著者
末木 新 SUEKI Hajime
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 : 日本精神衛生学会誌 = The Japanese journal of mental health (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.71-79, 2016

本研究では、大学生を対象にした調査を実施し、仮想評価法(自由回答方式)を用いて自殺死亡リスクの低減に対する支払意思額を推定するとともに、自殺に関する態度の測定を行い、その関連を検討した。組み入れ基準を満たした大学生106名分のデータを分析した結果、自殺死亡リスクを20%削減することに対する支払意思額は、中央値で1000円(統計的生命の価値:2500万円)であった。支払意思額と自殺に関する態度の関連を検討した結果(順序ロジスティック回帰分析)、「自殺の理解・予見不可能性」の低さとWTPの高さが有意に関連していた。「自殺の正当化」「自殺の援助不可能性」とWTPの間に有意な関連は見られなかった。上記の結果より、自殺リスクの低減に対する税金投入への理解を求めようと考えた場合、「自殺の理解・予見不可能性」を低減するような知識を提供することで、その目的が達成される可能性は高くなると考えられた。
著者
岩崎 直子
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.52-61, 2000

性的被害の実態と, 被害者および周囲の人々へのサポートに関するニーズを調べるため, 大学生を中心とした男女学生277名を対象に, 質問紙調査を実施した。さまざまな性的被害に関して具体的な行為を提示し, 調査実施時点までの被害経験率を調べたところ, 女性の74.0%および男性の25.0%が何らかの被害経験を持ち「レイプ既遂」の被害率は3.4%であった。そのすべてが「友人・知人」「恋人」などの「顔見知り」から被害を受けた"date/acquaintance rape (DAR)"の被害者であり, 社会に蔓延する"real"rape像にはあてはまらないことがわかった。一方, 被害者を身近でサポートする重要な他者 (=SOs) は, 時に自らも被害の影響を受けることが知られているが, 回答者の約3割は, 自分の身近な人が性的被害経験を持つSOsであった。そのうちの7割以上が自分自身のためにも「何らかのサポートが必要である」と感じていた。これらの結果から, 今後の調査研究と被害者支援の方向性について考察した。
著者
大辻 隆夫 塩川 真理
出版者
THE JAPANESE ASSOCIATION FOR MENTAL HEALTH
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.69-78, 2000

共感 (empathy) には, 治療的共感と発達的共感が考えられる。本研究は, 後者の発達的共感について就学前児とその母親を対象とし, 特に幼児の不安に対する母親の応答と子どもの共感能力の関係を実験的に検討した。被験者の子どもには, 主としてMillerらを参考に構成した, 次の手続を通して共感指標を得た。(1) 闘病生活を送る子どもを主人公とするVTRを見せた後, その主人公に対する感情を尋ねる (感情報告)。(2) VTRの主人公に対し, 寄付を行うか否かを選択させる (向社会的行動)。(3) 道徳的葛藤場面における行動のしかたとその理由を尋ねる (道徳的推論)。被験者の母親には, 罪悪感等を原因として子どもが不安を喚起される場面を2コマの絵と物語 (PPSTE) で示した質問紙に, 被験者自身であればどのように子どもに応答するかを回答させる。母親の回答については, 受容-拒否および表出-道具の2軸に基づき応答を4つの型に分類した。筆者らは, 共感が認知的に知ること (cognitive knowing) よりもむしろ情動的に知ること (emotional knowing) に基礎づけられていることから, 子どもと母親の各指標間の関係を検討し, 母親の応答が幼児の共感性の発達に与える影響について, 次の知見を得た。母親による子どもの感情の代理的な表出及び感情的要求の理解の伝達等の受容-表出的応答は, 男児の共感性を高める (適切な感情反応: r=.684, p<.01及び高次の道徳的推論: r=.558, p<.02) が, 女児においてはこの限りではなく, そこに性差が見られた。

1 0 0 0 OA 児童虐待

著者
池田 由子
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.4-9, 2001-06-30 (Released:2011-03-02)
参考文献数
10

児童虐待防止法が2000年5月に国会を通過し, 同年11月に施行されてから, 児童虐待の報告数は激増したが, 同時に児童相談所等の関係機関が接触しているにもかかわらず, 被害児が殺され, あるいは重篤な障害を残す事例が報告されるようになった。わが国の児童虐待の現状と問題点をさぐるため, 電話相談, 保健所, 児童相談所, 大学病院の現場で虐待を取り扱っている専門家にその現状, 問題点の報告を求めた。 また, 全体として今後の問題として虐待の定義, 範囲をはっきりすること, 法医学の関与の必要なこと, カルト宗教における児童虐待に注意を払うことなどにつき述べた。
著者
浮田 徹嗣
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.49-57, 1997-06-30 (Released:2011-03-02)
参考文献数
21

本稿では, アメリカにおける司法心理学者の活動を紹介し, 司法におけるアセスメントに認められる「人間に関わる現象を能力に還元して説明する傾向」を指摘した。わが国では, 司法心理学は心理学の中でも特殊な領域で, 心の健康に関わる臨床家一般にとってはなじみの薄い分野という印象がある。一方, アメリカでは司法心理学は, 心の健康の専門家にとっては密接な関係のある分野となっている。たとえば, 処遇に対する子どもの同意能力, 治療に対する精神障害者の同意能力, 知的障害者の意思決定能力などに関わる判定について, 活発に議論されている。このような議論の多くは, いわゆる個人主義の価値観によって立つもので, 関係という視点から検討されることはほとんどなかった。しかし, 能力というものは関係を通してはじめて現れるものであるから, その社会的文脈が無視されるべきではない。個人主義を心理学に単純に当てはめることが一面的な把握にすぎないことを認識していることは, 重要である。たとえば, 臨床の場でおこなわれているアセスメントは個人の能力の判定であると同時に, 実は他者との関係のあり方の判定である。記号論的にいえば, 人間の行動の意味は, 個人に内在するものではなく, 関係の中に創られるからである。このような認識は, 司法心理学の分野だけではなく, 広く, 心の健康に関する領域全般についても重要なことである。人間に関する現象を理解するためには, 現象の原因を追究し個人の能力に還元するような視点だけではなく, 関係という視点から意味や目的を問うことが必要だからである。今後の心の健康の科学には, 「個体能力」と「関係」のふたつの視点を止揚する新たな視点が必要である。そして, その新たな視点をつくるのは, ある意味では, 西欧の価値観から比較的自由でいられるわが国の臨床家の使命ではないだろうか。
著者
田村 和子 井上 果子
出版者
THE JAPANESE ASSOCIATION FOR MENTAL HEALTH
雑誌
こころの健康 : 日本精神衛生学会誌 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.73-87, 2005-12-10

本研究では, 従来青年期心性の特徴として指摘されてきた複数の視点に加えて, 対人関係における葛藤的側面といった視点を導入し, 「境界例心性」として位置づけた。質問紙調査を通じて, 青年期における境界例心性の構成要素を見いだし, 各成分間の関係を図示した。さらに境界例心性に与える両親の養育態度の影響を検討した。<BR>予備調査では, 青年期における境界例心性の全体像を把握するために, 境界例の診断基準に基づいて独自に作成した質問項目を用いて大学生を対象に調査を行った。その結果, 青年期における境界例心性は, 感情・衝動コントロールのできなさや非現実感よりも, 対人関係における敏感さや孤独感, 不安定な自己像や抑うつ感, 自我同一性の欠如によって構成されていることが示された。本調査では, 大学生・専門学校生を対象に調査を行い, 予備調査で明らかとなった境界例心性の側面をより詳細に検討することを試みた。対人関係における敏感さや葛藤的な感情については, 予備調査で使用した質問項目を再構成し, 独自に尺度を作成し, 「対人関係における境界例心性尺度」と命名した。抑うつ感と自我同一性に関しては既存の尺度を用いた。これら3尺度間の関連を検討した結果, 青年に内在化された境界例心性の構成要素が同定されるとともに, 発達の一側面としての特徴が明らかになった。また, その構成成分から, 青年期における境界例心性と, 精神障害としての境界例との共通点と異なる点が示唆された。さらに青年期の発達過程における内的葛藤状況が, 他者との関係の中の揺れとして示される点が, 青年期独自の境界例心性の特徴として捉えられた。<BR>両親の養育態度との関連を通して, 性別を問わず, 特に心理社会的同一性の確立に与える両親の養育態度の重要性, ならびに自己・他者・社会に対する一貫した自己像の確立に与える母親養育態度の重要性が示唆された。また青年期の女性における父親の養育態度の影響力の強さが明らかとなった。
著者
北山 修
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.12-16, 1989-11-15 (Released:2011-03-02)
参考文献数
3
著者
大野 喜美子
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.14-24, 1999-11-30 (Released:2011-03-02)
参考文献数
10

造形活動による児童の心の発達促進という視点から, 小学校児童243名に「家族に対する自由イメージ描画」「自分に対する自由イメージ描画」の実践をした結果を報告する。「家族イメージ」が攻撃的, 自己否定的なものは, 保護者の放任, 過度の進学熱, 欲求不満, 父母の離婚を経験している。明るいものは安定した家庭である。「自己イメージ」も攻撃的, 自己否定的なものは保護者の放任, 過度の進学熱, 学校不適応, 母親の超多忙などの児童である。幸福感に満ちているものは進学塾などの時間に追われることなく, 自分のペースで生きている。「自由画に表現できない児童」もいるが, かれらは背後に大きな問題を抱えている。年々, 攻撃的, 暴力的, 自己否定的なものや, 表現できない児童が増加している。これらは児童を取りまく環境の変化に影響されている。特に過度の学歴偏重, 女性の社会進出に対する支援態勢の無さによる児童へのしわ寄せがある。