著者
辻本 桜介
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.70-77, 2022-04-01 (Released:2022-10-01)
参考文献数
9

先行研究において、古代語に間接疑問文は存在しないと考えられている。これに対し本稿では以下のことを指摘し、中古語の引用句「…と」が間接疑問文に相当する用法を持っていたことを示す。まず、「いつと」「誰と」のように不定語をトが直接承ける用例は少なくないが、現代語の「いついつ」「誰々」のように引用句内の一部を伏せる形(プレイスホルダー用法)が使われたものか、間接疑問文と同様に解すべきものかが曖昧である。これに対し「年ごろは世にやあらむと」のように肯否疑問文を含むもの、「いかで降れると」のように引用句末の活用語が不定語に呼応して連体形となるものは、引用元の文の一部を伏せるだけのプレイスホルダーが使われているとは考えにくく、間接疑問文と同様の解釈になりうる。また「…逃げにけり。いづちいぬらむともしらず。」のように引用句内の不定語以外の情報が述語の主体にとって既知である場合も間接疑問文と同様に解すのが自然である。
著者
森 雄一
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.142-149, 2018-08-01 (Released:2019-01-01)
参考文献数
6
著者
竹村 明日香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.16-32, 2013-04-01 (Released:2017-07-28)

キリシタン資料によると,中世末期のエ段音節ではエ・セ・ゼの3音節のみが硬口蓋化していたと考えられる。しかし中世期資料によっては他の工段音節でも硬口蓋化していたことを窺わせる例もあり,果たしてどの音節が硬口蓋化していたのかが問題となってきた。本稿ではこの問題を解決する一助とするため,近世〜現代九州方言のエ段音節を通時的・共時的に観察した。結果,エ段音節では,子音の調音点の差によって硬口蓋化が異なって現れていることが判明した。即ち,歯茎音の音節では子音の主要調音点を変える硬口蓋化が生じているのに対し,軟口蓋音や唇音の音節ではそのような例が認められない。このような硬口蓋化の分布は,通言語的な傾向と一致している上に,キリシタン資料のオ段拗長音表記とも平行的であることから,中世エ段音節の硬口蓋化の分布としても十分想定し得るものであると考えられる。
著者
服部 紀子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.18-34, 2017-01-01 (Released:2017-07-01)
参考文献数
15

日本語文法の研究史上、西洋文典の影響による格は江戸期の鶴峯戊申『語学新書』以降複数の文典に見られる。本稿はこの種の文典の前提となる蘭文典、吉雄俊蔵『六格前篇』(1814)と藤林普山『和蘭語法解』(1812)を取り上げ、日本語の格理解を比較する。両書は、格機能の捉え方に共通点があるが、格標示形式の扱いにそれぞれの特性が現れている。また、『六格前篇』は非表出の格標示形式を捉える際に本居宣長の「徒」を念頭に置いていることも確認した。両書の格理解を明示することで、国学からの影響を浮き彫りにし、日本語の格研究が蘭語学から鶴峯へとつながる過程を示すと共に、蘭学者による日本語のテニヲハ理解の一端を国語学史上に位置づけることができた。
著者
富岡 宏太
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.1-15, 2014-10-01 (Released:2017-07-28)

中古和文において、体言に詠嘆の終助詞カナ・ヤが下接した「体言カナ」・「体言ヤ」には、連体修飾を必須とするという構文上の共通点と、その形式が異なるという相違点のある事が従来指摘されている。本稿では両者の表現性の違い、表現性と構文との関係を明らかにした。「体言カナ」が聞き手の属性を問わず、時間軸上の様々な位置にある事態に言及できるのに対し、「体言ヤ」は上位者には用いられず、ほとんどが現在の事態に言及した例である。以上から、「体言カナ」は様々な事象を考慮した「論理的評価の表明」の表現、「体言ヤ」はそれらを考慮しない「直感的評価の表明」の表現であると考えられる。また「体言カナ」「体言ヤ」の表現性と構文とは密接な関係にあると考えられる。
著者
笹井 香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.18-34, 2017

<p>「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などの文は、先行研究において文として適切に位置づけられてきたとは言いがたい。本稿では、これらの文が、同じく体言を骨子とする文である感動文や呼び掛け文などとは異なる形式や機能をもつことを明らかにし、これらを新たに「レッテル貼り文」と位置づけることを試みた。レッテル貼り文は「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を示す要素」という構造をもつ名詞(=レッテル)から成り立つ体言骨子の文で、対象への価値評価にともなう怒りや呆れ、嘲り、蔑み、嫌悪、侮蔑などの情意を表出することを専らとする文、即ち悪態をつく文である。このような文は、その言語場において話し手が対象に下した価値評価が名詞の形式(=レッテル)で表され、文が構成されていると考えられる。このような文を発話することによって、対象に下した価値評価、即ちレッテルを貼り付けているのである。</p>
著者
大江 元貴
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.52-68, 2019-08-01 (Released:2020-02-01)
参考文献数
12

本稿は,「6畳の部屋って結構広いよな。-いやいや,せまいせまい。」のような形容詞基本形反復文の談話的・統語的特徴について考察を行う。談話的特徴については,独話の形容詞基本形反復文は形容詞で表される情報の体感度が高い,あるいは探索意識が活性化しているほど自然になり,対話の形容詞基本形反復文は発話の即応性と能動性が高いほど自然になるという観察を示し,形容詞基本形反復文は「認知者と環境とのインタラクション」「発話者と対話相手とのインタラクション」を認めやすい談話環境で自然に成立する文であることを述べる。統語的特徴については,程度副詞や終助詞との共起,属性・状態の対象を表す名詞の言語化に関して非反復文に見られない制約があるという観察を示し,形容詞基本形反復文は属性・状態を叙述するという性格が弱い文であることを述べる。