- 著者
-
有賀 祐勝
- 出版者
- 公益社団法人 日本植物学会
- 雑誌
- 植物学雑誌 (ISSN:0006808X)
- 巻号頁・発行日
- vol.79, no.931, pp.20-27, 1966 (Released:2006-10-31)
- 参考文献数
- 13
- 被引用文献数
-
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植物の光合成にはクロロフィルのほかに種々の色素が間接的に関与しているが, 水界の主要な生産者である植物プランクトンの現存量を, 光合成に直接関与するクロロフィルの量として測定することが近年世界的に広くおこなわれるようになってきた. しかし, 水界のクロロフィル量と一次生産量との関係についての解析的な研究はまだほとんど見られない. そこで, 水中のセストンがすべて植物プランクトンで占められているような理想的な状態を仮定し, しかも水中の各層に植物プランクトンが均一に分布しているものとして, クロロフィル量と生産層の深さおよび一次生産量との関係を, 水中での光の減衰と照度の日変化および植物プランクトンの光合成曲線をもとにして求めることを試みた.海洋や湖沼の水中の光は水および水中のセストンや溶解物による選択的吸収のために波長組成が水深にともなって変わり, このことが植物プランクトンの光合成に影響をおよぼしていることが予想されるが,こうしたことを一次生産の算定上どの程度まで考慮すべきかについての十分な資料がまだ得られていないので, 現状では光を波長別に分けて取扱っても効果があがるまでにいたっていない. したがって, ここでは培養した Scenedesmus の種々の濃度の懸濁液をつくり, 波長組成をとくに考慮しないで太陽光の下で測定したそれぞれの吸光度をもとにして種々のクロロフィル濃度の場合の水中照度の減衰を求め, 生産層の深さを一般に認められているように水表面の光が1%になる深さまでとして, クロロフィル濃度と生産層の深さおよび生産層内の全クロロフィル量との関係を求めた. クロロフィル濃度が著しく高いときには生産層は非常に浅く, 単位面積あたりのクロロフィル量は濃度に関係なくほぼ一定で900mg/m2という値が得られた. クロロフィル濃度が低くなると水中の光の透過はよくなって生産層は深くなるが, 水そのものによる光の吸収がだんだん大きくなるため, クロロフィル濃度が約5mg/l以下では生産層中のクロロフィル量は生産層が深くなるにつれてだんだん減少する. したがって, 水そのものによる吸収がほとんど無視できる深さまでを除き, 生産層が深くなるにつれて光の利用率は低下することになる.5月の平均照度について20°のときの Scenedesmus の光合成曲線を用いて算定すると, 1日あたりの総生産量はクロロフィル濃度が5mg/l以上ではほぼ一定で24gC/m2/day, 純生産量はクロロフィル濃度1mg/l以上ではほぼ一定で19.5gC/m2/dayが得られた. クロロフィル濃度がこれらの値以下になると生産層が深くなるにつれて総生産量も純生産量もだんだん低下する. 30°および10°の場合には20°のときの値のおよそ145%および42%の値がそれぞれ得られた.これに対し, 自然の水界ではつねに植物プランクトン以外のセストンや種々の溶解物が多量に存在するので光の透過は著しく悪くなり, 生産層中のクロロフィル量は水の華の時期を除き上記の値よりも著しく低い値が測定されている. 一般に水界生態系では光合成組織の量に相当するクロロフィル量は単位面積あたりで比較すると, 陸上の植物群落のクロロフィル量よりも著しく少ないといえる. また, 上に記した1日あたりの一次生産量は, 非常に好適な条件のもとで得られている最大値にほぼ近い値である. しかし,水中のクロロフィル濃度が高い場合には, 普通はCO2や種々の栄養物質が不足するため上記のように高い生産を持続することは, 人工的に種々の手段を用いてこれらの必要物を供給できる場合を除き自然界では極めて困難であると思われる.