著者
加藤 重広
出版者
北海道大学
雑誌
北海道大学文学研究院紀要 (ISSN:24349771)
巻号頁・発行日
vol.161, pp.35-49, 2020-12-18

本論は,広義の言語研究の一環として収集されたデータや関連資料がどのような危機にあるか,また,それらのデータや資料(以下,言語データ)を継承・保存する上でどんな課題があるか,また利活用に際して遵守すべき研究上の倫理とはどのようなものなのか,について論じるものである。
著者
樋口 麻里
出版者
北海道大学
雑誌
北海道大学文学研究院紀要 (ISSN:24349771)
巻号頁・発行日
vol.167, pp.31-74, 2022-07-19

身体的または精神的な脆弱性が相対的に大きく労働が困難な人々は,いかにして「社会に必要な成員」として承認されるのか。本稿は,これらの人々に対するケアの保証を主張するエヴァ・F・キテイのケアの倫理を足掛かりに,精神障がいのある人(以下,精神障がい者とする)にケアを提供する専門職スタッフの経験的データの分析から,この問いへの回答を試みる。ケアの倫理は,身体的または精神的な脆弱性を依存の発生源とみなし,脆弱性に留まる人には他者に「お返し」をする能力がないと捉える。そのため,労働が困難なほどの脆弱性をもつ依存者は,ケアの一方的な受け手と位置づけられる。他方,依存者からの「お返し」に焦点を当てた,実証的研究は十分に行われていない。そこで本稿では,労働が困難で様々な社会関係を喪失している精神障がい者へのケアを行う,フランスの専門職スタッフへのインタビュー調査とケア現場の参与観察調査のラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)による分析から,ケアの実践を明らかにすることで,依存者から依存労働者に対する「お返し」の有無を考察する。分析の結果,スタッフは本稿で「ユマニテ」と名づける,社会の規範や制度を反省的に捉え直す哲学をケアのお返しとして,精神障がい者から受け取っていた。ユマニテを受け取ることで,スタッフは精神障がい者が社会的に排除される現状に疑問を持ち,社会の全体的な統合には脆弱性をもつ人々の社会的連帯への参加が不可欠であると認識していた。以上から,脆弱性をもつ人々が社会に必要な成員として承認される可能性として,ユマニテの社会への提供が示唆された。
著者
中村 三春
出版者
北海道大学文学研究院
雑誌
北海道大学文学研究院紀要 (ISSN:24349771)
巻号頁・発行日
vol.160, pp.27-55, 2020-03-31

詩が作者の自己表現であるとする意識は、現在でも一般的なものだろう。しかし、少なくとも現代詩においてそれは成り立たない。詩は虚構であり、あるいは詩は虚構を含み、必ずしも自己を表現するものではない。しかし、そうであるとすれば、情を抒べるという意味の「抒情」が詩の根幹をなすと考えてきた常識はどのように変更されなけれ ばならないのだろうか。 第一詩集『二十億光年の孤独』(一九五二・六、東京創元社)以来、七〇年近くに亙って膨大な数の作品を発表し続けている谷川俊太郎の詩的様式を理解することは容易ではない。ここでは、一九七〇年代中盤から八〇年代半ばまでの幾つかの詩集に現れた谷川のスタイルを〈流用アート〉と関連づけてみた前稿を踏まえて、初期から特に一九九〇 年代から二〇〇〇年代以降の作品をも視野に入れつつ、改めて現代芸術としての谷川のテクスト様式を考え直してみたい。