著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.36, no.11, pp.1-11, 1987-11-10 (Released:2017-08-01)

太宰治初期の代表作「道化の華」は、心中未遂を犯し自分だけ助かった主人公大庭葉蔵の物語であるが、同時に、その物語を語る語り手が、自分自身の語る物語の内容や構成に関する注釈を縦横に加える構造になっている。これは、小説創造と小説創造に関する陳述の同居という、いわゆるメタフィクションの定義に完璧に合致する典型的テクストである。本稿ではメタフィクションの一般理論に照らして、この作品に再検討を加えてみた。
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.39, no.11, pp.21-30, 1990-11-10 (Released:2017-08-01)

有島武郎の童話「一房の葡萄」は、従来主人公を成長に導いた先生の「愛の力」に重点を置いた読み方が通説となってきた。しかしテクストの語りの構造に即して見直せば、この物語の真の主役は学校空間そのものなのである。有島が示唆していた<他者>としてのこどもの措定、それは近代の天皇制が巧みに利用した学校教育という制度自体を根底から相対化する作業である。天皇制の柔構造もそこに新たな解明の端緒を見出しうるであろう。
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.36, no.11, pp.1-11, 1987

太宰治初期の代表作「道化の華」は、心中未遂を犯し自分だけ助かった主人公大庭葉蔵の物語であるが、同時に、その物語を語る語り手が、自分自身の語る物語の内容や構成に関する注釈を縦横に加える構造になっている。これは、小説創造と小説創造に関する陳述の同居という、いわゆるメタフィクションの定義に完璧に合致する典型的テクストである。本稿ではメタフィクションの一般理論に照らして、この作品に再検討を加えてみた。
著者
中村 三春
出版者
北海道大学文学研究院
雑誌
北海道大学文学研究院紀要 (ISSN:24349771)
巻号頁・発行日
vol.160, pp.27-55, 2020-03-31

詩が作者の自己表現であるとする意識は、現在でも一般的なものだろう。しかし、少なくとも現代詩においてそれは成り立たない。詩は虚構であり、あるいは詩は虚構を含み、必ずしも自己を表現するものではない。しかし、そうであるとすれば、情を抒べるという意味の「抒情」が詩の根幹をなすと考えてきた常識はどのように変更されなけれ ばならないのだろうか。 第一詩集『二十億光年の孤独』(一九五二・六、東京創元社)以来、七〇年近くに亙って膨大な数の作品を発表し続けている谷川俊太郎の詩的様式を理解することは容易ではない。ここでは、一九七〇年代中盤から八〇年代半ばまでの幾つかの詩集に現れた谷川のスタイルを〈流用アート〉と関連づけてみた前稿を踏まえて、初期から特に一九九〇 年代から二〇〇〇年代以降の作品をも視野に入れつつ、改めて現代芸術としての谷川のテクスト様式を考え直してみたい。
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.66, no.4, pp.12-22, 2017-04-10 (Released:2022-04-28)

物語世界は物語文の原因として作られ、同時に物語文は物語世界を原因として作られたものと想定される。従って物語文が物語世界の次元に対して第二次の位置づけとなる局面が考えられる。その時、物語文は自己同一的なものではなく、媒介され引用されたものと見なされる。小川洋子の「ハキリアリ」および「トランジット」を例として、語りによる媒介の局面をとらえてみる。語りこそ、言語の〈トランジット〉(乗り継ぎ)にほかならない。
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.33-42, 1992-02-10 (Released:2017-08-01)

<書くこと>について書くことを一貫して課題としてきた金井美恵子の言説は、文芸の根幹をなす虚構についての原則論的な追求を核心としている。発条を失った私小説的風土にあって、虚構についての究極の洞察を示す金井の文芸様式は、虚構を論ずる際に決して避けて通ることができない。本稿は、初期の短編「兎」(一九七二・六)の<額縁構造>を焦点とし、虚構を<読むこと>へとシフトしつつ、金井文芸を論じたものである。
著者
中村 三春
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.4, pp.1-16, 1997-04-10 (Released:2017-08-01)

『定義』は冒頭に百科事典からの引用文を置きながらも、指示の不可測性、表意体(シニフィアン)の戯れ、反復表現による意味内容の無化などの領域に読者を引き込み、<定義>を不可能にしてしまうパロディである。しかし、それは単なるニヒリズムではない。『魂のいちばんおいしいところ』などを補助線とすれば、そこには言葉がメッセージ伝達の機能ではなく、コンタクト(接触)の回路を敷設することによって、人と人との間の繋がりを築くことの信念が読みとられる。