著者
高橋 美知子 TAKAHASHI Michiko
巻号頁・発行日
2008-03-25

本論文の目的は,Kohut 理論に基づいた自己愛の2側面に視点をおき,高校生の自己愛傾向の下位側面と親子関係との関連が,学校生活への適応状態にどのような影響を及ぼすのかを解明することである.このKohut 理論における自己愛障害の特徴とは,自己顕示的で共感性を欠き,他者から批判的・無視的に扱われた場合に憤怒が生じるという誇大的な側面と,心気的で,自己のまとまりの脆弱化・断片化,他者への過敏反応,傷つきやすさと抑うつが認められる側面である.この本質は,心理的安定性の欠如や自己評価を維持する心理的機能の脆弱さから生じるところの傷つきやすさであるとされている.ゆえに,自己愛者は,他者からの肯定的な評価を強く求め,他者を理想化するのである.この自己愛障害に至る要因として,早期幼児期における母親からの応答の不十分さがあると考えられている.まず,本論文の第1章では,自己愛の理論的概念としてFreud の自己愛を系統的に論じ,Freud からFreud 以後へ,そして,Kernberg の対象関係論における自己愛とKohut の自己心理学からの自己愛を論じている.これらの自己愛の諸理論を概観して明らかとなったことは,現行の自己愛人格障害は,過度に強調された誇大性,傲慢さ,搾取性,共感性の欠如などとして定義づけされていることである.だが,近年,問題視にされている2種類の自己愛人格障害を探るには,この定義では困難さがあると思われる.最近は,DSM-Ⅳ(APA)の診断基準マニュアルによってその診断は可能となったといわれるが,自己愛の障害が対象関係における障害ならば,その自己愛の障害も異なると考えられる.つまり,過敏な対人関係を持つならば,自己の能力や力を抑制することが,対人関係における挑戦や傷つきからの防衛方策となっているはずである.その反面,抑圧された自己顕示や承認・賞賛への欲求は,他者評価に大きく依存することになり,自己への幻想的な全能感という自己イメ-ジをもたらしている.さらに,彼らは理想自己像と現実自己像のずれも感じ取っているので,自己への不信感も強く持っている(鑪,2003).この過敏なタイプの自己愛が生じる要因として過保護で密着型の養育態度が指摘されている(町沢,1998).また,最近は希薄な対人関係も問題視されている.そして,彼らは,傷つきやすい自己愛的な万能感を維持するために,外界との現実的な接触をなるべく避けるという行動をとることになる.このようなことから本論文では,Kohut 理論を基にして,自己愛が高揚する時期であるとされる高校生を調査対象として高校生の自己愛傾向と関連要因を実証的に研究する.第2章では,本論文の全体的な目的としては,Kohut 理論に基づく自己愛障害の中核的指標は,自然な自己顕示性を表出できないことや傷つきやすさを伴うことである.そこで2種類の自己愛からなる自己愛尺度を高校生用に再構成し,高校生用自己愛尺度の信頼性と妥当性を検討する.さらに,高校生における自己愛傾向の下位側面の特徴を明らかにし,自己愛傾向と自己および他者との関係を検討する.すなわち,自己愛傾向の諸特徴が学校生活へ及ぼす影響について検討することで,学校不適応に至る一つの要因を探る.最後に,先行研究では,自己愛の障害に至る関連要因として親の養育態度が論じられており,親の養育態度が学校生活の適応に及ぼす影響について検討する.第3章の[研究1]では,Kohut 理論を基に作成された鈴木(1999)の自己愛尺度を再検討した結果,誇大的な側面と過敏な側面を意味するものであった.さらに[研究2]では,一部の項目内容を平易なものにするとともに傷つきやすさの項目を加えて再構成し,高校生336 名(男142 名,女194 名)の自己愛傾向を調査した.そして探索的因子分析の結果,「対人過敏性」「回避性傾向」「自己愛的な怒り」の3因子構造が確認された.これらの因子は,内的整合性も十分に示されていた.また,MPI の下位尺度との有意な正の相関も見られ,傷つきやすさを伴う2種類の自己愛傾向を測定するうえで一定の妥当性があることが確認された.この自己愛傾向の下位側面が意味するものとして,「対人過敏性」は他者からの批判や嫌われることを恐れる内容を表し,「回避性傾向」は感受性の鋭さから人とのかかわりを避けようとする内容で,これらはともに対人関係における過敏さを示す自己愛傾向であった.また,「自己愛的な怒り」は,自己愛が満たされないときの怒りを表し,誇大的で傲慢な自己愛傾向を示していた.第4章の[研究3]では,高校1年生593 名(男子229 名,女子364 名)の自己愛傾向と承認欲求,学校生活満足感との関連を検討している.[研究2]で作成した自己愛傾向尺度に確認的因子分析を行った結果,3因子構造になることが認められた.相関関係の結果として,男子では,「対人過敏性」得点が高いほど,学校生活での不安や緊張などの不適応感が高くなることが示された.女子では,「自己愛的な怒り」得点が高くなるほど,学校生活で不安や緊張感が高くなることが示された.また,男女とも,「回避性傾向」得点が高くなるほど,学校生活での承認感は低く,不安や緊張感が高くなることが明らかにされた.パス解析の結果からは,自己愛者の他人に認められたい,評価されたいという強い欲求は,誇大的な自己愛から過敏な自己愛を介在することによって,恥や傷つきやすさの意識を伴うのか,男女ともに,「学校生活における満足感」を抑制する要因になることが示された.さらに,過敏な自己愛傾向の男子は,小塩(1998b)の結果と同様に,賞賛・承認欲求が強く,自分への肯定感覚とその感覚を維持したい欲求を持っていることが示唆された.第5章の[研究4]では,高校生300 名(男子104 名,女子196 名)を調査対象として,学校への強い忌避感情に焦点をあて,自己愛傾向と基本的信頼感との関係について検討した.学校嫌い感情の3群別(高群,中群,低群)で多母集団の同時分析を行った結果,「学校嫌い感情」の高群や中群では,誇大性を伴う過敏で傷つきやすい自己愛傾向と基本的信頼感に強い負の関連があることが明らかとなった.したがって,学校忌避感情が強くて自己愛傾向の高い生徒が持つ自己への信頼感と他者に対する信頼感は,安定性を欠いたものであることが示唆された.このように自分自身の主体性が動揺しやすいことは,いつも不安を感じる状態であり,これが学校生活への適応に負の影響を与えることになると考えられる.第6章の[研究5]では,高校生700 名(A高校259 名:男子103 名,女子156 名;B高校441 名:男190 名,女251 名)の自己愛傾向と親の養育態度,学校生活満足感がどのように関連しているのかを検討した.相関関係の分析から,両親の受容的な養育態度は,直接的には学校生活での満足感へ正の影響を及ぼすことが明らかになった.そして,各尺度を学校群(A 高校とB 高校)と男女の4群別にして多母集団の同時分析を行ったところ,両親の受容的な養育態度が,誇大的な自己愛傾向から傷つきやすさを伴う自己愛傾向を介在する場合には,学校生活での満足感へ負の作用をすることが明らかとなった.また,両親の受容的な養育態度が直接的な影響を及ぼす場合には,学校生活満足感へ正の影響を及ぼすことが示された.さらに,回避的な自己愛傾向を抑制し,学校生活へ適応させるには,女子では父親の受容的な養育態度が重要であることも示唆された.第7章では,本論文の総括的討論を行った.[研究1]から[研究5]までで検討された高校生の自己愛は,自己愛の2側面の特徴を示すことが明らかとなった.そして,これらの自己愛は表裏一体であり,その表面化している側面の裏に,もう一方の側面が潜んでいることが推測された.したがって,妥当な「自己評価」として自己を肯定的に捉えることができないために,自己評価を保証してくれる他者を必要として,承認欲求が強いことが示されたのである.さらに,本研究における自己愛傾向者は,親から情緒的で共感的な養育をされていないことも考えられた.それは自己評価を安定させるために,他者からの肯定的な評価をいつも求めているからである.すなわち,彼らのなかに誇大性としての優越感や特権意識があるからこそ,周囲からの特別な配慮を求めるのである,これに対して他者が否定的・無視的な態度をとった場合には,過剰な怒りを生じさせることになる.ところがその一方で,自尊心の低さ,空虚感,心気的傾向などが存在するのか,他者に対する過敏反応や傷つきやすさとして表されていると考えられた.以上のようなことが学校生活への適応を抑制するように作用していることが示唆されたといえるのである.本研究の今後の研究課題としては,調査対象者が特定地域の高校であったために,これらの結果をすぐに一般化することはできない.そのため,今後は,大規模なサンプリングと発達段階的な調査を実施することが求められる.また,基本的信頼感と親子関係の結果は,一定の範囲で支持されているが,一方向からの検討であるために十分とはいえないであろう.双方向からの検討は,他の関連変数の究明も含めて今後の課題である.さらに,教育現場では,自己愛傾向が高く,学校不適応に陥っている生徒に対する具体的な援助方法を明らかにすることが必要となる.
著者
高橋 美知子 TAKAHASHI Michiko
巻号頁・発行日
2008-03-25 (Released:2008-04-16)

名古屋大学博士学位論文 学位の種類 博士(心理学)(課程)学位授与年月日:平成20年3月25日
著者
高橋 美知子
出版者
名古屋大学
巻号頁・発行日
2008

identifier:http://hdl.handle.net/2237/9684
著者
川井 蔦栄 高橋 美知子 古橋 エツ子
出版者
花園大学
雑誌
花園大学社会福祉学部研究紀要 (ISSN:09192042)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.83-96, 2008-03
被引用文献数
3

近年の日本ではTVゲームなどの発達により子どもの本離れが社会的問題になっている。とりわけ幼児期における親子のコミュニケーションの欠落にもつながる最も重要な要因の一つと考えられるため親が子どもに絵本を読み聞かせることの効用(効果)に注目した。本研究では子どもが通う幼稚園で「絵本の読み聞かせボランティア活動」を実施している保護者(親たち)へのインタビューをし、その結果と過去の保育所の結果を比較して、相互作用解析を行った。その結果、本の読み聞かせを行った親子ではそうでない親子と比べ親子間の話題、コミュニケーション(身体的接触を含む)の増加が顕著に見られた。本の読み聞かせは読書離れだけでなく幼児期の親子のコミュニケーションの改善にも有益と期待できる。
著者
片山 由美 川井 蔦栄 高橋 美知子 古橋 エツ子
出版者
花園大学
雑誌
花園大学社会福祉学部研究紀要 (ISSN:09192042)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.13-21, 2009-03

わが国の幼稚園教育では、生涯を通して生きる力の基礎を作るために重要な項目として文部科学省によって規定された5つの重点領域がある。これらは環境(自然とのふれあい)・健康(自分自身の健康に関する理解、自覚)・人間関係(幼稚園での生活上の人間関係)・表現(読み書きによる感情表現能力)・言葉(コミュニケーション、意思伝達能力)を意味し、これら5領域を総合的に指導する方法が議論されている。当幼稚園では、この5領域を総合的に指導するために、園児による動物の世話を実施している。本研究では、園児を参与観察(注:研究者が、一緒に行動しながら、保育者と園児の言動を観察すること)することで、5領域の総合的な指導への効果を考察した。その結果、園児の自主性、生に対する倫理観、コミュニケーション能力、衛生健康への理解能力などに、進展が見られた。また、環境と健康はとりわけ基礎的な内容を含んでおりこの2つの領域に、今後さらに重点的に取り組む必要があると考えられる。