著者
生駒 忍 Shinobu Ikoma
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.13, pp.263-273, 2015

教員採用試験の教職教養を構成する分野のひとつに、教育心理がある。この教育心理は、今日の学術的な教育心理学と類似してはいるが、同一ではない。本稿はそこに含まれる、心理学の中では長い歴史を持つ分野である記憶について、近年の出題動向を検討した。平成23 年から25 年の3 年間における、教育心理分野の記憶に関する出題を収集した。これを出題年ごとに並べ、それぞれに指摘を加えた。出題内容としては、Ebbinghaus,H. およびその忘却曲線と、レミニッセンスとが多いことが明らかになった。これは、教育心理が「古典」となっていることを表している。また、表現上の不備等も多く見られた。このような傾向は、記憶に限ったことではないとも考えられ、今後検討を広げることが求められる。
著者
薬本 武則 Takenori Yakumoto
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.119-133, 2015-03-31

明治以降の日本での美術教育は, 西欧の教育に準じた方法を採用してきたが, 西欧の精神性を軽視した技術論重視の教育方法が, 日本人特有の精神性までも失わせてしまうのではないかと言う不安を生み出し, 再び日本の伝統文化に根ざした教育方法への強い関心を持つようになった。その時, 私は, 江戸時代後期に茶道から始まり, その後, 芸道・武道などに受け入れられ, 日本の伝統, 教育方法になった「守・破・離」があることに気づいて, それを美術教育にも転用して, まず「守」としての基本的美術意識構築のための方法として、中国の謝赫が著わし張彦遠が論述した「画の六法及び十法」に強い関心を抱いた。そこで, これらの言葉を、西洋画の言葉に慣れ親しんでいる美術関係者にも判りやすい日本語で説明することから, 新たな美術教育の道が開けるのではないかとの考えに至り「画の六法及び十法」について考察することにした。Art education in Japan after the Meiji Restoration adopted a method that followed the European educational model,but this education model only looked at technicques rather than the spirit. Consequently, the Japanese psyche was lost. As a result, Japanese people began to think more about traditional Japanese culture. I have also regained a strong interest in teaching methods rooted in traditional Japanese culture. I have noticed that the traditional Japanese education method, which is based on「 守(shu)・破(ha)・離(ri)」 can be transformed to embody Japanese art education. As a method for the basic art of building consciousness through oberservation (shu), I have a keen interest in the ‶ten methods and six codes of the image" that Shakaku, of China, discussed.Therefore, I decided to consider explaining art in easy-to-understand Japanese using the "ten methods and six codes of the image" in terms that are similiar to those used in Western painting.
著者
天岩 靜子 増田 桃子 Shizuko Amaiwa Masuda Momoko
出版者
共栄大学国際経営学部
雑誌
共栄大学研究論集 : 共大研究 (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.211-225, 2013-03-31

絶対音感保有者は、ある音高を他の音高を参照することなく、音楽的音高名で即座に同定することができる。音を音階名(言語)として認識できるのである。そこで、3 種類の音(ドラム、ピアノ、階名の発声音)を聴きながら視覚的に現れる数字を記憶する課題を与え、脳前頭のどの部位が活性化するかを、fNIRS(functional Near-Infrared Spectroscopy:機能的近赤外分光分析法)を用いて測定した。前頭部位を、(1)中央の前頭葉+ 前頭前野背外側部、(2)右下前頭、(3)左下前頭に分けて検討した結果、絶対音感保有者は、非保有者に比べてピアノ音に対して敏感であり、数字の記憶課題解決の際には、ピアノ音がある場合に前頭の中央部と言語野のある左下前頭で活性化が著しく、干渉効果が認められた。絶対音感保有者は前頭の左部分で数字の記憶をする一方、ピアノ音についても同じ脳部位で処理していることが確認された。Absolute pitch possessors have the ability to realize the musical pitch name immediately without comparison to other sounds. We investigated their ability to perform visual numbermemorizing-tasks while simultaneously listening three kinds of stimuli-drum, piano, and a human voice announcing the musical pitch names. Using fNIRS (functional Near-Infrared Spectroscopy), we analyzed blood flow changes on the prefrontal area of the brain. Absolute pitch possessors responded to piano sound more sensitively, and their left and middle parts of the prefrontal area were highly activated while performing number-memorizing-tasks compared with non-absolute pitch possessors. It was confirmed that absolute pitch possessors processed sounds and numbers in almost the same area of prefrontal brain.
著者
中村 哲也 丸山 敦史 矢野 佑樹 Tetsuya Nakamura Maruyama Atsushi Yano Yuki 共栄大学 千葉大学 スウェーデン農業科学大学
出版者
共栄大学国際経営学部
雑誌
共栄大学研究論集 (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.7, pp.89-106, 2009
被引用文献数
1

本稿では、栃木産にっこりととちおとめが、香港やバンコクの如何なる購買層に評価されるのか、プロビットモデルを推計し、考察した。分析の結果、下記の諸点が明らかにされた。まず、香港・バンコクにおける国産ナシ品種と国産イチゴ品種の認知度は非常に低かった。今後、栃木産にっこりととちおとめを輸出する際は、輸出専用パッケージ等による品種のイメージアップを図る必要があるだろう。そして、とちおとめは香港では大きさが、バンコクでは香りが評価された。そして、にっこりは中高年層に、とちおとめは女性に評価が高かった。最後に、香港でのにっこりの価格は中国産ナシの4倍、バンコクでのとちおとめの価格はタイ産イチゴの7倍の価格差があった。そして、香港ではにっこりは8割弱が、とちおとめも7割弱が、調査当日の小売価格または若干高くても購入するという回答が得られた。ただし、バンコクでは8割弱が、調査当日の店頭小売価格ならば購入しないという結果となった。そして、プロビットモデルの推計結果から判断するならば、今後の香港でのとちおとめ輸出は、中高年層をターゲットとし、食味評価の高い女性を如何に購買層に取り入れるかが輸出拡大のカギとなるだろう。
著者
山田 耕生 Kosei Yamada
出版者
共栄大学国際経営学部
雑誌
共栄大学研究論集 (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.107-121, 2009-03-31

本稿では、浦和レッズとその本拠地であるさいたま市浦和地域(旧浦和市)を事例に、プロサッカークラブの発足に伴う「サッカーのまち」の変遷を明らかにした。浦和地域では1960年代から70年代にかけての約20年間の地元高校サッカー部による数々の全国優勝によって「サッカーのまち」としての認識が形成された。1993年に開幕したJリーグ以降は、行政、商店街などにより、サッカーのまちづくりが進められた。2000年代に入ると、浦和レッズも本格的に地域貢献活動に取り組むようになった。このように、Jリーグ開幕時からサッカーのまちづくりが着々と進展した要因は、地域住民の「サッカーのまち」としての認識やアイデンティティがあるためである。さらに、浦和レッズの地域貢献活動は本業のサッカーの強化には繋がらないが、結果として浦和レッズがさらに地域へ受け入れられるものになり、さらには浦和地域の「サッカーのまち」づくりが一層進んでいくものと考えられる。This paper deals with the case of Urawa district in Saitama City which successfully created the "Soccer Town" by establishing its local professional soccer team "Urawa Reds." Historically, winning several national championships of soccer tournaments by local high school teams formed recognition of Urawa district as the "Soccer town" in its 1960s and 1979s. Since the establishment of the national professional soccer league, "J-league" in 1993, both Urawa shopping districts and the local government have enthusiastically promoted the creation of "Soccer town" in Urawa. Urawa Reds itself has also positively participated in local activities since the 2000s. Thus, significant success of the creation of "Soccer town" in Urawa is mainly due to strong recognition and identity by local people as the "Soccer town" in Urawa district. Although such regionally contributing activities is not directly connected with the performance of soccer players in Urawa Reds, the team has received enthusiastic support, contributing to the further success of Urawa district as the "Soccer Town" as a result.
著者
岸本 肇 Hajime Kishimoto
出版者
共栄大学国際経営学部
雑誌
共栄大学研究論集 : 共大研究 (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.11, pp.165-177, 2013

本研究は、第一次世界大戦中の在日ドイツ兵捕虜のスポーツ活動について、新発見と未解明な事柄とを示しながら、以下の3 つの検討課題を提起する。 1. 研究対象を全16 捕虜収容所へ拡大することにより、彼らのスポーツ活動の全体像を把握する。 2. スポーツをよくしたドイツ兵の国民性から、虜囚生活におけるスポーツの意義を考究する。 3. 各ドイツ兵捕虜収容所におけるスポーツ要求に対する「厚遇」程度を分析するためには、日露戦争当時のロシア兵捕虜のスポーツ活動との比較も必要である。
著者
片岡 祥二 加藤 尚裕
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.15, pp.165-182, 2017

これまで行われた諸調査によって、方位磁針の適切な操作方法を身に付けていない子どもたちが多いことが指摘されている。本研究では、その要因と考えられる問題点を克服することを目的とした教材を開発するとともに、それらを活用した指導方法を考案し、授業実践を通してその学習効果について検証した。その結果、開発した教材ならびに考案した指導法は方位磁針の操作方法についての指導に有効であることがわかった。一方、正しく操作できているにもかかわらず方位を正しく読み取れないなどの課題があることがわかった。
著者
田蔵 奈緒
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.16, pp.83-94, 2018

日本のプロ野球選手の中で現役選手引退後の生活に不安を感じている選手は,2013 年調査で71.5%,日本のプロサッカー選手では,2000 年の調査では76.2%であり,大半の選手が,引退後のセカンドキャリアに不安を感じているという結果であった。プロスポーツ選手に訪れる引退というキャリアトランジションにおけるセカンドキャリアの支援の在り方について,セカンドキャリア支援体制を確立したJ リーグの設立迄の経緯とJ リーグよりも以前から制度を確立している海外のプロサッカー選手のセカンドキャリア支援事業について事例調査を行った。日本サッカー界は,プロサッカー選手のセカンドキャリアのノウハウをJ リーグ内部で留めるのではなく,外部に対して提供し,スポーツ選手全体のセカンドキャリア支援に貢献できる経験と資格とその責任があるのではないだろうか。J リーグは1993 年からスタートし,この24 年間で国内に多くの功績を残してきたが,その繁栄や若干の陰りが見られるとはいえ,まだまだプロスポーツ界をリード出来る力を持っていると考える。プロスポーツの人材はその競技の中だけでなく,競技の枠,産業の枠を越えて活躍することによって,プロスポーツの中長期における発展があるはずであり,J リーグにはその人材を輩出する土壌と仕組みがある。この点において他スポーツ団体もJ リーグに学ぶ点はあるのではないかと考える。
著者
和井田 節子 小泉 晋一 田中 卓也 Setsuko Waida Koizumi Shinichi Tanaka Takuya
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.193-216, 2016

共栄大学教育学部では、2 年次必修演習科目「教育学基礎演習」(半期・1 単位)の中で「知的思考力」と、協同的に問題解決をする「社会的能力」の育成を目的に、教育政策的なテーマで、チームによるディベートを行っている。本研究では、2015 年の授業記録とアンケート結果から、ディベート学習の教育的効果と課題を検討した。その結果、「知的思考力」の向上は認められたが、「社会的能力」に関しては有意な効果は認められなかった。しかし、説得力のあるディベートができたチームには、協同的に準備ができたという感想を持つ傾向があり、チームワークのスキルを学ばせる必要も示唆された。
著者
小川 智弘 Tomohiro Ogawa
出版者
共栄大学国際経営学部
雑誌
共栄大学研究論集 (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.7, pp.1-13, 2009

アメリカのサブプライムローンの問題に端を発する、2008年夏に始まった今回の世界的な金融危機に直面して、資本主義経済は二度目の大きな挑戦を受けている。第一回目は1929年の世界大恐慌であり、このとき財政出動により経済を救うという形で、重商主義の時代以来初めて、大きな政府が登場した。そして、今回の危機で、政府が経済を救うという形で市場に介入し、さらに大きな政府が出現しようとしている。この問題を、資本主義経済に特有な長期の景気変動の問題と資本主義の本質という面から、その変わりゆく姿を資本主義のエートスの変化と捉え、市場と政府(ないしは国家)との関係として分析し、それがどのようになって行くのかを考察している。
著者
田中 卓也 Takuya Tanaka
出版者
共栄大学
雑誌
共栄大学研究論集 = The journal of Kyoei University (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
no.14, pp.167-191, 2016

「たのきん」と呼ばれる3 人の男性アイドルは、『平凡』誌上最後のアイドルとして、人気を誇った。ファン等はこぞって同誌の読者投書欄に投書を寄せ、「その思い」を伝えた。たのきん人気が去ってからは、読者投書欄は読者同士の文通や交流、誌面でのやりとりが中心となった。いつしか読者等は目には見えない読者共同体を形成していった。それはやがてアイドルを標榜する読者の集いから、彼等読者が日常通学する学校ヘと目が向けられた。それは「校則」への批判、反発というかたちで、読者個人の思いが投影されるものとなっていった。それは『平凡』誌の読者欄が彼等ヤング(若者)の居場所であり、そこで作られる主義主張などは、「ヤング共同体」としてのディスクールを有した。
著者
金山 康博 Yasuhiro Kanayama
出版者
共栄大学国際経営学部
雑誌
共栄大学研究論集 : 共大研究 (ISSN:1880859X)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.227-249, 2013-03-31

学校教育制度の改革は、絶対不可欠条件として児童・生徒の発達段階を考慮することが必要である。特に、学級集団の規模が、小学生から高校生まで上限定数40 人で良いとする現行の根拠を明らかにし、少人数学級実現に向けて、学年発達段階を踏まえた学級編制改善策を学校現場から提起することが重要である。 その上で1 人の教師が経営する学級集団の適正規模を考察し、「クラスサイズは誰が決めるのか」という課題を設定する。教育指導の有効なシステム化を図り、教師たちが最大の力量発揮と最大の効果を上げられるような仕組みを提示したい。This paper considers the children's and students' developmental stages as something that cannot be left out with regard to the reformation of the school education system. It is important, especially, to explain the reasons why a maximum class size of 40 , from elementary school to high school, is considered good; to work towards the realization of even smaller classes; and to raise the topic of improving class organization to best suit the students' stage of development. In addition, I consider the ideal class size for one teacher and to discuss the issue of "Who decides the size of the class?" By planning an effective system for educational instruction, I would like to present a system where teachers can perform their best and deliver the best results.