著者
飯野 智子
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The Bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.51-67, 2018-03-09

本稿は、今日「男性問題」(男性が男性であるが故に生じる問題)という概念が一般の共有認識となっていない現状をふまえ、「男性学・男性研究」が研究対象とする「男性問題」とは何かということを、男性性の自明性、男性問題の不可視性、問題設定の困難さという視点から考察する。また、男性の労働や家事、育児への参加を取り上げ、現状の男性の被抑圧状況やその打破への可能性を検証する。最終的には、今日のジェンダー問題の解決のため「男性学・男性研究」にどのような意義があるのか探っていく。
著者
松村 洋一郎
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
no.39, pp.139-156, 2018

筆者は、明治・大正期に様々な雑誌に掲載された西洋クラシック音楽の作曲家の伝記情報に関する調査を継続して行っている。本稿はその一部であり、大正期の音楽誌(『音楽界』をはじめとする10 誌を対象とした)に掲載された、作曲家の伝記情報を扱った記事情報をまとめたものである。今後、大正期の音楽誌全体に関する調査を終えた際に、ここに収録した記事情報も加えて分析を行う予定である。
著者
飯野 智子
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
no.37, pp.45-62, 2016

オタク文化とカフェが融合したメイド喫茶は、若い女性の商品化という意味で、従来のジェンダー役割を逸脱するものではない。しかし、執事に扮した男性がサービスするカフェでは、女性客が男性を鑑賞する。さらに男装の女性がサービスするカフェは、男女ともに利用する。メイド喫茶のような女性性を商品としたものに対して、市場規模は小さくとも、多様な需要に応えるべく、様々なコンセプトカフェが存在するのである。本論では、ジェンダー役割を超えるものとしての「異装」に着目し、「異装」を取り入れたカフェにおいて、ジェンダーやセクシュアリティがどのように受容されているのかを分析した。男性向けセクシュアリティ産業において圧倒的に買われる側であり、男性の期待する女性像を提示されてきた女性が、ジェンダーを超える「異装」とその物語世界を楽しむ現象は何を意味するのか。女性が「異装」をどのように捉えているのかを見る事で、セクシュアリティにおける男女の非対称性という問題を考える。 The maid café, which is otaku culture and café is fused, in the sense that the commercialization of young women, do not depart from the traditional gender role. However, in the café men acts as butlers, female customers look at the men. In addition, the café women wearing men's clothes to work, are available to both men and women. As compared to the maid café, even market size is small, to meet the diverse demand, there are many kinds of concept café. In this paper, I will focus on "The concept café" to analyze how to accept the gender and sexuality there. And I will especially investigate the phenomenon in which women enjoy the story world and "to wear men's clothes." Women, who are the side that is overwhelmingly bought in men's sex industry, have been presented the female image that expectations of men. The purpose of this paper is to think about equality in sexuality.
著者
大塚 みさ
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The Bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.87-96, 2018-03-09

近年、大学生の日本語力の低下が指摘されている。日本語力を支える語彙力の養成が必須であることは言うまでもないが、自在に使いこなせる使用語彙をいかに増強するかが課題である。一方で国語辞書離れも進んでいるが、スマートフォンを介したオンライン辞書の可能性に期待することはできないだろうか。本稿では学生たちの意味の分からない語への対処と辞書情報の活用について実態調査を行い、その可能性を探る。
著者
飯野 智子
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The Bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.45-62, 2016-03-20

オタク文化とカフェが融合したメイド喫茶は、若い女性の商品化という意味で、従来のジェンダー役割を逸脱するものではない。しかし、執事に扮した男性がサービスするカフェでは、女性客が男性を鑑賞する。さらに男装の女性がサービスするカフェは、男女ともに利用する。メイド喫茶のような女性性を商品としたものに対して、市場規模は小さくとも、多様な需要に応えるべく、様々なコンセプトカフェが存在するのである。本論では、ジェンダー役割を超えるものとしての「異装」に着目し、「異装」を取り入れたカフェにおいて、ジェンダーやセクシュアリティがどのように受容されているのかを分析した。男性向けセクシュアリティ産業において圧倒的に買われる側であり、男性の期待する女性像を提示されてきた女性が、ジェンダーを超える「異装」とその物語世界を楽しむ現象は何を意味するのか。女性が「異装」をどのように捉えているのかを見る事で、セクシュアリティにおける男女の非対称性という問題を考える。
著者
三浦 宏文
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
no.38, pp.63-72, 2017

本稿では、明治期の哲学者・仏教学者・教育者であり、日本で初めて妖怪学を研究したという多彩な顔を持つ井上円了(1858~1919)の哲学者としての側面に注目し考察を加えた。円了の哲学は、民衆が極端な思想にとらわれることなく自らの頭で考え判断していくことを促すことをねらいとしていた。したがって、妖怪学研究も民衆の迷信を取り除くためのものであった。あくまで哲学を民衆とつながったものとしていく所に、円了の在野の哲学者としての真骨頂があったのである。
著者
安藤 友張
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The Bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.97-109, 2018-03-09

本稿では、文部科学省の教育政策用語としての「チーム学校(チームとしての学校)」を検討する。「チーム学校」をめぐる議論の主な論点の整理を行い、日本の学校における多種多様な専門職による協働・連携の可能性を検討する。「チーム学校」との関連において、学校図書館に求められる新たな役割やその可能性についても考察する。 The purpose of this paper is to examine "team schools (school as a team)" as an education policy terminology of the Education, Culture, Sports, Science and Technology Ministry. This article considers the main points of "team schools" at issue. This study focuses on the possibilities of the collaboration of various professions in Japanese schools. It is argued that we should explore the new roles and possibilities of school libraries in relation to "team schools".
著者
三浦 宏文
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
no.37, pp.63-78, 2016

本稿では、日本の刑事ドラマである『踊る大捜査線』シリーズの初期の作品に注目して、この作品の社会的・哲学的背景を考察した。『踊る大捜査線』では、90 年代後半のバブル経済崩壊後において「誰かのために」「誰かとともに」生きるという哲学を主人公青島俊作刑事の行動指針として描いていた。これは、自己実現や成果主義とは異なり、仏教哲学者椎尾辨匡の「共生(ともいき)」思想に繋がる新しい生きる指針であった。The purpose of this paper is to consider the philosophy of symbiosis which can be abstructed as philosophical cannotation from a "Bayside Shakedown(Odoru daisousasen)", a Japanese Detective drama series, which has got great popularity in 21st century Japanese society, and to investigate its social background. The thought of symbiosis, which is the style of 'For Somebody' and 'With Somebody', was drawn as principle of Syunsaku Aoshima's behavior of the hero in this drama. This Aoshima's principle of behavior is the new guideline of lifestyle for the Japanese person in the late 90's of the post-bubble-economy collapse. And this Aoshima's philosophy can be connected to the symbiosis-movement (Tomo-Iki-undou) of Benkyo Siio, a Buddhist philosopher.
著者
三浦 宏文
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The Bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.63-78, 2016-03-20

本稿では、日本の刑事ドラマである『踊る大捜査線』シリーズの初期の作品に注目して、この作品の社会的・哲学的背景を考察した。『踊る大捜査線』では、90 年代後半のバブル経済崩壊後において「誰かのために」「誰かとともに」生きるという哲学を主人公青島俊作刑事の行動指針として描いていた。これは、自己実現や成果主義とは異なり、仏教哲学者椎尾辨匡の「共生(ともいき)」思想に繋がる新しい生きる指針であった。
著者
宮木 孝子
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The Bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.(1)-(13), 2016-03-20

本稿は、北原白秋の近代幽玄体(新幽玄体)の形成をたどるささやかな試みとして、歌集『渓流唱』の短歌作法への管見をまとめるものである。その理念が白秋自身明瞭に作品上の表現となったとする作品中にあって、白秋の社会詠として、よく取り上げられる「秋夕夢 小河内三部唱」の「獅子舞の歌」から、その短歌作法を探り、考察する。その方法として、白秋の「新幽玄体」の表現にかかわる「写生」と「象徴」の意味を知る手がかりを、白秋が奥多摩で体験した神事の実際の記録に求め、照合して検証する。
著者
飯野 智子
出版者
実践女子大学
雑誌
実践女子大学短期大学部紀要 = The bulletin of Jissen Women's Junior College (ISSN:21896364)
巻号頁・発行日
no.39, pp.51-67, 2018

本稿は、今日「男性問題」(男性が男性であるが故に生じる問題)という概念が一般の共有認識となっていない現状をふまえ、「男性学・男性研究」が研究対象とする「男性問題」とは何かということを、男性性の自明性、男性問題の不可視性、問題設定の困難さという視点から考察する。また、男性の労働や家事、育児への参加を取り上げ、現状の男性の被抑圧状況やその打破への可能性を検証する。最終的には、今日のジェンダー問題の解決のため「男性学・男性研究」にどのような意義があるのか探っていく。