著者
遠藤 貴美子
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.151-176, 2019-06-30 (Released:2020-06-30)
参考文献数
31
被引用文献数
2

本研究は,東京を中心に広域な生産システムを構築している丸編ニット製衣服産業を対象に,情報伝達および関係性にもとづくコミュニケーションに着目して,企業間・企業内事業所間の連関構造を解明するとともに,東京における集積がどのような機能を担っているのかについて検討した.その際,生産システム上でオーガナイザー役を担っている東京のニットメーカーを分析の主眼とした.     ニットメーカーは都区内における受注先や,既存の工業集積内における資材購買先・各種加工業者群との間で,その空間的近接性を活かして迅速で円滑な暗黙知の伝達・共有や意思決定を活発に行っており,ファッション化の進展やデザインの高度化,小量生産化,短サイクル化のもとで集積の意義が強められている側面が明らかとなった.地方圏や海外といった遠隔地との間では遠隔通信手段によるコミュニケーションが主であるが,物理的距離,場合によっては心理的距離を隔てての意思疎通を可能にしているのは,ニットメーカーと地方圏・海外の生産拠点との間の長期取引および過去の対面接触の蓄積によって構築された,相互理解でもあることが明らかとなった.こうしたニットメーカーの調整機能は取引費用の削減に貢献しており,生産システムの地理的広域化がなされた現在,これまで以上にその機能が重要になっているといえる.
著者
遠藤 貴美子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.4, pp.342-361, 2012-07-01 (Released:2017-11-03)
参考文献数
30
被引用文献数
4 1

東京城東地域におけるカバン・ハンドバッグ産業は,グローバル化に伴って海外への生産拠点移転が進んだものの,産地内における生産も依然として行われている.そこで本研究は,東京城東地域の当該産業における企業間連関をコミュニケーションの視点から分析し,集積の存立基盤を明らかにする.その際,主に企画・開発の機能を果たす問屋などと,実際の製造を行う各種加工業とを結節しているメーカーを分析の対象とした.その結果,同地域における当該産業では,(1)製品自体が規格化された量産製品ではなく,(2)皮革素材などの数値化がなされにくい情報を多数含み,(3)製造技術も平準化がなされにくい,といった理由によって,集積内の空間的近接性を活用した関連企業間の対面接触への依存度が高いことが判明した.また,同産業は製品モデルが短サイクルで変化するため,メーカーは短納期を強いられていることから,対面接触の重要性がより高められている.
著者
遠藤 貴美子
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2012

1980年代後半以降, 日本経済はグローバル化を迎え, 国内産地は激しい国際競争の進展に直面している。特に日用消費財は安価で豊富な労働力を保有する東南アジアへ急速に生産拠点を移行してきた。一方で, 企業間の近接立地に依拠した受発注連関もまた業種や生産場面によっては不可欠である。情報伝達技術が発達した現代においても, 数値化や言葉で説明することが困難な知識や技術の共有・伝達においては, 企業間の直接接触に依存するからである。本研究ではニット産業を事例に, 先進国の大都市工業集積を中心とした生産の地域間分業を分析し, 企業間連関と生産の空間構造とを明らかにすることによって, 国際分業化における大都市工業地域位置づけと役割を再検討することを目的とした。この際, 城東地域に立地するニット関連業種の中でも, 生産のオーガナイザーである「ニットメーカー」を分析の主眼とした。平成25年度は, 平成24年度に現地で行った資料収集や視察の結果などをから分析を進め, 学会発表でその成果を発表した。さらに, 学会発表で議論を深めながら博士論文として執筆した。その内容は, 学術雑誌での発表に向けて準備中である。具体的な内容としては, ニットメーカーと各種生産拠点との連関については, メールによるCAMデータの電送やメール, 電話などによって事業所間の距離はおおよそ克服されているものの, 生産ラインや品質チェックといった場面では事業所間の直接接触は定期的に必要であることが明らかとなった。また, 通常の発注時においても, 円滑な意思疎通を可能にしているのは長期取引やそれまでの直接接触の経験によって構築した相互理解でもあった。なかでも海外工場との取引では文化的距離の障壁をも伴うため, 相互理解を構築するには言語や民族的価値観, 労働環境に対する配慮がなされている。これらのことから, 城東地域に立地するニットメーカーはグローバル分業上での取引費用の削減に多大な役割を果たしていると指摘できる。すなわち, 東京城東地域の当該産業集積は量産という意味でのかつての製造機能を弱めた一方で, デザイン補助や小ロット短納期生産, また生産オーガナイズの機能を強めるといった形態で, 地域間競争・国際競争の激化後も生産システム上で重要な役割を果たし続けていることが明らかになった。