- 著者
-
青木 孝之
- 出版者
- 日本菌学会
- 巻号頁・発行日
- vol.56, no.2, pp.49-67, 2015 (Released:2016-06-15)
Fusarium属の種の分類,種概念の変遷,本属への分子系統学の導入とその発展,現状について,自らの研究例等を紹介することで概説した。Fusarium属の分類は従来,形態等の表現形質に基づいて行われてきたが,培養下を含めた顕微鏡レベルの表現型質は必ずしも安定でなく,その変異のため種の定義や範囲を巡る論争が絶えず,世界的に共通する合理的な分類・同定法の確立は長期に亘って難航した。1990年代から本格的にFusarium属菌の分類研究に導入された遺伝子DNAの塩基配列に基づく分子系統解析は,本属の分類学に多大な影響を及ぼし,本属の種概念を狭く細分して定義する方向へと収斂させた。その一方で,従来の緩い種の定義に隠れた多数の隠蔽種の発見など,既存の種をさらに細かく分割して記載する必要性も生じ,形態等の表現形質の記載方法もより精密かつ詳細になった。培地や照明条件等,そのデータ取得の条件も細かく定めることが求められる。種の分割も含めて,新たな種が多数記載される一方で,種を定義する上での表現形質の限界も伺われるようになり,分子系統学により識別される種(分子系統種)と表現形質で定義される種(形態種)の乖離も認められる。客観性の高い新種等の記載方法として,分子系統学的な違いに対応する表現形質を用いて記載等が行われる流れにあるが,種を定義するための分子系統データを直接的に記述し,また,命名規約にも準拠する手法の確立が望まれる。