著者
幡野 敦 黒田 真也
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.37-45, 2018 (Released:2018-12-29)
参考文献数
28

近年,細胞内で分子活性を計測するオミクス技術が次々と開発され,オミクス研究はこれまでの網羅的解析以上に多様な付加価値を持つようになった.一方でこれらのオミクスデータをどのように解析するかに関して明確な指針はなく,研究者それぞれが試行錯誤の末,データから新たな知見を見出すことが一般的である.そこで我々はオミクスデータ解析の一つの指針として多階層生化学反応ネットワークの再構築を行うトランスオミクス解析を提案している.トランスオミクス解析では複数のオミクスデータをデータベースに基づいた事前知識により統合することで多階層生化学反応ネットワークを再構築し,生化学反応の数理モデルにより反応網羅的にその特性を明らかとする.本稿ではトランスオミクスの概念を示し,実際にトランスオミクス解析に有用なプロテオミクス技術とそのメリット・デメリットについて紹介する.
著者
浜野 文三江 小田 吉哉
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.15-26, 2022 (Released:2022-08-05)
参考文献数
64

プロテオミクスは過去25年間,質量分析を中心に発展してきた.特にショットガンLC/MS(Liquid Chromatography/Mass Spectrometry)は,アミノ酸配列などのデータベースさえあれば種を問わず膨大な数のタンパク質同定を可能にした.しかしLC/MSによる定量では精度管理などがあまり行われず,特に血漿プロテオミクスでは幾つかの課題が残ったままである.そこで登場してきたのがProximity Extension Assay(PEA)である.これはイムノPCR(Polymerase Chain Reaction)と言われる抗体とオリゴヌクレオチドの増幅を組み合わせた手法である.特異性を確保しながらLC/MSでは検出が難しい血中サイトカインなどの分析を容易にし,定量に関しては信頼性保証を意識した手法である.1000人以上を対象にした血漿・血清検体測定に応用され,最近ではタンパク質の種類も3000以上が定量可能になった.今後は血漿タンパク質の探索同定はLC/MS,定量解析は抗体パネルという使い分けが本格化するかもしれない.
著者
奥田 修二郎
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.1-7, 2022 (Released:2022-08-05)
参考文献数
14

jPOST(Japan ProteOme STandard Repository/Database)プロジェクトでは,プロテオミクス分野におけるFAIR(Findable, Accessible, Interoperable, Re-usable)データ原則に基づきプロテオームデータのリポジトリベースを運用・開発している.このjPOSTリポジトリは世界中のプロテオミクス研究者から登録された大量のプロテオームデータを管理している.また,これらのデータの再利用促進のために日本プロテオミクス学会主導で2019年にJournal of Proteome Data and Methods(JPDM)という新しいデータジャーナルが創刊された.JPDMでは生データが得られた手法の詳細を記述するData descriptor論文を主に扱う.本論文では,jPOSTプロジェクトが推進しているリポジトリ及びデータジャーナルの現状について議論したい.
著者
澤崎 達也
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.9-16, 2021 (Released:2021-07-28)
参考文献数
29
被引用文献数
1

生体内のタンパク質の多くは,他のタンパク質と相互作用し複合体を形成することにより機能している.特に高等生物では,複合体タンパク質形成はタンパク質の機能制御機構の1つであることが明らかである.そのため複合体形成の理解を助ける相互作用タンパク質解析は,生物の高次機能を解明するための重要な研究テーマといえる.相互作用タンパク質を解析する手法として,近位依存性ビオチン化酵素を目的タンパク質に融合し,近接タンパク質をビオチン標識するBioID法の技術が開発された.最近我々は,膨大なゲノム配列データを基盤にin silicoにより祖先型タンパク質をデザインするアルゴリズムを用いて,新たな近位依存性ビオチン化酵素ancestral BirA for proximity-dependent biotin identification(AirID)の開発を行った.本総説では,近位依存性ビオチン化酵素として代表的なBioIDとTurboIDおよびAirIDの概要と,近位依存性ビオチン化酵素を用いたタンパク質相互作用解析の例について紹介する.
著者
三浦 信明
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.17-27, 2021 (Released:2021-07-28)
参考文献数
74

質量分析(MS)を用いたメタプロテオミクスは,海洋水,土壌,糞便,唾液などのサンプルに含まれる非常に複雑な微生物の分類と全ての微生物が発現する全てのタンパク質をプロファイリングするための強力な手法である.メタゲノミクスでは,サンプル中の微生物の分類と遺伝子のプロファイルを行えるが,メタプロテオミクスで実際に発現するタンパク質をプロファイルすることで機能的な知見が得られ微生物群が「何をしているのか」がわかる.ヒトの腸内細菌は1,000種39兆個と言われ,個人ごとの種のバラエティも非常に大きい.当然その解析は大規模にならざるを得ない.本総説では,腸内細菌のメタプロテオミクスを中心にその概要と,解析ソフトウェア,腸内細菌データベース,大規模解析に関する課題などについて最近の動向を概説する.
著者
野村 文夫
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.5-13, 2018 (Released:2018-07-21)
参考文献数
47

質量分析技術(MS)の臨床現場での活用が加速している.MALDI-TOF MSを用いて病原菌の菌体プロテオームを解析し,その結果から菌種を同定する手法を用いると,従来法よりも約1日早く病原菌種名を知ることが可能となり,臨床微生物検査に革命的な変化が起きている.当初は培地上のコロニーを検体としていたが,近年では血流感染症(敗血症)や細菌性髄膜炎の診断においても活躍している.しかし,抗菌薬に対する感受性・耐性の判別はMALDI-TOF MSのみでは限界があり,LC/MS/MSや遺伝子レベルの手法との併用が必要となる.臨床化学の領域においても,従来の主流であるイムノアッセイによる測定では抗体の特異性に限界があり,MSの導入が始まっている.MS技術が今後臨床検査において広く活用される事に備えて,日本医用マススペクトル学会では2013年に医用質量分析認定士制度を発足させ,現時点ですでに298名が認定を受けている.
著者
今見 考志
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.61-69, 2019 (Released:2019-12-11)
参考文献数
32

リボソームはmRNAのコドンを読み取りタンパク質へと翻訳する分子マシーンである.近年,リボソームはタンパク質合成装置としての機能のみならず,リボソームへの結合因子や化学修飾を介して,翻訳制御にも積極的に関与することが報告されている.我々はこのような特殊なリボソームをプロテオームワイドに同定するために,質量分析法を用い,翻訳制御に関与しうる結合タンパク質とリン酸化部位を系統的に同定することに成功した.本稿では,遺伝子からタンパク質に翻訳されるまでの複数の制御レイヤーの全体像を俯瞰しつつ,我々が最近報告したリボソームのリン酸化を介した翻訳制御について紹介する.
著者
山田 哲司
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.1-4, 2018 (Released:2018-07-21)
参考文献数
11

大腸がんの90%以上の症例でAPC,CTTNB1,TCF7L2等のWntシグナル伝達経路の遺伝子に変異があり,同経路が恒常的に活性化している.Wntシグナルは細胞増殖,細胞死の抑制に加え,幹細胞機能の維持にも重要であり,このシグナルを遮断することで大腸がんが治療できると考えられてきたが,医薬品として実用化されたものはない.これは,大腸がんの80%以上でAPC遺伝子に機能喪失変異があり,その下流でWntシグナルを遮断する必要があるからである.我々はAPCの下流でWntシグナルの実行因子として働くTCF4(T-cell factor-4)転写複合体と相互作用する分子を徹底的にプロテオーム探索し,TNIK(TRAF2 and NCK-interacting protein kinase)キナーゼを同定した.TNIKはWntシグナルの活性化,大腸がん細胞の増殖に必須であり,その活性を抑える化合物はヒト大腸がんマウス移植腫瘍に対し著明な増殖抑制効果を示し,有望な臨床候補化合物と考えられた.
著者
横田 博之
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.31-36, 2018 (Released:2018-12-29)
参考文献数
40

製薬会社から報告されたプロテオミクス応用に関する最近の論文を中心に,製薬企業におけるプロテオーム研究動向を考察した.プロテオミクスの創薬応用は,2000年代初期の困難な時期を乗り越え,薬物代謝,安全性,臨床開発,製造など,製薬会社の様々な部門に広がった.タンパク質発現プロファイリング,薬剤の結合タンパク質を同定するケミカルプロテオミクス,SRM/MRM等を用いた個別タンパク質定量,キナーゼ阻害剤関連研究を中心としたリン酸化プロテオミクスなどの翻訳後修飾解析,タンパク質間相互作用解析など,創薬研究における様々な課題解決にプロテオミクスは不可欠となっている.翻訳後修飾解析や高深度プロテオーム解析など,プロテオミクス技術の今後の一層の進展が,創薬研究をさらに加速することが期待される.
著者
伊藤 慎悟 大槻 純男
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.47-54, 2018 (Released:2018-12-29)
参考文献数
27

薬物動態研究は,創薬における医薬品開発の迅速化と効率の上昇,臨床における薬効や毒性・副作用発現,薬物相互作用を理解・予測する上で重要な役割を果たしている.近年,ヒトにおける薬物動態を精度高く予測するためには,薬物の輸送や代謝に関わる薬物トランスポーターや薬物代謝酵素の特性・活性解析だけでなく,multiple reaction monitoring(MRM)法を用いた定量プロテオーム解析によって得られるタンパク質発現定量情報が必要であることが明らかにされてきた.Sequential window acquisition of all theoretical fragment ion spectra(SWATH)法は1回の測定で試料中から得られるすべてのMS/MSスペクトルデータをもとに網羅的にタンパク質定量が可能であり,MRM法よりも多分子を同時に定量できる利点を有する.そこで本論文では,SWATH法を用いた網羅的定量プロテオーム解析の薬物動態研究への有用性と将来性について概説する.
著者
松井 崇
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.43-51, 2023 (Released:2023-12-28)
参考文献数
24

近年,水素重水素交換質量分析法やフットプリンティング質量分析法で得た相互作用分子の結合によるMS信号の変化をX線結晶構造にマッピングすることで,複合体の結晶構造解析に依らずに相互作用などを捉えることが可能となってきた.このような成功がある一方で,これらの質量分析計による手法で得た情報が構造生物学で得た立体構造と一致しない矛盾も生じている.本研究では,質量分析からの構造情報と,ヒト血清アルブミンの27個の高分解能なX線結晶構造を比較してこの矛盾が何によって起因しているかを考察し,質量分析で得られる構造情報は溶液NMRのように溶液中のアンサンブル状態を解析できる可能性を明らかにした.本研究で得られた知見は,質量分析計がさまざまな生理条件下での溶液中のタンパク質の構造状態を解明する上で有用なツールとなる可能性を示唆している.
著者
高橋 信弘 吉川 治孝 泉川 桂一 石川 英明
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.7-15, 2017 (Released:2018-05-21)
参考文献数
65

光学顕微鏡で認識可能なほど巨大なリボソームは全ての細胞におけるタンパク質合成すなわち生存に必須である.細胞は,その増殖に必要とする総物質量・総エネルギー量の70~80%をこのリボソーム生合成のためだけに消費する.したがって,リボソーム生合成は,細胞増殖だけでなく,細胞の成長・細胞周期の制御,老化・ストレス応答,癌遺伝子や成長因子の作用にも大きく関わっている.しかし,ヒト細胞のリボソーム生合成過程が数百種類のタンパク質とRNAが関わるあまりにも複雑な過程であり,それを解析する手段が近年まで無かった.プロテオミクスの進展に伴い,タンパク質複合体の単離技術,タンパク質の大規模な同定及び定量化の技術が飛躍的に向上した.そして,ヒト細胞におけるリボソーム合成中間体の構成成分の同定とその機能解析が急速に進み,ヒト細胞リボソーム生合成経路とその制御機構が明らかになりつつ有る.本総説では,解明されつつあるヒトのリボソーム生合成過程とその制御機構について我々の知見を含めて概説したい.
著者
本田 一文
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.37-46, 2022 (Released:2023-01-14)
参考文献数
24

膵がんは難治がんである.手術可能な膵がんやそのリスク集団を囲い込みができる血液バイオマーカーを開発できれば,効率的な膵がん検診法の開発につながり,死亡率を減少できる可能性がある.膵がん患者とそのリスク集団,類縁良性疾患,健常者の血液中の循環ペプチドを網羅的にスクリーニングし,膵がんならびにそのリスク集団でapolipoprotein-A2二量体のC末端アミノ酸が特殊な切断を受けることを発見した(apolipoprotein-A2 isoforms; apoA2-i).同知見を臨床応用するために,apoA2-iの切断状態を定量分析するenzyme-linked immuno-sorbent assay(ELISA)検査系を構築し,その臨床開発を進めている.体外診断用医薬品(in vitro diagnostics; IVD)新規測定項目の薬事承認取得には,臨床性能試験が必要であり,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency, PMDA)とプロトコル相談を経て臨床性能試験を実施する.がん早期発見に資するバイオマーカーを社会実装するために「がん早期発見迅速検証プラットフォーム(Platform of Evaluation for Biomarker of Cancer Early Detection, P-EBED)」を構築し,バイオマーカーシーズの臨床性能検証やIVD申請支援を開始した.本稿では,上記について概説する.
著者
大塚 洋一
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.53-62, 2022 (Released:2023-01-14)
参考文献数
26

疾患機構の解明や診断・治療の高度化には,細胞の変容を区別しうるイメージング技術が求められている.生体組織に含まれる分子群の分布を可視化する質量分析イメージングは,分子夾雑な細胞ネットワークのローカルな化学状態の変化を捉えるために有用である.本総説では,細胞スケールで,脂質やタンパク質の空間分布情報を計測するための先端技術の進展と,それらの生体組織のイメージングへの適用について概説する.微小領域の成分を高感度に計測するためのイオン化法や,試料の前処理法,質量分析装置の進展により,計測できる分子種が拡張されてきた.液体クロマトグラフィー質量分析法を用いたオミクス計測では得られない,疾患組織の不均一化に関与する分子群の分布情報は,生命科学研究の発展に資する.生体成分を詳細に計測するための基盤要素技術の研究開発と,それらを活用する実試料の研究の融合推進がより一層求められている.
著者
榊原 陽一
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.27-35, 2022 (Released:2023-01-14)
参考文献数
30

翻訳後修飾としてのチロシン硫酸化はタンパク質の分泌のためのシグナルや活性調節機構として考えられている.我々は長年このチロシン硫酸化に関与する酵素Tyrosylprotein Sulfotransferaseを研究し,その立体構造を解明し基質タンパク質認識機構などに新たな知見を得た.宮崎県地域結集型共同研究事業において,「食の機能を中心としたがん予防基盤技術創出」に関わり,新規食品機能評価技術として,プロテオミクスによるバイオマーカーの探索と定量,情報科学的なニューラルネットワーク解析による機能性推定を組み合わせた革新的な技術を確立した.さらに,タンパク質の修飾と食品機能の関係に着目し,食品の抗酸化作用をタンパク質の酸化傷害レベルを指標に評価するという考えに着想し,タンパク質のカルボニル化やS-ニトロシル化などのレドックスバランスに関連したタンパク質修飾の解析法を開発した.ブランド豚肉,地鶏などの地域の食材のプロテオーム解析や成分分析にも貢献した.
著者
津曲 和哉 西田 紘士 張 智翔 石濱 泰
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.47-52, 2022 (Released:2023-01-14)
参考文献数
20

多くの膜タンパク質は,エクトドメインシェディング(シェディング)と呼ばれる切断を受ける.例えば,膜型リガンドのシェディングは,リガンドが離れた細胞の受容体に結合することを可能にする.シェディングは,シグナル伝達などによって厳密に制御されているため,特定の条件下においてシェディングを受ける基質を知るためには,プロテオミクスによる網羅的な解析が有効である.膜タンパク質は比較的発現量が少ないものが多いため,効率的なシェディング基質解析のためには,事前に基質の濃縮を行った後,LC/MS/MSで測定することが重要である.本稿では,シェディングの網羅的解析に必要不可欠な3つのプロテオミクス関連技術:1)多くの膜タンパク質には糖鎖修飾が施されていることに着目し,それを対象とした分泌タンパク質解析法,2)細胞表面タンパク質のN末端を特異的に標識し濃縮することができるタンパク質末端解析法,および3)最近我々のグループが開発した,シェディング基質切断部位の同定にも応用可能な高感度タンパク質両末端解析法について紹介する.
著者
増田 豪 石濱 泰
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.95-100, 2016 (Released:2018-05-21)
参考文献数
17

筆者らは相間移動溶解剤(Phase Transfer Surfactant,PTS)を用いたショットガンプロテオミクス用の前処理方法を報告してきた.本方法の特徴は,酸性条件化でPTSの疎水性度が上昇することを利用して酢酸エチルを用いた液液分配でPTSを試料溶液から除去できる点である.PTSとして陰イオン性界面活性剤であるデオキシコール酸ナトリウムおよびラウロイルサルコシン酸ナトリウムを用いており,これら溶解剤は脂溶性の高い膜タンパク質でも細胞質基質タンパク質と同等に定量的に可溶化できるほど溶解能が高い.興味深いことに,これら溶解剤は消化酵素の活性を促進する効果を併せ持っている.PTS法はFilter–aided sample preparationや酸分解性界面活性剤であるRapiGestを用いた方法よりも多くのタンパク質を同定できることが示された.PTS法はこれまで多様な試料に適用されており,膜プロテオミクスだけでなく通常のショットガンプロテオミクスにも効果的な前処理方法である.
著者
西野 耕平 小迫 英尊
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.9-14, 2022 (Released:2022-08-05)
参考文献数
17

目的とするタンパク質の生体内での機能を明らかにする上で,生体試料の抽出液からそのタンパク質を含む複合体を免疫沈降し,沈降物を酵素消化後に質量分析する方法(免疫沈降-質量分析法,以下IP-MS法)は有用である.IP-MS法によって目的タンパク質の様々な翻訳後修飾や,その相互作用タンパク質を大規模に同定・定量することが可能である.著者らは細胞質タンパク質・核内タンパク質・膜タンパク質・細胞外タンパク質など,多様なタイプのタンパク質を対象としてIP-MSを多数行ってきており,実験プロトコルを最適化してきた.その結果,従来の免疫沈降物をウェスタンブロット解析する場合などと比較して,IP-MSを行う際の免疫沈降では様々なステップの条件を変更した方が良いことが分かってきた.そこで本稿では,プロテオミクスを専門としない研究者にとっても重要である,免疫沈降の操作から消化ペプチドの調製までのステップを中心に紹介したい.
著者
小松 節子
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.29-37, 2021 (Released:2022-01-08)
参考文献数
56

今世紀における地球温暖化や人口増加は,国際的に食糧危機をもたらす深刻な問題である.特に,温室効果ガスの排出による異常気象は,降水量や降雨パターンを大きく変動させ,作物の収量低下を招いている.つまり,環境ストレス耐性作物の作出を目指した耐性機構の解明は,重要な課題である.そのためには,生命現象をシステムとして理解し,複雑なタンパク質ネットワークを正確に解析することが必要である.ゲノム上遺伝子重複が多い作物においては,環境ストレス耐性機構を遺伝子レベルから明らかにすることは容易ではないので,プロテオミクス技術を農学分野へ展開することに着目した.特に,日本ではダイズを用いた食品の消費が多いにも関わらず,湿潤な気候のためダイズの生産が極めて限られている.そこで,耐湿性ダイズの作出を目的として,プロテオミクス技術により包括的に解析し,さらに分子生物学的検証実験により,湿害耐性機構を解明したので概説する.プロテオミクス技術で同定された鍵となるタンパク質をマーカーとして作物品種選抜へ利用することにより,ストレス耐性作物の作出が可能となることが期待される.
著者
岩崎 未央
出版者
日本プロテオーム学会
雑誌
日本プロテオーム学会誌 (ISSN:24322776)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.61-68, 2021 (Released:2022-01-08)
参考文献数
41

ナノ液体クロマトグラフィー-質量分析を用いるプロテオーム解析手法は,タンパク質の種類・量を網羅的に解析する有効な手法であるが,特定の細胞のタンパク質を1回の分析で網羅的に同定・定量することは試料の複雑さ故に困難であった.我々はこの問題を解決する基盤技術開発に取り組んできた.特に,カラム圧が低いモノリスカラムに注目し,メートル長カラムと緩勾配グラジエント溶出を用いることにより高分離・高感度化を実現し,さらに同重体標識法を組み合わせることで定量確度を向上させるRiMS(removal of interference mixture spectra)法を開発した.この手法を多能性幹細胞解析に応用したところ,細胞種類特異的なタンパク質の定量確度を向上させることが明らかとなった.本稿では,今までの定量的プロテオーム解析を実現させるための方法を俯瞰しつつ,RiMS法について紹介する.