファレンス方式鑑定にも法律上の疑義が呈されており,やはり私的意見書を審理の中心に据えることにより解決すべきであることが12件の実例の検討により明らかとなった.このように訴訟は私的意見書を巡る攻防となるべきであるから,原告患者側は訴状提出の際は私的意見書を添付すべきであり,これに対し,被告医療側はまず,反論と医学文献による反証をなし,それで不十分な場合には私的意見書の提出を検討すべきである.双方から私的意見書が提出された場合,裁判所はこの段階で心証に従って和解を試みるべきであるが,和解不成立の場合には集中証拠調べに移行し,原・被告本人尋問に加え,原告側協力医の証人尋問を実施すべきである.鑑定はこうして万策尽きた際の伝家の宝刀たるべきである.このような私的意見書の役割に即して,今後はこれを当事者鑑定と呼称すべきことを提言する.
著者
高野 恵 佐藤 啓造 藤城 雅也 新免 奈津子 梅澤 宏亘 李 暁鵬 加藤 芳樹 堤 肇 伊澤 光 小室 歳信 勝又 義直
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和医学会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.69, no.5, pp.387-394, 2009-10-28 (Released:2011-05-20)
参考文献数
24

死後変化が進んだ死体において時に歯が長期にわたりピンク色に着染する現象が知られており,ピンク歯と呼ばれ,溺死や絞死でよく見られる.ピンク歯発現の成因として歯髄腔内での溶血により,ヘモグロビン(Hb)が象牙細管内に浸潤していくことが推測されているが,生成機序も退色機序も十分明らかになっていない.先行研究において実験的に作製したピンク歯では一酸化炭素ヘモグロビン(COHb)や還元ヘモグロビン(HHb)によるピンク歯は6か月以上,色調が安定であったのに対し,酸素ヘモグロビン(O2Hb)によるピンク歯は2週間で褐色調を呈し,3週間で退色することを既に報告している.ピンク歯の生成・退色機序を解明するうえで,O2Hbによるピンク歯が早期に退色する現象を詳細に検討することは意義のあることと考えられる.う歯がなく,象牙細管がよく保たれた歯の多数入手が不可能であるため,本研究では象牙細管のモデルとして内径1mmのキャピラリーを用い,O2Hbによるピンク歯の退色について詳細に検討した.実際の歯とキャピラリーを用いてO2HbとCOHbの退色を比較したところ,キャピラリーはピンク歯のよいモデルとなることが分かった.キャピラリーを用いた詳細な実験で,O2Hbは酸素が十分存在し,赤血球膜も十分存在するという限られた条件において早期に退色することが明らかになった.このことはO2Hbに含まれる酸素が赤血球膜脂質と反応してHbの変性を来し,Hbの退色をもたらすことを示唆している.この退色は温度の影響をほとんど受けず,防腐剤の有無にも影響を受けなかった.死体では死後に組織で酸素が消費され,新たに供給されないので,極めて嫌気的な環境にあり,死後産生されたCOHbを少量含む主としてHHbによる長期的なピンク歯を生じやすいといえる.溺死体のような湿潤な環境で象牙細管へのHHbやCOHbの侵入と滞留があれば,ピンク歯はむしろ生じやすい現象といえるであろう.
著者
藤城 雅也 佐藤 啓造 祖父江 英明 平 陸郎 大多和 威行 梅澤 宏亘 伊澤 光 李 暁鵬 熊澤 武志 堤 肇
出版者
昭和大学学士会
雑誌
昭和学士会雑誌 (ISSN:00374342)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.175-181, 2008

ヒト及び類人猿は他の哺乳類と異なり, 尿酸 (UA) 酸化酵素が欠損しており, プリンの大部分は最終代謝産物のUAとして尿中に排泄される.この事実に基づき, UAの単独測定がヒト尿斑の証明に広く用いられているが, 濃い動物尿の尿斑やトリの糞斑との鑑別ができない.そこで, 本研究では食事内容に影響を受けないクレアチニン (Cre) を濃度補正の対照としてUAとCreを高速液体クロマトグラフィー (HPLC) で同時分析し, UA/Cre比とUVクロマトグラムを指標とするヒト尿斑証明法の開発を試みた.尿斑5mm×5mmから抽出した抽出液10μ1を島津LC-10AのHPLCに注入し, 5分まで波長293nmで分析し, 以後波長234nmに切り換え, 保持時間4.5分に出現するUAのピーク面積と保持時間5.3分に出現するCreのピーク面積の比を求めるとともにHPLCクロマトグラムを比較した.UAの極大吸収のある293nmにてUAを測定し, 5分後に測定波長を切り換え, Creの極大吸収のある234nmにてCreを測定することにより, HPLC分析で通常用いられる254nmの単一波長で測定した場合に比べ, 約4倍の検出感度が得られた.同時に, 254nmで出現する尿成分由来の夾雑ピークによる干渉も回避することができた.前記の条件で斑痕抽出液の濃度はUA, Creともに20~400μg/mlの範囲で良好な直線性が得られ, 健康成人196名 (男性158名, 女性38名) の尿斑の中央部から得られた抽出液のUA濃度は242.2±149.3μg/ml, Cre濃度は336.3±178.0μg/mlであった.健康成人196名の尿斑の中央部から得た抽出液のUA/Cre比は0.61~2.19に分布し (平均値±標準偏差: 1.06±0.32) , ハムスター, ラット, ウマ, ウサギ, イヌ, ダルメシアン, ブタ, ネコの尿斑は, いずれも0.43以下を示した.一方, トリの糞斑は15.0以上を示し, ヒトの唾液, 鼻汁, 涙, 血清, 母乳精液は4.0以上を示した.また, ヒトの尿以外の体液斑はUA, Creともに非常に小さなピークが検出されただけであり, UA/Cre比を用いず, HPLCクロマトグラムだけからも容易にヒト尿斑と鑑別可能であった.以上の結果よりUA/Cre比が0.5~2.5に分布するものをヒト尿斑と判定することとした.本法は尿斑5mm×5mmを使用するだけで, コンベンショナルなHPLCで従来の方法より簡便, 高感度, 迅速な分析ができるので, 法医鑑識領域において有用な方法となることが期待される.