著者
佐々木 巌
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.181-182, 2001

本論文は,永久磁石材料の性能を左右する問題として残されている,保磁力発生の機構解明をテーマに取り上げ,高圧窒化法を用いて合成された良質なSm_2Fe_17N_3をモデル系として,実験的研究を行った結果を論じたものである。本論文は7章から構成されている。第1章は序論として,永久磁石材料の性質および研究の歴史を概観し,Sm_2Fe_17窒化物について,その研究の歴史,結晶構造,磁気特性であるCurie点および飽和磁化について概説した後,研究の中心となる技術,高圧窒化法について概説している。さらに保磁力のこれまでの研究を概観し,その問題点を指摘した。第2章は,本論文の研究目的を記述している。これまでの保磁力研究は基礎的な疑問に対して明確な回答を与えていないという問題点を指摘し,本研究の意義を論じている。さらに,具体的にSm_2Fe_<17>N_3が取り上げられた理由を述べている。第3章では,本研究で行なった実験の種類及び方法など実験手法について記述している。第4章では,強磁場磁化測定の実験結果を基に,以下のような事実を明らかにした。保磁力の目安を与える磁気異方性のパラメーター,一軸磁気異方性定数K_<U1>=2.3×10^3 J/kg,K_<u2>=2.5×10^3 J/kgを得た。この値を用いて,絶対零度でJ-混成が無視できると仮定することにより,結晶場パラメーターA_2^0は&acd;-660K/a_0^2であると評価した。この値はバンド計算による理論的研究より求められた値とよく一致している。この窒化により誘起される一軸磁気異方性は,c面内のSm原子付近のN-2p電子とSm-5d電子との異方的混成による価電子の非球対称電荷密度によるA_2^0の増強として説明できる。第5章では,磁気異方性から決定される異方性磁場H_Aと保磁力H_cとがどのように結びついているかを明確にするため,メカニカルグラインド法(MG法)による粉砕法を用いた保磁力の粒径依存の実験結果を基に以下のような事実を明らかにした。(1)MG法を用い粉砕したSm_2Fe_<17>N_3粒子において,2μm以上の粒径では,保磁力は平均粒径の減少により増大する。これは保磁力が粒径に反比例するという逆磁区の核生成型(ニュークリエーション型)による磁化反転機構と一致する。一方,2μm以下では,保磁力はほとんど飽和する。この飽和は粒径減少による保磁力増大効果とMG中の表面元素析出,内部歪などのニュークリエーションサイトの増加による保磁力減少効果の競合によるものと推論された。(2)最高保磁力値は1.32Tが得られたが,この値は異方性磁場に比べるとなおオーダーが1桁小さい。これは,保磁力を低下させる様々な要因の存在を想定し,中でも粒表面における逆磁区の発生が保磁力低下を導いていると推論された。(3)飽和磁化は粒径の減少とともにわずかながら減少した。これは,MG粉砕中に表面相からわずかに窒索が抜け,それに伴い磁化が低下するものと推論される。なお,この高圧窒化法により合成した良質なSm_2Fe_<17>N_3粒子をMG法により粉砕した実験により,Sm_2Fe_<17>N_3における世界最高の(BH)_<max>値&acd;330kJ/m^3を得た。第6章では,保磁力の粒径依存性から推察された保磁力に対する粒表面効果すなわちニュークリエーションサイト発生の効果を明らかにするために,Znとの合金化で粒表面のニュークリエーションサイトを磁気的に除去する実験結果を基に以下のような事実を明らかにした。まず,保磁力が1TにおよぶSm_2Fe_<17>N_3を,等重量のZnと共に磁気的に等方的なZnボンド磁石を作製することにより,保磁力が3Tにおよぶことを推定した。これにより,保磁力に対する表面の効果が極めて大きいことが確認でき,本研究で用いたSm_2Fe_<17>N_3において,ニュークリエーションサイトが粒子全体に分布するのではなく,主に表面に分布すると推論できた。次に,平均粒径40μmのSm_2Fe_<17>N_3粒子を用いて磁気的に異方性のZnボンド磁石を作製し,保磁力の温度変化の測定により,保磁力の表面処理効果に関して以下の事を明らかにした。(1)保磁力は,温度上昇とともに単調に減少する。この時の保磁力は,異方性磁場H_Aのべき乗則に従い,表面処理前において保磁力はH_Aの2乗に従っていたのが,表面処理後はほぼH_Aに比例する。これは表面の清浄効果によるものと推論された。(2)保磁力の温度変化は熱活性型過程の2つの重ね合わせで表わされることを明らかにした。つまり,高温領域(100&acd;200℃)ではニュークリエーションサイトが生成する頻度が保磁力の温度依存を決め,低温領域(-200&acd;-150℃)では生成した磁壁が試料を通過する時のポテンシャルの深さが保磁力の温度依存を支配していることを明らかにした。従って,低温領域において表面処理効果は顕著に現われず,高温領域で表面清浄効果が顕著に見られたと結論された。
著者
永田 浩
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.103-105, 1992-12-31

永久磁石材料の研究はモーターやアクチュエーターなどの電気部品の小型化,軽量化,高性能化,省エネルギー化に寄与できることなどから,学界や産業界において現在も精力的に研究開発が進められている。Nd-Fe-B系永久磁石材料はNd_2 Fe_<14>B型金属間化合物を主相とする永久磁石材料の総称であり,1983年に発見された。一方,Sm-Fe-N系永久磁石材料は既知のSm_2 Fe_<17>金属間化合物(Th_2 Zn_<17>型結晶構造)の結晶格子間位置に窒素(N)を侵入することにより得られる侵入型窒化物Sm_2 Fe_<17>Nxを主相とする新永久磁石材料の総称であり,1990年に発見された。本論文は,この両永久磁石材料をモデル物質として採り上げ,基礎・応用の両面から総合的に研究した結果をまとめたものである。以下に両系の研究目的,実験結果並びに検討結果を要約する。1.Nd-Fe-B系永久磁石材料 Nd-Fe-B系永久磁石材料は主相であるNd_2 Fe_<14>B化合物相の持つ大きい飽和磁化(I_s=1.6T),高い磁気変態温度(キュリー温度 : Tc=573K),大きな一軸磁気異方性(μoH_A=8T,K_1=4.5MJ/m^3)などにより,最大エネルギー積(BH)_<max>==320kJ/m^3(40MGOe)の永久磁石材料として知られている。Nd_2 Fe_<14>B型化合物は空間群がP4_2/mnmである正方晶構造をとり,NdとBは特定のc面のみに存在する層状構造を持つ。その単位胞は4分子式68個の原子から構成されている。本研究では単結晶試料,粉末冶金法により作製した単相焼結体試料および焼結永久磁石体試料を用い,以下の2つの課題研究を行い,その結果について考察を加えた。(1) R_2 Fe_<14>B化合物(R==Y,Ce,Nd,Tm)の比熱,熱膨張,キュリー温度の圧力効果 Nd-Fe-B系永久磁石材料の主相であるR_2 Fe_<14>B化合物について比熱の測定を行い,デバイ温度,電子比熱,スピン再配列に伴う潜熱の値を求めた。その結果,Y_2 Fe_<14>Bに対して電子比熱係数γ=86 J mol^<-1> K^<-2>,デバイ温度θ_D=400Kを得た。またスピン再配列に伴う磁気エントロピー変化△S=16 J mol^<-1> K^<-2> (R=Nd),および△S=0.2 J mol^<-1> K^<-2> (R=Tm)を得た。電子比熱係数γの実験値は最近のバンド計算より得た値の約2倍の大きさであり,理論的計算が未だに十分でないことを示している。またY_2 Fe_<14> Bの4.2&acd;293Kでの比熱の測定結果はデバイ近似により計算されたフォノンの比熱,分子場近似により計算されたFeの磁気モーメントの磁気比熱,電子比熱の総和により良く表わされることを見いだした。ただし,説明に必要な分子場係数の値はTcから評価した値よりも小さく,Feの磁気モーメントの遍歴性を示唆している。熱膨張はキュリー温度以下でインバー効果的な異常熱膨張を示した。さらに,単結晶試料の測定結果よりこの異常熱膨張は大きな異方性を示し,Tc以下の温度領域ではa軸方向がc軸方向より大きな異常熱膨張を示すことを明らかにした。この異常熱膨張による自発体積磁歪の大きさは0Kで2.4%であり,希土類化合物の中では異常に大きな値であった。さらにTc以上の温度領域でもc軸方向に大きな異常熱膨張が存在することを見いだした。R_2 Fe_<14>B型化合物のキュリー温度Tcの圧力効果を6GPaまでの圧力下で測定した。Tcの圧力効果(∂Tc/∂P)は-30&acd;-100K/GPaの大きさで,圧力依存性を示しながら低下した。Ce_2 Fe_<14>Bに於ては加圧,昇温中にTcが異常上昇することを見いだした。このTcの異常昇温は,この化合物中のCe原子の圧力誘起価数変化によるとみられるが詳細は不明である。得られた圧力効果の結果をR-Fe 2元系金属間化合物に対して得られた結果と比較した結果,R_2 Fe_<14>B 3元系化合物のキュリー温度の圧力依存性は通常の遍歴電子モデルでは説明出来ないことを示した。(2) Nd-Fe-B系永久磁石材料の保磁力並びに保磁力の温度特性 Nd-Fe-B系永久磁石材料は,キュリー温度Tcが593Kであるが,保磁力の大きな温度変化(減少)が実用上の大きな障害になっている。これまで希土類永久磁石の保磁力の温度変化に関して理論的取り扱いはされていたが,実験的な確証は得られていなかった。本研究ではこの点に着眼し,Pr_2 Fe_<14>B単結晶試料を作製し,その異方性磁界H_A,飽和磁化I_sの温度変化を測定し,加えてこの化合物を主相とする焼結永久磁石体を作製し,保磁力H_<CI>の温度変化を測定した。その結果,保磁力H_<CI>は広い温度範囲にわたりμo H_<CI>=C・μo H_A-N・I_s(NとCは定数)の関係で表わされることを実証した。またNd_2(Fe_<1-x> Co_x) _<14>Bの単結晶試料を作り,H_AとI_Sの温度変化を測定した。その結果,前式により,Nd-Fe-B系永久磁石材料の保磁力の温度特性の改善にCoの添加は有効でない原因をつきとめた。
著者
井山 慶信
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.153-156, 2001

第1章緒言 地球環境問題の解決策の一つとして注目されているものに,環境マネジメントシステムがある。環境マネジメントシステムとは,組織がその活動及び提供する製品やサービスが環境に与える負荷を常に低減するように配慮し,継続的にその改善を続けられるようにするための組織的な仕組みのことである。それを国際規格として発効したものがISO14001であり,特徴としては,(1)法律ではなく民間の任意規格であり,(2)一般の環境法規のような数値による規定ではなく,システムについての規格であり,(3)厳密に準拠が要求される事項で構成された規格(仕様書)である。また,(4)業種や規模に左右されず,あらゆる組織に対して適用可能であり,(5)汚染物質の排出といった末端部分の管理だけでなく,方針の設定から計画・実行・結果の評価・フィードバックなど全てのプロセスを対象とした幅広い規格である。現在,一部の大企業や大組織で認証取得を行っている場合が多く,数多くの中小企業や小規模オフィスでは,人材の配置や費用負担などが原因で導入が困難な状態であり,情報開示の点においても課題が多く残されている。本研究では,一般のオフィスにおいて,環境マネジメントシステムを構築・運営し,実測調査から環境負荷のパフォーマンス評価を行うことを目的とする。第2章環境マネジメントシステムの立ち上げ 一般のオフィスにおいて環境マネジメントシステムを立ち上げるため,1995年6月,広島県内の企業200社(出先機関)に対し依頼を行った。その結果,58社から回答をもらい,承諾した企業は19社であった。環境マネジメントシステムの立ち上げにあたっては,管理のサイクル(PDCA)に沿って,計画(Plan),実施及び運用(Do),点検及び是正処置(Check),経営層による見直し(Action)を行っていく必要がある。本研究では,オフィスの環境側面(環境と相互に影響し得る,組織の活動,製品又はサービスの要素)として紙類に着目し,使用・廃棄される紙に関して環境マネジメントシステムを立ち上げた。承諾企業19社で計画(Plan)について話し合った結果,内部監査人の負担の大きさや,社員全員にシステムの把握をさせる手間など様々な問題点が生じ,最終的に組織トップのゴーサインが出ず,実施及び運用(Do)にまで至らなかった企業が11社あった。残りの8社においても負担などに関して意見が出たが,組織トップと監査人の協力により環境マネジメントシステムを立ち上げることができた。組織トップの意志はシステムの立ち上げにおいて重要な要素であった。立ち上げた環境マネジメントシステムに基づき,8社において一週間実施及び運用(Do)を行った。環境側面として,導入される紙類や使用されるコピー用紙,うら紙の発生量や使用量,送出される紙類や可燃ごみ・資源ごみについて重量を測定し,監査人が調査票に記入した。そして紙の出入りをまとめた環境収支簿記を作成した。次に,環境マネジメントシステムの点検及び是正処置(Check)を行った。それにより,1社で担当者不在による運用の不備が一部見つかり,経営層による見直し(Action)として,改めて社員全員へのシステムの徹底を求めた。他の7社では実施期間において順調にシステムは運用され,紙類の収支や今後の環境への取り組みなどの報告を行うことができた。第3章環境マネジメントシステムの再構築 環境マネジメントシステムにおいて重要な点は,PDCAのサイクルにおけるActionによって継続的に改善が行われることである。このシステムに基づき,1995年に環境マネジメントシステムを構築した8社に対し,1997年1月にシステムの再構築を依頼した。その結果,5社がYes,3社がNoの返事であった。環境マネジメントシステムにとって「継続」は重要なポイントである。環境マネジメントシステムを維持するには労力が必要であるが,現状として3社が維持できなかった。逆に再構築が可能であった5社からは,前回の環境マネジメントシステムに対して「ごみの多さを実感した」など,積極的な意見が出ていた。5社の中には組織のトップが代わった所もあったが,簡単な話し合いを行うだけで,Plan・Do・Checkのサイクルをスムーズに行うことができた。Checkの段階において,5社中2社でオフィス内にシステムの大きな変化が見られた。環境収支簿記を用いた環境パフォーマンス評価により,2社では新たにシュレッダーを導入したことから,焼却されるごみが大幅に増加していた。Actionとして,シュレッダー処理量を低減するよう報告を行った。システムの維持・継続という点で5社で環境マネジメントシステムの再構築を行うことができた。これにより,本研究での環境マネジメントシステムが,単に一度だけではなく継続して運用できることが示された。
著者
高橋 俊雄
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.23, pp.231-234, 1997-12-28

淡水産の刺胞動物であるヒドラは単純な体制と限られた細胞種からなり,強力な再生能力を持つ生物で,形態形成のメカニズムを研究する上での理想的な小動物である。従来の研究で様々なシグナル分子がヒドラの出芽,再生,細胞分化などのダイナミックな発生過程の制御や神経情報伝達に関与していると示唆されている。しかしながら,多大な努力にも関わらずヒドラのシグナル分子の実体はほとんど明らかにされていない。唯一,11個のアミノ酸残基からなり頭部形成を促進するペプチドHead activator(pGlu-Pro-Pro-Gly-Gly-Ser-Lys-Val-Ile-Leu-Phe)が同定されているだけである(Schaller and Bodenmuller, 1981)。実体が明らかにされていない主な理由は,シグナル分子の組織内含量が非常に少なく,しかも精製過程における生物活性検定に多大な労力と時間を要することにある。この点を克服するために,従来の方法とは異なる新しいアプローチ方法を開発し,ヒドラの発生過程や神経情報伝達を制御するペプチド性シグナル分子を大規模かつ系統的に単離し,その構造及び機能を解明する目的で研究を始めた。対象をペプチド性シグナル分子に限定した理由としては,容易に単離,構造決定及び化学合成ができ,また,前駆体遺伝子の同定を行うことによりペプチドの発現調節機構の解析までもが可能であることによる。この新しいアプローチ方法は下記の4段階に分けて推進した。(1)ペプチド分離大量に培養したチクビヒドラ(Hydra magnipapillata)からペプチド性画分を分画した。本研究では,ヒドラからのペプチド性成分の抽出には熱酢酸法及び冷アセトン法の2種類の方法を試みた。次に,HPLCを用いて系統的にペプチドを分離精製した。この段階では生物活性検定を行わない。(2)活性スクリーニング 各精製ペプチドにつき, Differential Display(DD)-PCR法(Liang and Pardee, 1992)を用いて,ヒドラの遺伝子発現パターンに変化を与えるペプチド(シグナル分子)を選択した。出芽や再生などの形態形成に際しては様々な遺伝子の発現が起こっていると考えられる。そこで分離精製したペプチドでヒドラを処理して4時間または20時間後にmRNAを抽出した後cDNAを作成し,ランダムなプライマーを用いてPCRで増幅し,電気泳動によるバンドパターンを無処理ヒドラのものと比較してmRNAの発現様式が変化したものをピックアップした。(3)構造決定及び化学合成 (2)でシグナル候補分子であると思われるペプチドにつき,アミノ酸配列分析,アミノ酸分析及び質量分析を行い,ペプチドの構造を推定した。推定した構造をもとにペプチドを合成した。そして,合成ペプチドと天然物とのHPLC上での挙動を比較し,一致したらその構造が正しいと判定した。(4)生体内機能検定 最終段階では,構造決定し,化学合成したペプチドを用いてヒドラにおける生物活性を調べた。第1章では,本法により現在までに329種のペプチド性と思われる物質を単離し,200種のアミノ酸配列分析を行い,45%(56/124)のペプチド性物質にヒドラの遺伝子発現に影響を及ぼす活性がみられた。この結果から,単純に計算して,ヒドラ組織中には約600種のペプチド性シグナル分子が含まれていることを示す。また,DD-PCR法を用いたスクリーニングの方法は,数多くのペプチド性シグナル分子と思われる物質を効率よくスクリーニングすることができることが示された。現在までに27種のペプチドの構造を決定しており,これらペプチドのうち,ペプチド族を形成する2つのグループを同定した(表1)。ひとつはLWamide族ペプチド(LWamides)で,これまでにヒドラから7種の同族体を単離,同定している。LWamidesの構造上の特徴として,C-末側にGly-Leu-Trp-NH_2構造を共通に持つ。Leitzら(1994)によりイソギンチャクから単離,同定され,海産のカイウミヒドラのプラヌラ幼生変態を促進する生理活性ペプチドMetamorphosin A (pGlu-Gln-Pro-Gly-Leu-Trp-NH_2)(MMA)もこのペプチド族に属する。もう1つはPW族ペプチド(PWs)で,このペプチド族は現在までにどの動物門からも単離されていない新型のペプチド族であった。これまでにヒドラから4種のPWsを単離,同定した。4種のペプチドは,5残基から8残基のアミノ酸残基からなり,共通構造としてC-末側にLeu(or Ile)-Pro-Trpを持つ。また,PWsのHym-33H (Ala-Ala-Leu-Pro-Trp)を除く3種のペプチドはN-末側から2残基目にPro (X-Pro)を持つ構造をしており,このことは,これらペプチドが分解酵素により分解されにくく,比較的安定な構造のペプチドであることを示唆する(Carstensen et al., 1992)。Hym-330,Hym-346と仮に名付けたペプチドは,Hoffmeister (1996)によりヒドラ(Hydra vulgaris)から足部再生を促進する活性を持つ因子として同定されたペプチドpedin,pedibinとC-末のGlu残基を欠く構造と同一のペプチドであった。
著者
内田 雅己
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.175-177, 1998-12-28

第1章序論 北半球高緯度地方には,世界最大の森林帯(北方林)がある。北方林は,低温により分解速度が遅いために,土壌中に大量の有機炭素を蓄積しており,地球規模の炭素循環に重要な役割を果たしている。近年,地球の温暖化により,現在は炭素の吸収源であると考えられている北方林が,炭素の発生源になる可能性が懸念されている。しかし,北方林の土壌圏の炭素動態において,微生物のはたらきを量的に把握した研究は少なく,野外における分解の温度依存性に関する研究についても,ほとんどなされていないのが現状である。本論文では,北方林の土壌炭素のフローと,それに対する微生物の寄与を定量化し,温暖化による気候変動が,土壌有機物の分解におよぼす影響を明らかにすることを目的とした。第2章北方林における土壌微生物群集をめぐる炭素の動態 北方林における土壌炭素のフローと,それに対する微生物の寄与を定量化するため,カナダ,サスカチュワン州,キャンドルレイク(105°30'W, 53°50'N)付近のクロトウヒPicea mariana林内に調査区を設定し,有機物層から鉱質土壌層表面下50cmまでの各土壌層位毎の有機炭素量,微生物バイオマス炭素,土壌呼吸量,および根のバイオマスと呼吸量を調査した。コケ層から鉱質土壌層表面下50cmの深さまでの有機炭素量は,1平方メートルあたり7.2kgで,そのうちの47%が有機物層中に存在していた。土壌呼吸速度から植物根の呼吸速度を差し引いて微生物の呼吸速度を求めた。根の呼吸速度は,重量あたりの呼吸速度と根のバイオマスから求めた。その結果,全土壌呼吸速度にしめる微生物の呼吸速度の割合は46%になった。微生物の呼吸のうち,有機物層中の呼吸が約60%をしめた。L層,FH層,およびA層の微生物バイオマス炭素あたりの呼吸活性は,それぞれ1.35,0.44,および0.94mg CO_2-C g^<-1> microbia1 C h^<-1>であった。FH層は他の層にくらべて呼吸活性が低く,FH層の微生物の活性自体が低いと考えられた。採取した土壌中の微生物の呼吸速度の温度依存性からQ_<10>を求めたところ,2.4であった。この値と無雪期間(6月&acd;10月)の土壌温度(地表面下15cm)の変化から,L層&acd;A層までに存在する微生物の年間総呼吸量を推定したところ,221g C m^<-2>となった。Nakane et al. (1997)は,本調査地付近のクロトウヒ林の年間のリターフォール量が91&acd;128g C m^<-2>であると報告している。本調査地のL層の微生物の呼吸量(85g C m^<-2> yr^<-1>はリターの投入量に対してかなり大きい値となった。しかし,L層下部には菌根菌と思われる菌糸体が密に繁殖していたことから,外生菌根菌に由来する呼吸が,微生物の総呼吸量にかなり含まれている可能性も示唆された。第3章リター分解と温度環境 一般的に,リターの分解に対する温度の影響は,室内実験で調べられることが多い。しかし,自然環境における温度変化は,長期にわたって徐々に生じるため,実際の現象は短期間の室内実験では予測できないことが多い。そこで,北半球の高緯度地方を中心に,きわめて広範囲に分布している蘚類のイワダレゴケHylocomium splendensを用いて,実際にリターの消失率を推定し,温度環境との関係について調査した。イワダレゴケは,規則的な成長様式をもち,成長解析とリターの蓄積から年間のリターの生産量と消失率を容易に推定できる。サンプルは,上記調査地を含むサスカチユワン州のクロトウヒ林3地点,および富士山亜高山帯針葉樹林内の標高の異なる4地点(1,700&acd;2,400m)で採取した。富士山の調査地では,標高が高くなるほどリターの蓄積量は多くなり,消失率は低下する傾向が認められた。この際,各地点の年平均気温とリター消失率の対数との間には有意な直線関係が認められた。富士山の調査地の年平均気温とリター消失率との関係から求めたQ_<10>は8.7と大きな値となった。無雪期間の積算気温とリター消失率,およびリターの質との間に,統計的に有意な高い相関が認められた。野外におけるリター消失率は,わずかな温度の違いでも著しく変化することが推察され,そのことには,無雪期間の気温とリターの化学組成が影響している可能性が示唆された。第4章温度環境の変化と土壌微生物 第3章では,イワダレゴケのリターの消失率を広域に比較した結果,リターの消失率は温度に対して敏感に反応することが推察された。これは,長期的な温度環境の変化にともなう分解速度の変化が,実験室での短期間の微生物分解活性の温度依存性だけでは説明できないことを示唆している。本章では,野外における基質分解の温度依存性の実態を解明することを目的として,同質の分解基質(ろ紙とブナのチップ)を富士山の標高の異なる5地点(1,500&acd;2,400m)に埋設し,現地における消失率を詳細に検討した。
著者
児島 清秀
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.193-195, 1993-12-31

果実は収穫後も成熟過程を継続し,貯蔵物質の加水分解や硬さ・色素・香りなどの変化が起こり,これらの現象を総称して追熟とよんでいる。果実追熟中の軟化は,果実の収穫後の保存期間を決める要因であるため,果樹園芸上重要な意義があり,メカニズムの解明が期待されている。さらに,果実の硬さは,果実の品質の重要な因子でもあるので古くから様々の方法で測定されてきたが,多くの測定法の原理は,一定の深さにプランジャーを押し込むのに要する力で測定する方法であり,物理的モデルに基づく客観的で統一された方法ではない。一方,硬さを粘弾性として解析するレオロジー的測定法として応力緩和法があり,1970年に山本らによって植物に適用された。この測定法は,植物の組織の力学的構造のモデルである粘弾性モデルに基づいた計算式でシュミレーションしてパラメーターを得る。従って,得られたパラメーターは,押し込み法のような単なる硬さの示標ではなく,植物組織の力学的構造の変化を示唆する。しかし,この応力緩和法は植物の繊維組織の両端をクランプではさんで引っ張って測定するため,柔らかい果実を測定するのは困難であった。また,硬さに関係すると考えられる果実の成分の追熟中の化学的変化としては,細胞壁成分のペクチン多糖類が分解して低分子化することがトマト,メロン,イチゴ等多くの果実で報告されており,他の細胞壁成分のヘミセルロースとセルロースに関しても少しは報告されており,これら細胞壁成分の分解が果実軟化の主な原因であると考えられてきた。しかし,果実の貯蔵物質としてデンプンを多く含むような果実のバナナでは,追熟開始後数日でデンプンがほぼ完全に糖化し,ほぼ時期を同じくして果実が軟化するので,デンプンも果実軟化に関係すると示唆されてきた。しかし,デンプンが多いバナナ果肉の細胞壁の分析は困難で信頼できる報告はない。本研究では,この軟化について物理的測定と同時に化学的測定を行い,デンプンを多く含むような果実の追熟中の軟化のしくみを解明した。一番目に応力緩和法を利用して果実の硬さの測定法を開発した。ここでは,すでに追熟中の軟化に関係する成分や酵素の変動が詳しく調べられ,硬さの測定だけで化学的変化との関連が調べられるトマトを材料にした。二番目に追熟中のバナナ果実の硬さの測定と同時にデンプンと細胞壁成分の変化を分析し,バナナ果実追熟中の軟化のしくみを検討し,下記のような研究成果が得られた。植物の細胞壁の物理的性質を測定するために使用されていた応力緩和法を初めて果実軟化の測定に応用し,簡便な硬度測定法を開発した。装置は,培養細胞に力を与えるために開発されたひずみ計(Vitrodyne Liveco社製)に,プローブとしてみがいた釘(直径2.1mm)を7mmの長さに切断し,センサーに接続しているアームに固定した。材料としてトマトを用い,果実の熟度の進行に伴う,極めて狭い範囲の組織の軟化を定量的に表した。方法は厚さ7-8mmの切片を水平なステージにのせ,プローブを一定速度で降下させた。ひずみ計の応力が約5gに達したときを0秒として,降下を止めて組織の応力の減少(緩和)を5秒間隔で60秒まで計測した。得られた応力緩和のデータを山本らの応力緩和の式にパーソナルコンピューターを使用し最小二乗法でシュミレートして3個の応力緩和パラメター,最小緩和時間(T0)・緩和速度(R)・最大緩和時間(Tm)を得た。なおこの方法で得られたパラメーター変化は従来知られていたトマト果実のポリガラクツロナーゼ活性の変化と一致し,物理的測定法と生化学的変化が一致することを見出した。このことは本測定法が軟化度の測定に有効であることを示している。さらに,このひずみ計を使用した果実軟化測定法を改良した。応力緩和法は,一定の荷重をかけてその後の応力の減少を測定するものであるが,軟化の程度が大きいと変位,すなわちプローブの貫入が大きくなる。応力緩和法では変位が一定である方がより正確なパラメーターが得られる。従ってプローブのつきさす深さを一定に保つことができるレオメーター(山電製)を用い, 円錐型プローブを接続した。追熟中の全ての段階で応力緩和を測定できる最適な条件を検討するため,追熟開始前(緑色)と開始後(黄色)のバナナ[Musa(AAA group, Cavendish subgroup)'Giant Cavendish']を用い,果肉の横断切片上の子室の中央部を測定点とした。プローブをつきさす深さは0.2,0.4,0.6mm,つきさす速度は0.05,0.1,0.5,1.0mm/秒を設定した。これらの設定条件で円錐型プローブをつきさし応力緩和データを得て, 3つの応力緩和パラメーターを計算した。これらのパラメーターはつきさす深さと速度で変化し,緑色のバナナではつきさす速度を増していくとT0,Tmともに低下する傾向が,また速度が0.5mm/秒以上でほぼ安定したパラメーターが得られた。
著者
山中 明
出版者
広島大学
雑誌
Memoirs of the Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University. IV, Science reports : studies of fundamental and environmental sciences (ISSN:13408364)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.169-172, 2001

第1章序論 生物は,地球上の環境に適応するため様々な多様性を進化の過程で獲得してきた。特に,動物界で種・個体数ともに圧倒的な数を占める昆虫の繁栄は,そのずば抜けた適応能力の多様性に他ならない。昆虫は変態や休眠という機構を持つ一方で,個々の形態や色彩をその環境や季節に適合させる機構を持つことにより,種多様性を保っていると考えられる。後者の発現調節機構も神経内分泌系が関与していると考えられているが,実体の明らかになったものは非常に少なく,分子機構などについてはまだ不明な点が多い。本研究では,最初にナミアゲハの環境適応機構(蛹および幼虫体色に関わる内分泌調節機構)および季節適応機構(成虫の季節型に関わる内分泌調節機構)について,続いて,カイコガ(大造)の季節適応機構についての解析を行った。第2章ナミアゲハの蛹表皮褐色化ホルモンの抽出とその部分的な特徴づけ ナミアゲハ非休眠蛹には,緑色および褐色の蛹体色が存在する。このような蛹体色の発現には,環境条件として,匂い,光,湿度のほか,蛹化する場所の性質(粗滑)が関係している。一方,神経内分泌学的研究により,褐色の蛹となるためには,脳で生産され前蛹期の後期に前胸神経節から分泌される褐色化ホルモンが関与していることが示唆されている。今回,ナミアゲハ前蛹個体の結紮腹部を用い,蛹表皮褐色化ホルモン(Pupal-cuticle-melanizing-hormone; PCMH)活性を定量化する生物検定方法の確立,ナミアゲハ緑色蛹の脳-食道下神経節一前胸神経節(Br-SG-PG)連合体からのPCMH抽出方法の検討を行い,更に,PCMHの諸性質を検討した。また,カイコガ成虫のBr-SG連合体からのPCMH活性物質の抽出も試みた。その結果,前蛹個体の結紮腹部を用いる生物検定方法により,PCMH活性を定量化することができた。この生物検定方法を用い,Br-SG(-PG)連合体を破砕し,5種類の粗抽出液画分を調製したところ,PCMHおよびPCMH活性物質は2%NaCl粗抽出液画分に抽出された。更に,諸性質を検討した結果,ゲル濾過クロマトグラフィーによりPCMH活性物質の分子量はおよそ3,000-4,OOODaであり,陽イオン交換体に吸着すること,C18逆相カラム樹脂に吸着し,26-34%アセトニトリル画分に溶出されることが分かった。第3章ナミアゲハの蛹体色に及ぼすホルモン因子の影響 前章より抽出が可能となったナミアゲハPCMHあるいはカイコガPCMH活性物質以外に,ナミアゲハ蛹体色の褐色化に作用する物質が存在するかどうかを調べるため,他の既知の昆虫生理活性物質が関与しているかどうかの検討を行った。実験に使用した昆虫生理活性物質は,幼若ホルモン,エクダイソン,フェロモン生合成活性化ペプチド(PBAN),カイコガ夏型ホルモン活性物質および幼若ホルモン様物質(メソプレン)であった。前章の生物検定方法を用い,蛹表皮褐色化の促進効果の影響を調べた。使用した昆虫生理活性物質は,ナミアゲハ前蛹の結紮腹部を褐色にする作用は認められず,カイコガPCMH活性物質のみが,蛹表皮の褐色化の促進をした。また,褐色蛹条件下のナミアゲハ前蛹腹部(無結紮個体)にこれらの昆虫生理活性物質を投与し,蛹表皮褐色化の阻害効果の影響を調べたところ,これらの昆虫生理活性物質は,蛹表皮褐色化を阻害する効果も認められなかった。以上より,ナミアゲハにおいて蛹表皮の褐色化の引き金となる物質は,PCMHであることが示唆された。第4章ナミアゲハ幼虫体液からのビリベルジン結合蛋白質の精製とその特徴づけ ナミアゲハ非休眠蛹体色には,緑色と褐色があり,また,幼虫期の体色は4齢までは黒色で5齢では緑色となる。これらの体色変化は,生育環境条件への適応であると考えられている。両生育段階における緑色の体色発現には,青色色素(ビリベルジン)が重要な役割を果たしていると考えられる。そこで,この色素を体内にとどめる働きをするビリベルジン結合蛋白質が,蛹期および幼虫期の体色発現においてどのような挙動をしているのかを捉える目的のため,ビリベルジン結合蛋白質(BP)の精製を試みた。5齢幼虫体液から,BPを,飽和硫安分画,ゲルろ過クロマトグラフィー,陽陰イオン交換クロマトグラフィーを用いて精製した。精製されたBPの分子量は,SDS-PAGEで21kDa,ゲルろ過で24kDaと算出され,単量体であった。本精製蛋白質は,吸収スペクトルからビリベルジンIXを結合していることが示唆された。本蛋白質のN末端から19個のアミノ酸配列を決定したところ,オオモンシロチョウ(Pieris brassicae)のビリン結合蛋白質のN末端アミノ酸配列と42%の相同性を示した。これらの結果から,本精製BPは,insecticyanin型蛋白質であることが示唆された。第5章ナミアゲハの夏型ホルモン存在の証拠 ナミアゲハは,幼虫期の光周温度条件により2つの季節型(夏型と春型)が生ずる。夏型は,脳から分泌される体液性因子によって決定されると考えられている。