著者
松井 理 橋本 優実 橋本 光正 岩淵 邦芳
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第54回大会
巻号頁・発行日
pp.111, 2011 (Released:2011-12-20)

53BP1は電離放射線照射によって誘発されたDNA二本鎖切断部位に集積し、その後の細胞周期停止(DNA損傷チェックポイント)、およびDNA二本鎖切断修復に関与する。 53BP1はその名の由来の通り、我々が癌抑制遺伝子産物p53と結合する蛋白質の一つとして初めて同定したものであり、両者は、53BP1のBRCTドメインとp53のDNA結合ドメイン、および53BP1のTudorドメインとp53のジメチル化Lys382を介してそれぞれ結合する。しかしながら、これまでに53BP1とp53の機能上の関連性については、あまり明らかにされていない。そこで我々は、53BP1がp53の機能にどのように関わっているのかを明らかにするため、正常なp53を持ついくつかのヒト癌細胞株について、RNAiによる53BP1のノックダウン後、X線照射によるp53の蛋白量の増加、p53のSer15のリン酸化、およびp21の発現を調べた。その結果、いずれの場合も53BP1のノックダウンにより阻害が認められた。また、この時、ATMのSer1981のリン酸化は、53BP1ノックダウンにおいて、ほとんど影響が認められなかった。 以上より、53BP1はp53活性化シグナル経路において、ATMの下流、p53の上流で働いていることが示唆された。
著者
谷 修祐 小嶋 光明 小野 孝二 伴 信彦 甲斐 倫明
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第54回大会
巻号頁・発行日
pp.249, 2011 (Released:2011-12-20)

放射線によって引き起こされるC3H/HeNマウスの急性骨髄性白血病(Acute Myeloid Leukemia: AML)は、低線量でのヒトの白血病リスクを考える上で重要な実験モデルである。AMLを起こしたマウスの造血幹細胞では2番染色体の欠損およびその染色体に存在するSfpi1遺伝子の突然変異が確認されており、これらは骨髄の分化に重要な役割を持つPU.1の転写を抑制してAMLの発症に至ることが考えられている。しかし、AMLにおけるSfpi1遺伝子の突然変異について、ほとんどは点突然変異に起因し、その主な変異であるC:GからT:Aへのトランジションは自然突然変異によって生じるため、放射線によって発症する白血病のリスクを考えるためには2番染色体の欠損以外に放射線が自然突然変異率への影響を考慮する必要がある。自然突然変異は細胞が分裂する際に低確率で生じるものであるため、造血幹細胞を頂点とした各造血細胞の動態、および放射線の影響によってその動態がどのように変化するかを考慮することが重要である。本研究ではC3H/HeNマウスを用いた放射線照射実験より得られた造血幹細胞そして前駆細胞の分化、分裂のパラメータを元に、造血組織の各種動態を数理モデルで表し、各細胞数の時間的変化、およびその分裂回数をシミュレーションによる計算で求めた。また、Sfpi1遺伝子の自然突然変異確率に着目し、シミュレーションで得られた結果をもとに放射線によるマウスAML発症リスクを計算し、実験データと比較したので報告する。
著者
熊谷 純 見置 高士 菓子野 元郎 渡邉 正己
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第54回大会
巻号頁・発行日
pp.26, 2011 (Released:2011-12-20)

ビタミンCの反応性については、G.R. Buettner等が詳しく研究している。L-アスコルビン酸(AscH2)のフラン環の2つのOH基はpKaが4.1と 11.8であるため,弱アルカリ性の生体内では1つのプロトンが解離してL-アスコルビン酸アニオン(AscH–)の形で存在している。脂溶性抗酸化剤として知られるビタミンE(α-トコフェロール)は,酸化脂質を還元する一方で自身は酸化されてα-トコフェロールラジカルとなり、その性質はわずかに酸化剤の性質を持つようになるが,AscH–はα-トコフェロールラジカルを還元してα-トコフェロールへと戻す役割を果たす。その際,AscH–は水素原子(あるいは電子とプロトン)をα-トコフェロールラジカルに渡してアスコルビン酸ラジカルアニオン(Asc・–)となる。Asc・–は不対電子が3つのケトンを含むπ共役系にあるため、その還元力は低く酸素を還元してsuper oxideを生成することはない。さらに、Asc・–は不均化反応でAscH–とフラン環の2つのOH基がジケトンになったDHAとなり、AscH–が回収される。DHAは生体内においてGSHとの酵素反応によってAscH–へと還元される。我々は放射線照射や培地移動放射線バイスタンダー効果によってハムスター細胞内に生成する長寿命ラジカルをESRで直接観測し、ビタミンCを照射後あるいは培地移動時に加えると突然変異を抑制し、長寿命ラジカルの生成も抑えられることを報告してきた。照射された細胞中に生成する長寿命ラジカルは、ビタミンCまたはN-アセチルシステイン(NAC)のどちらでも消去できたが、培地移動バイスタンダー効果によってレシピエント細胞中に生成するそれは、ビタミンCしか消去能がなかった。培地に加えられたビタミンCまたはNACは細胞質に取り込まれる。照射細胞に生成した長寿命ラジカルは細胞質に生成していると推測される。一方、培地移動バイスタンダー効果によってレシピエント細胞に生成する長寿命ラジカルは、ビタミンCを取り込む機能を有する膜タンパク(例えば、ミトコンドリアではDHAを取り込む働きのあるGLUT-1が知られている)をもつ細胞小器官に生成しているものと推測される。本結果は、長寿命ラジカルが関わるバイスタンダー効果の突然変異誘発機構を探る上でも重要な結果である。
著者
村田 弘貴 藤井 伸之 田内 広 立花 章
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第54回大会
巻号頁・発行日
pp.232, 2011 (Released:2011-12-20)

細胞にあらかじめ低線量の放射線を照射すると、その後の高線量放射線による生物影響を低減する現象を放射線適応応答という。この現象は、ヒトリンパ球を低濃度トリチウムチミジンで処理すると、その後の高線量X線による染色体異常頻度が低下するというWolffらの報告によって初めて示された。その後、トリチウムチミジン以外に低線量X線や低濃度過酸化水素などによる前処理でも同様の現象が観察され、またヒト以外の生物種の細胞や個体でも見られることが明らかにされた。これらのことから放射線適応応答は生物の持つ基本的応答機構であると考えられるが、その分子機構は明らかになっていない。我々はこれまでにマウスm5S細胞を用いて低濃度過酸化水素処理による適応応答誘導について検討し、protein kinase Cα(PKCα)が関与することを明らかにした。本研究では、DNA損傷と適応応答誘導との関連を明らかにするために、低濃度トリチウムチミジン処理による放射線適応応答誘導についてm5S細胞を用いて検討した。まず、Wolffらの実験条件に従い、増殖期のm5S細胞に3.7 kBq/mlのトリチウムチミジンを加えて細胞に取り込ませ、その後confluentにして接触阻止により細胞の増殖を止めた状態を保って、5 Gy X線を照射し、微小核形成を指標として放射線適応応答を解析した。その結果、m5S細胞でも低濃度トリチウムチミジンの前処理により放射線適応応答が誘導されることを確認した。さらに、トリチウムチミジンの至適濃度を検討するために、0.37 kBq/ml及び37 kBq/mlの濃度のトリチウムチミジン前処理も行ったが、3.7 kBq/mlによる前処理が最も効率よく放射線適応応答を誘導した。トリチウムチミジンの至適濃度や処理時間に加えてPKCαの関与についても報告する予定である。
著者
石井 直明 安田 佳代
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第54回大会
巻号頁・発行日
pp.62, 2011 (Released:2011-12-20)

線虫は以下のように放射線に対して高い耐性を示す。 1. 胚発生期において、放射線耐性は最初の細胞増殖期で低下した。線虫はモザイク卵であるため、分裂に伴いターゲットサイズが大きくなってきたことが原因と考えられる。その後、後半の分化期に入ると前半に比べて40倍も耐性になった。この時期には多くの細胞が分裂を停止したことが原因と考えられる。孵化後の幼虫期、及び成虫期ではさらに放射線耐性になった。 2.線虫の一種、C. elegansは幼虫期に餌が不足したり、虫の密度が高くなると正常発生から外れて耐性幼虫になる。餌を与えた時点で正常発生に戻る。耐性幼虫から正常発生に戻すまでの期間に依存せず、正常発生後の寿命が一定なことから耐性幼虫期を「non-aging stage」と呼ぶ。耐性幼虫期に電離放射線を照射し、正常発生後の寿命に変化があるかを調べたところ、寿命延長効果が認められた。その効果は耐性幼虫になってから照射までの期間や照射から正常発生までの期間で大きく変化した。 3.電離放射線照射前の酸素暴露が強いホルミシス効果を示した。この効果は電離放射線と紫外線に高い感受性を示す突然変異体、rad-1 とrad-2で消失した。 線虫は電離放射線により生じたDNAの1本鎖切断を早期に高い効率で修復することから、線虫は放射線に対して強い防御機構を備えていることが示唆された。
著者
冨田 雅典 小林 純也 野村 崇治 松本 義久 内海 博司
出版者
一般社団法人 日本放射線影響学会
雑誌
日本放射線影響学会大会講演要旨集 日本放射線影響学会第54回大会
巻号頁・発行日
pp.43, 2011 (Released:2011-12-20)

線量率効果は、線量率が低くなると、総線量は同じでも、生物効果が低くなる現象であり、長い照射時間の間に亜致死損傷の回復が起こるためであると古くから考えられている。しかしながら、低線量率放射線照射下におけるDNA2重鎖切断(DSB)修復の分子機構は、いまだに十分解明されていない。高等真核生物では、DSBは非相同末端結合(NHEJ)と相同組換え(HR)により修復される。我々は、さまざまなDSB修復遺伝子欠損細胞を用いて、線量率効果におけるDSB修復機構の役割について検討を進めている。NHEJに関与するKU70、HRに関与するRAD54、およびKU70とRAD54をともに欠損したニワトリDT40細胞を用い、γ線連続照射に対する影響を解析した結果、低線量率域でもっとも高い感受性を示した細胞はKU70-/-細胞であった。この要因を広い線量率範囲で解析するために、京都大学放射線生物研究センターの低線量長期放射線照射装置を用いて重点領域研究を開始した。これまでの研究から、0.1 Gy/hのγ線照射下において、RAD54-/-、RAD54-/-KU70-/-細胞と比較して、KU70-/-細胞ではより顕著なG2 arrestが起こり、その後アポトーシスが生じることを明らかにした。今後、線量率を下げて変化を解析する予定である。 また、NHEJに関与するDNA-PKcsを欠損したヒト脳腫瘍細胞を用い、低線量率照射後の細胞生存率を解析した結果、照射開始後ある一定レベルまで低下した後は、照射を継続してもそれ以上変化しないことが明らかになった。この結果は、低線量率放射線の生体影響を考える場合、細胞のターンオーバーが重要な要因となることを示している。 低線量率放射線の組織への影響を考える場合、幹細胞への傷害の蓄積性が問題となる。特にdormantな幹細胞では、NHEJが重要な役割を担うと考えられ、NHEJを欠損したマウスの造血系幹細胞が加齢に伴い枯渇することも報告されている (Nijnik et al. 2007、他)。細胞での結果をもとに、低線量率放射線の生体組織影響におけるDNA修復機構の重要性について議論したい。