著者
迫田 久美子 小西 円 佐々木 藍子 須賀 和香子 細井 陽子 Kumiko SAKODA Madoka KONISHI Aiko SASAKI Wakako SUGA Yoko HOSOI
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.93-110, 2016-06

本稿は,共同研究プロジェクト「多文化共生社会における日本語教育研究」が進めている多言語母語の日本語学習者の横断コーパス(通称I-JAS)について概説した。前半では,I-JAS構築の経緯と概要,調査の内容と特徴をまとめ,後半では,I-JASを利用する際に重要となる書き起こしのルールやタグ付けの方針などについて述べた。12の異なる言語を母語とする約1000人の日本語学習者のコーパスは,日本語の第二言語習得研究や対照言語学,社会言語学的な言語研究のみならず,日本語教育の現場でも利用が期待される。This paper provides a description of I-JAS (International Corpus of Japanese As a Second Language), which contains cross-sectional research data from Japanese language learners with different mother tongues. This corpus is a part of a collaborative research project entitled 'Study on Teaching and Learning Japanese as a Second Language in a Multicultural Society.'The first half reports on the development of I-JAS and its salient features. The latter half describes the transcription rules and the basic principles of tagging, both of which are important for searching and extracting data from the corpus.I-JAS includes data from approximately 1000 learners with 12 different native languages, and it will be a rich resource, not only for linguistic research in areas such as second language acquisition, contrastive analysis and sociolinguistics, but also for teaching Japanese as a second language.
著者
FRELLESVIG Bjarke
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.152-177, 2013-06

本論文は「オックスフォード上代日本語コーパス」の用例に依拠して,上代日本語における動詞「する」の主要な用法を記述しようとするものである。主要な論点は,上代語の「する」は語彙的な用法をもたない純粋に機能的な要素であって,語彙的用法をもつ現代語の「する」とは相違していることを示すことにある。あわせて上代語の「する」を軽動詞(light verb)とよぶことの適否と,印欧語におけるdo動詞がそうであったように,上代語の「する」もまた語彙的な用法をもつ「重たい」動詞が文法化されることによって生じたとみなすことの適否についても簡潔に論じる。This paper provides a basic description of the main uses of the Old Japanese verb suru, on the basis of the material in the Oxford Corpus of Old Japanese. In particular, the paper shows that OJ suru was a purely functional element, with no lexical uses, as opposed to NJ suru which does have lexical uses. The paper also briefly discusses whether suru should be termed a 'light verb' in Old Japanese and whether it may be thought to have been grammaticalized from a lexical 'heavy' verb, as is the case with 'do' verbs in Indo-European.
著者
柳町 智治
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.205-210, 2014-06

大学院研究留学生が指導教員から実験の手順について指示説明をうけている場面の相互行為分析をもとに,数をかぞえる,あるいは指示や説明を理解するという認知的活動が社会的に組織化されている様子を示す。また,第二言語話者が日常的実践を行っていく能力をどのように捉え評価したらいいのかという問題を,近年広がりを見せている能力記述文に準拠した評価方法と関連させて検討していく。This paper, based on the microanalysis of a video-taped interaction between an international graduate student and her academic supervisor in a science lab at a Japanese university, demonstrates how cognitive activities such as counting and mutual understanding are socially organized. The paper also discusses the issue of how we should evaluate second-language speakers' competence in organizing daily activities on the basis of recent 'can-do statement' movements in Europe and Japan.
著者
ホイットマン ジョン John WHITMAN
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.69-82, 2016-06

本プロジェクト(日本列島と周辺諸言語の類型論的・比較歴史的研究)の目的は,日本語とその周辺の言語を主な対象とし,その統語形態論的・音韻的特徴とその変遷を,言語類型論・統語理論・比較歴史言語学の観点から解明することによって,東北アジアを1つの「言語地域」として位置付けることである。統語形態論の観点からは「名詞化と名詞修飾」に焦点を当て,日本語においても見られる名詞修飾形(連体形)の多様な機能を周辺の言語と比較しながら,その機能と形と歴史的変化を究明する。歴史音韻論の観点からは,日本語周辺諸言語の歴史的再建を試み,東北アジア記述言語学における通時言語学研究を推進する。本稿では,この共同研究プロジェクトを紹介しながら,日本語,厳密にいうと日琉語族がどの言語地域に属するかについて検討する。This paper describes the research activities of the joint research project "Diachronic and Typological Research on the Languages of the Japanese Archipelago and Its Environs". A major focus of the project was to investigate the status of Northeast Asia as a linguistic area or Sprachbund. The project was made up of three teams: a team focusing on morphosyntax, one on phonological reconstruction, and one on the Ainu language, headed by Dr. Anna Bugaeva. The morphosyntax team investigated such topics as the role of nominalizations as a source for main clause grammar in Northeast Asia and elsewhere. The phonological reconstruction team examined topics such as accentual change in Japonic and the status of tongue root harmony as a defining feature of the Northeast Asian Sprachbund. Another product of the project was an investigation of the statistical properties of the typological data in the WALS (World Atlas of Linguistic Structures) database (Dryer and Haspelmath 2013).
著者
相澤 正夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.26-37, 2013-06

国立国語研究所時空間変異研究系進行中の共同研究プロジェクト「多角的アプローチによる現代日本語の動態の解明」の一環として,2010年12月に全国規模の方言意識調査を実施した。本稿では,この調査で得られたデータに基づく最新の研究成果2件について紹介する。いずれも,言語使用に関する地域類型を統計手法によって検討したものである。田中(2011a,2011b)は,調査データに「クラスター分析」を適用した結果,2つの大きな地域類型と6つの下位類型を見出した。田中・前田(2012)は,言語使用に関する個人レベルでの確率的なクラスタリングを得るため,同一の調査データに対して「潜在クラス分析」を適用した結果,「クラス1:積極的方言話者」「クラス2:共通語話者」「クラス3:消極的使い分け派」「クラス4:積極的使い分け派」「クラス5:判断逡巡派」のような5つの潜在クラスを抽出した。これにより,話者分類に基づいて地域の類型化を行うことが初めて可能となった。
著者
窪薗 晴夫
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL Project Review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
no.3, pp.17-34, 2010-10

国立国語研究所「ストライキ」から「スト」,「テレビジョン」から「テレビ」というように,多くの外来語が2~4モーラの長さに短縮される。この短縮語形成についてはこれまでもいくつか出力条件(制約)が考えられてきたが,一つの入力に対して唯一の出力を予測するまでには至っていない。本稿は「短縮語は短いほど良い(the shorter, the better)」という前提に基づく従来の分析に対し,単語分節という全く別の観点からの分析を提案する。この分析では,5モーラ以上の長さの単純語は音韻的には実は複合語(疑似複合語)であり,その後半部分が削除されることにより短縮形が生成されると分析する。この分析により,長い単純語の短縮パターンが説明できるだけでなく,単純語の短縮と複合語の短縮(携帯電話 → ケータイ)を同一のプロセスとして一般化できる。さらには,4モーラと5モーラの境界が関与する他の言語現象と短縮語形成の共通性もとらえられるようになる。
著者
オルドリッジ エディス
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.122-134, 2015-06

ワシントン大学シアトル本校言語学科現代日本語と違って,上代日本語の疑問詞は,一定の条件下において主語に先行することを義務付けられていた。本論は,従来の研究と同様に,この語順をWH移動の結果として捉える。ただし,移動先の着地点に関しては,英語の場合と同じCP指定部ではなく,文中(TP内部)にある焦点位置であると提案する。その根拠の1つとしては,疑問詞が先行する主語は,TP指定部にある主格主語ではなく,vP指定部にある属格主語のみであることを指摘する。TP内の焦点位置を裏付けるもう1つの根拠としては,項と付加詞との相対的位置を挙げる。vP内部に結合される項は移動するのに対し,vPの外側に結合される付加詞は,移動の対象にならず,元の位置に現れる。
著者
ヤコブセン ウェスリー・M
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL Project Review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
no.5, pp.1-19, 2011-06

ハーバード大学日本語では仮定性や反事実性といったモーダルな意味が状態性や反復性など,未完了アスペクトに関わる時間的な意味を表す言語形式によって表現される場合が少なくない。こうした相関関係は,仮定的な意味が典型的に生じるとされる条件節などの従属的な環境においてのみならず,可能性,願望,否定といった意味が主文に表れた場合にも観察される。本論では,Iatridou(2000)で提案されている過去形の「除外特徴(exclusion feature)」に対して,未完了アスペクトの「包含特徴(inclusion feature)」を提案し,以上の相関関係の説明をこの特徴の働きに求めてみた。それによると,未完了アスペクトには,話者の視点である基準時以外の時点までも想定されるという時間的な特徴が本質的に備わっており,これが転じて,話者の世界(現実の世界)以外の可能世界までも想定されるという解釈へと拡張することによって仮定的・反事実的意味が生じるとする。インド・ヨーロッパの諸言語では,反事実性の意味表出に過去形が関わっている現象がこれまでにたびたび指摘されてきたが,少なくとも一部の言語では,反事実性,ひいては仮定的な意味一般の表出に,テンスとは補完的な形でアスペクトも重要な役割を果たしていることが,日本語のこうした諸現象の検証によって明らかになる。人間にとって現実性の把握に,時間の把握がどんなに深く関わっているかをうかがわせる現象として注目に値する。
著者
新野 直哉
出版者
国立国語研究所
雑誌
国語研プロジェクトレビュー = NINJAL project review (ISSN:21850100)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.136-143, 2014-06

浅野(1935)には「「全然このお菓子好きだわ」などと云はれたら,ほとほと当惑して了ふであらう。」という一節がある。ここで「ほとほと当惑して了ふ」原因が,"全然"が"好きだ"という肯定を伴っていることであるとすれば,今日まで続く「"全然"+肯定」を「誤用」視する規範意識の発生は戦前に遡れることになる。しかし,浅野(1935)さらにそれに先立つ浅野(1933)を詳細に調査した結果,浅野(1935)で"全然"の正誤を判断する基準は,否定を伴うか肯定を伴うかではなく,あくまで「社会性の有無」,すなわち〈完全に。何から何まで〉という本来の「意味」「言語内容」で使われているか否か,ということであり,したがって問題の記述は,「"全然"+肯定」を「誤用」視する言語規範意識の現れと考えるべきではない,という結論にいたった。