著者
阿部 雄一 足立 淳 朝長 毅
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.39-49, 2021 (Released:2022-01-08)
参考文献数
32

多数のリン酸化修飾酵素(キナーゼ)は,癌組織で異常な活性化を示しており,分子標的としての研究が進んできた.キナーゼ阻害剤による癌治療を最適化するため,リン酸化プロテオミクスによる癌組織のリン酸化シグナル状態の計測への応用が進んでいる.癌組織では,阻血の影響や癌組織切除後,検体を回収するまでのタイムラグが癌リン酸化シグナル状態の正確な理解の妨げとなるため,我々は,回収後20秒以内の急速凍結が可能である内視鏡生検に着目した.内視鏡検体は2 mm立方程度と微小であり,従来のリン酸化プロテオミクスの手法ではこれまでと同等のリン酸化修飾の同定数を得ることが困難なため,より高感度なプロトコルを開発した.その結果,胃癌内視鏡生検から10,000部位以上のClass 1リン酸化修飾が同定され,癌組織と正常粘膜との比較から,DNA損傷シグナルの癌特異的な活性化などの違いが明らかとなった.今後,様々な疾患におけるキナーゼ活性モニタリングへの応用が期待される.
著者
松本 俊英 川島 祐介 小寺 義男 三枝 信
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.51-59, 2021 (Released:2022-01-08)
参考文献数
14

卵巣明細胞癌(OCCCa)は抗癌剤療法に低感受性であるため,進行癌における予後は極めて不良である.そこで,我々はホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)病理検体を用いたショットガンプロテオミクス法により,OCCCaの診断や分子標的となるタンパク質を網羅的に解析し,その結果Lefty-right determinant factor(LEFTY)の同定に至った.臨床検体による検索より,LEFTY発現はタンパク質レベル・mRNAレベルともに他の組織型に比してOCCCaで有意に高発現であった.また,OCCCa培養細胞を用いた機能解析の結果,LEFTYはTGF-β/Akt/Snailシグナルを介して上皮間葉転換(EMT)や癌幹細胞(CSC)化を誘導することにより,OCCCaの化学療法抵抗性といった生物学的特性を有する役割を担っている可能性を見出だした.以上,我々はOCCCaにおいてLEFTYが新規バイオマーカーとして有用である可能性とその発現意義を初めて報告した.
著者
紀藤 圭治
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.1-7, 2021 (Released:2021-07-28)
参考文献数
58

質量分析やそれに関わる技術進歩がこれまでのプロテオミクス研究の発展に大きく貢献してきたことは,もはや言うまでもない.一方で,他の様々な手法もまた,それらの特性を生かしながら多くのプロテオーム解析に活用されてきた.また,プロテオームを含め大規模解析データは,個々の分子機能の効率的な理解に欠かせないものであるが,生命活動をそれぞれの分子が協調または拮抗しながら営まれている一つのシステムとして理解するための捉え方もまた重要である.そうした様々な技術や視点などについて,筆者が研究対象とする出芽酵母などの微生物を中心としたこれまでの研究例を紹介するとともに,プロテオミクス研究に求められるアプローチの多様性について私見を述べたい.
著者
古市 真木雄 和賀 巌 小田 吉哉
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.55-63, 2020 (Released:2020-12-15)
参考文献数
33

近年,質量分析技術の発展や新技術の出現により,大規模な疾患プロテオーム研究事例が増えてきた.本報告では,血液中の数千種類のタンパク質を同時に解析できる修飾型人工DNA配列(アプタマー)を用いたAffinity Proteomics技術に焦点を当てて,多数の検体が用いられている最近の大規模研究を中心に幾つかの研究例を報告する.今回紹介する技術の特徴は,まず抗体の代わりに数千種類の修飾型アプタマーを準備し,血液中の各標的タンパク質に特異的に結合させ,洗浄し,標的タンパク質と結合したアプタマーのみを遺伝子チップで捕捉して定量する,つまりタンパク質を遺伝子のようにマイクロアレイ上で測定する技術である.本法は多検体測定と定量性に優れていることから臨床応用例が多い.国内における臨床プロテオーム研究分野の発展と社会実装の一助になると考えて最新動向を総説として記述した.
著者
西海 信 吉田 優
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.45-53, 2020 (Released:2020-12-15)
参考文献数
37

メタボロミクスとは,生体内に存在する低分子代謝物を網羅的に分析する技術のことで,メタボローム解析とも呼ばれる.ガスクロマトグラフ質量分析計や液体クロマトグラフ質量分析計などの質量分析計を用いた代謝物分析手法の開発,改良が進むにつれ,様々な種類の代謝物が分析できるようになり,また,より低濃度の代謝物も検出できるようになってきた.そして,近年では,メタボロミクス研究が食品分野,植物分野,微生物分野,医学分野など様々な研究分野で活用されている.医学研究分野では,メタボロミクスがバイオマーカー研究に活用されることが非常に多い.バイオマーカー研究では,血液や尿などの体液や組織が分析対象試料とされ,その中でも血液が分析対象になることが多いものの,血中代謝物分析において,その分析結果に影響を与える様々な要因が,近年,報告されている.これらの要因は,代謝物分析前の検体収集や検体前処理,代謝物分析,分析後データ処理の各プロセスに存在しており,この要因を明らかにすることは,メタボロミクス研究の実用化に向けて非常に重要である.本総説では,この血中代謝物分析に影響を与える要因について概説する.
著者
木下 英司
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.49-60, 2019 (Released:2019-12-11)
参考文献数
32

Phos-tagは,中性の水溶液中においてリン酸モノエステルジアニオンを選択的に捕捉する機能性分子である.Phos-tagのリン酸モノエステルジアニオンに対する親和性は,生体中に存在する他のアニオン,たとえば,カルボン酸アニオンに対するそれよりも1万倍以上大きい.これまでに筆者らは,Phos-tagを基盤としたリン酸化プロテオミクスに有用な技術を開発し,実用化している.本稿では,これまでに実用化した主な3つの技術について概説する.1つめは,Phos-tagに親水性のクロマトグラフィー用担体を導入した誘導体(Phos-tagポリマービーズ)を用いてリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク質を分離濃縮する技術,2つめはPhos-tagビオチンを用いて各種アレイ上に存在するリン酸化ペプチドやリン酸化タンパク質を検出する技術,3つ目はPhos-tagアクリルアミドを用いた電気泳動によってリン酸化タンパク質を分離検出する技術である.これらの3つの技術が,リン酸化プロテオミクス,ひいては生命科学研究に大きく貢献することを期待している.
著者
梶 裕之
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.71-81, 2019 (Released:2019-12-11)
参考文献数
19

タンパク質糖鎖修飾は広範に生じる翻訳後修飾の1つで,プロテオミクスにおける分析対象として黎明期より大規模分析のための技術開発が進められてきた.糖鎖は多様な構造をとるうえに不均一で,インタクトな糖ペプチド解析が困難なため,はじめに糖鎖付加部位の網羅的同定(付加位置マッピング)や特定の糖鎖構造モチーフ(例えばコアやルイス型のフコシル化,LacdiNAc(GalNAc-GlcNAc)など)のキャリアタンパク質の選択的大規模同定技術が開発された.これらの技術は,疾患型糖鎖モチーフのキャリア糖タンパク質をバイオマーカーとして利用するための探索に応用された.最近はこのような糖タンパク質,特に膜タンパク質を創薬標的ととらえ,これを探索,構造検証するために,部位特異的な糖鎖解析技術の開発が進められ,応用面でも注目されている.本総合論文では,グライコプロテオミクス解析技術について,筆者の取り組みを中心に概説する.
著者
関 桂子 小野 知二 中村 佳菜恵 森下 聡 村越 倫明
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.25-35, 2016 (Released:2018-05-21)
参考文献数
47

ラクトフェリンは哺乳類の乳中に豊富に含まれる糖タンパク質であり,感染防御,免疫賦活など,様々な生理機能を持つことが知られている.我々は腸溶化したラクトフェリンに内臓脂肪低減効果という新機能を見出したことから,その機能性食品への展開と作用機序解明に向けて様々な検討を行ってきた.特に,脂肪分解促進効果の作用機序解析においては,プロテオーム解析技術を活用することで変動因子の抽出やラクトフェリン受容体の同定を行い,分子生物学的な解析による裏付けを重ねることで詳細な分子機構を解明することができた.2015年の「機能性表示食品」制度のスタートなど,近年の食品業界を取り巻く環境は刻一刻と変化しており,より高いレベルの研究成果が求められるようになってきている.今後も,人々の健康の維持・増進に貢献できる,確固たるエビデンスを持った製品を開発すべく,学際領域の知識・技術との連携を活かして取組んでいきたい.