- 著者
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呉 娟
- 出版者
- Japanese Association of Indian and Buddhist Studies
- 雑誌
- 印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
- 巻号頁・発行日
- vol.62, no.3, pp.1173-1178, 2014-03-25 (Released:2017-09-01)
ブッダ,マハーヴィーラと同時代のマガダ国王として,アジャータシャトル/クーニカは,古代インドの仏教徒,ジャイナ教徒のいずれにとっても重要な人物であった.仏教とジャイナ教の資料比較においても,アジャータシャトル/クーニカがいかにして父親を幽閉し死に至らしめたかという物語については,既に仏教ならびにジャイナ教白衣派所伝の同話の平行関係に関する手厚い議論がなされている.しかしながら従来の研究が,この人物にまつわる他の物語群に充分な注意を払ってきたとは言いがたい.本稿は,仏教・白衣派両ヴァージョンにおけるアジャータシャトル/クーニカの,従来ほとんど触れられてこなかった物語,すなわち復讐心を抱く聖者/苦行者としての彼の前生の物語についての,予備的な調査の報告である.本稿では先ず仏教所伝の二ヴァージョン,すなわち『根本説一切有部律』「衣事」および漢訳『大般涅槃経』(Taisho Nos. 374, 375)所収話を,次いで白衣派所伝の三ヴァージョン(ジナダーサ『アーヴァシュヤカ・チュールニ』,ハリバドラ『アーヴァシュヤ・ティーカー』,ヘーマチャンドラ『トリシャシュティシャラーカープルシャチャリタ』)を検討する.本稿は仏教・ジャイナ教のアジャータシャトル/クーニカ前生譚の比較を通して,アジャータシャトル/クーニカの今生の父への敵意を,彼の前生にその因が見いだしうる一種の報復として,業の観点から説明するという,両ヴァージョンの注目すべき平行を明らかにする.この平行は,アジャータシャトル/クーニカを物語る説話伝承が仏教徒とジャイナ教徒に共有されていた可能性を示唆するものである.さらに本稿は,仏教・ジャイナ教両ヴァージョン間の,ビンビサーラ/シュレーニカへの態度における明白な相違について言及するが,この相違の背景解明は別稿に譲るものとする.