著者
本多 佑三
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.64-69, 2017-07-01 (Released:2019-04-22)
参考文献数
17
著者
三輪 芳朗
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.55-122, 2020-05-01 (Released:2020-09-01)
参考文献数
50

2016年8月の山本幸三行政改革担当大臣就任と続く筆者(三輪)の大臣補佐官就任以後の準備期間を経た同年12月の経済財政諮問会議の「統計改革の基本方針」決定により,「EBPM推進体制の構築」を第1議題とする統計改革推進会議が創設された.この会議の活動開始を明確な契機として,政府のEBPM推進の取り組みがスタートし,その後の大方の予想を上回るスピードでの展開を経て今日に至っている.2020年2月に刊行された大橋弘編『EBPMの経済学』(大橋編,2020)は,この取り組みの本格化後まもなくTCERのconference企画としてスタートし,2年強の時間をかけて出版にこぎつけたものである.各論文(そしてペアとなる各コメント)の内容はかなりのバラツキがある(端的に言えば,実質的にバラバラ).本稿は,中心的読者としてEBPM推進に取り組む政策立案担当者を含むEBPM推進関係の実務家を想定する.政策決定は政治プロセスの中で行われる.筆者は,いわば至近距離に位置してこの展開過程を注視し時には参画してきた.この経緯・経験に基づき,必要最小限の関連情報を,支障のない範囲内で提示して,本稿の読者の参考にし,本書の内容の理解と今後の活動に役立てる一助とする.
著者
矢野 正隆
出版者
東京大学大学院経済学研究科
巻号頁・発行日
2012-11 (Released:2013-07-04)

第38回全国歴史資料保存利用機関連絡協議会全国大会, 2012年11月8日~9日, 広島県民文化センター 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)「文化資産としてのマイクロフィルム保存に関する基礎研究:実態調査からの実証的分析」(課題番号:24300094)研究代表者:小島浩之(東京大学大学院経済学研究科)
著者
三輪 芳朗
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.83, no.4, pp.2-92, 2023-01-31 (Released:2023-09-20)
参考文献数
53

本論文は,「解雇規制」を中心とする「日本の雇用の制度,政策の内容と決定システム」を研究対象とする.解雇規制に係る制度・政策論議の中心に位置しその内容を象徴する「解雇権濫用の法理」という表現を見て,その実質的内容について概要だけでもイメージできる読者は極めて稀だろう.関連制度との関係や関連論点に関わる「専門家」の意見の相違・対立や分布等に関する知見を含めた実質的理解についてはその程度はさらに極端になる.関連制度や政策論議の主要舞台およびその決定システムが「労働政策審議会」を象徴的中心とする固定的かつ閉鎖的なものとなってから久しく,一部の「関係者」間での議論と「調整」に圧倒的な比重が置かれてきたことが大きな理由のように見える.ほとんどの日本国民にとって,解雇規制を象徴的中心とする雇用制度・政策に関わるissuesは,身近で重要であるが,ほとんど何も知られておらず,実質的な関心を抱くことは甚だしく稀であった.論文前半の「(理論的な)検討の内容と現実の『解雇規制』(さらに,雇用関連規制の全体)の対応関係はいかなるものか?」が多くの読者の関心に的確に対応する設問だろう.しかし,この設問が適切であるためには,現実の制度・政策の実態が明瞭・明確に把握できている(できる)ことが必要・必須である.以下に見る如く,「解雇規制とか『解雇権濫用の法理』という表現は頻繁に見聞きするが,その具体的内容はどうなっているのかと関連解説などを見ても,よくわからない.裁判官や労働法学者を含む法律実務家の間に共通の認識は存在するのか・・・・・・」とする筆者が長年にわたって悩まされてきた困惑を多くの読者が共有することになるだろう.[Ⅴ]は,「なぜこのような状況に陥り,長年にわたって不問に付されてきたとでも評すべきプロセスが継続してきたのか」と問い始めた読者のための部分であり,本論文の核心にあたる.状況を的確に理解し,オープンな議論を広範な参加者とともに開始・展開する必要がある.その前提として,関連制度・政策決定過程の実態・現状を的確に理解し,見直しや再設計・再構築を大胆に進めるように政府(現状をここまで放置し続けた厚労省ではない)に求めることが重要である.5年ほど前から基本政策の一つとして政府が進めてきたEBPM(evidence-based policy making)推進政策の目玉・象徴となる重大案件として「解雇規制」を取り上げればよい.「解雇規制」は「雇用」に関わる「政策」の象徴的中核である.「雇用」に関わる「政策」は,経済活動・国民生活の全分野に影響が及ぶ経済政策の核心であり,その当否が経済全体の活力・成長に重大な影響を及ぼす.雇用規制の導入・強化は,労働市場の流動性とダイナミズムの低下を通じて資源配分の効率性を悪化させ,経済全体の生産性の上昇を阻害するおそれが強い.「解雇規制」に象徴される雇用政策に関わる議論を決定的に支配する「格差」「対等」「安定」「保障」「公平」「平等」等の表現へのはなはだしい偏愛傾向が,長期間にわたる日本経済の「停滞」(的雰囲気)の主要な原因の一つかもしれないと考えて正面から向き合う必要がある.
著者
三輪 芳朗
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
經濟學論集 = The Journal of Economics (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.83, no.1, pp.55-122, 2020-05-01

2016年8月の山本幸三行政改革担当大臣就任と続く筆者(三輪)の大臣補佐官就任以後の準備期間を経た同年12月の経済財政諮問会議の「統計改革の基本方針」決定により,「EBPM推進体制の構築」を第1議題とする統計改革推進会議が創設された.この会議の活動開始を明確な契機として,政府のEBPM推進の取り組みがスタートし,その後の大方の予想を上回るスピードでの展開を経て今日に至っている.2020年2月に刊行された大橋弘編『EBPMの経済学』(大橋編,2020)は,この取り組みの本格化後まもなくTCERのconference企画としてスタートし,2年強の時間をかけて出版にこぎつけたものである.各論文(そしてペアとなる各コメント)の内容はかなりのバラツキがある(端的に言えば,実質的にバラバラ). 本稿は,中心的読者としてEBPM推進に取り組む政策立案担当者を含むEBPM推進関係の実務家を想定する.政策決定は政治プロセスの中で行われる.筆者は,いわば至近距離に位置してこの展開過程を注視し時には参画してきた.この経緯・経験に基づき,必要最小限の関連情報を,支障のない範囲内で提示して,本稿の読者の参考にし,本書の内容の理解と今後の活動に役立てる一助とする.
著者
齋藤 翔太朗
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.83, no.4, pp.93-116, 2023-01-31 (Released:2023-09-20)
参考文献数
26

イギリスの移民政策の歴史において,1905年外国人法は,入国管理の政策基調が「開放」から「規制」へと一転し,現在の入国管理制度の原型が成立した画期として位置づけられている.ところが,その一方で,実際の効果については消極的にしか評価されてこなかった.本稿では,1905年外国人法に基づいて実施された外国人の入国管理制度の特質と,その歴史的意義について,同法をめぐる様々な対立・欠陥・相違に注目しながら考察する.本稿は次の点を指摘する.第1に1905年外国人法には,入国管理政策として移民規制と難民庇護という対立的な要素が併せて制度化され,さらに政治的・宗教的難民については「推定無罪」の原則が指示されていた.第2に実際に入国管理の対象となる外国人旅客は限定されるとともに,入国規制の対象となる基準が不明瞭であるという欠陥が存在していた.第3に施行者であった自由党の内務大臣は,戦時の入国管理には積極的であった一方で,平時の入国管理には消極的であった.また「外国人問題」の発生に対しては移民規制よりも社会改良を主張していた.
著者
石原 俊時
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.31-64, 2017-01-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
32

スウェーデン救貧連盟は,1918年の救貧法改革の実現に貢献した有力な圧力団体として注目されてきた.また,その児童福祉に関わる活動も,スウェーデンの児童福祉の発展に重要な役割を果たしたことが知られている.しかし,このように活動の一部に関心が集中する一方で,そもそもこの団体が如何なる課題をもち,どのような活動を展開したのかを検討する作業は十分行われてこなかった.そこで,本稿では,担った課題や活動の展開を万遍なく把握することを通じて,この団体の全体像を明らかにし,それによりこの団体がスウェーデン福祉国家の形成に果たした歴史的役割を解明することを試みることとする.この第2部では,救貧連盟の設立過程を扱い,この団体が如何なる課題をもって設立されたのかを見ていく.
著者
三和 良一
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.65-77, 2017-01-01 (Released:2022-01-25)

日本経済史研究を先導してこられた石井寛治氏の『資本主義日本の歴史構造』は,研究史で十分掘り下げられていない論点を選んだ分析の深さ,方法的に試みられる「数量分析重視の最近の経済史的アプローチでもなければ伝統的な社会経済史的アプローチでもなく,新たな政治経済史的アプローチ」の鋭さ,歴史法則論・国家論の展開の大胆さ,そして,社会科学,歴史学の研究者が真正面から対峙すべき現代の課題の所在提示の鮮明さを特徴とした力作である.石井氏の問題提起について,評者の評価と見解を述べたい.
著者
藤本 隆宏
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.2-19, 2017-02-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
11
被引用文献数
1

本稿では,実態としての産業経済,とくに中小中堅企業を含む戦後日本の製造業において多く観察されてきた「現場指向企業」が,現代の標準的な教科書に登場する利益最大化を目指す資本指向企業とは行動パターンを異にしていることに着目し,企業の「現場指向性」(genba-orientedness)を前提とした簡単な古典派経済学的なモデルでその特性を分析してみる.ここで現場とは付加価値を生む場所であり,地域に埋め込まれ,自らの存続と雇用維持を目指す集団的意思を持ったある種の経済主体である.したがって「現場指向企業」の目的は,利益最大化を指向する教科書的企業の場合とは異なり,①企業の一部としての自らの存続(目標マークアップ率の確保)と,②地域の一部としての雇用量の維持の2つとなる.より具体的には,実際に観察される現場指向企業の行動を抽象化する形で,製品市場と労働市場における価格と数量,すなわち財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N),を4軸とする4象限グラフを作成し.これを「PXNWモデル」と呼ぶ.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理を伴う古典派経済学的な生産価格),右下がりの需要曲線(製品差異化を前提とした独占的競争),リカード的な労働投入係数を介したリニアな必要労働力曲線,水平の労働供給曲線,および労働投入係数を介したリニアな賃金・費用曲線が仮定される.次にこのモデルを用いて,現場指向企業が,冷戦期の価格安定状況における生産性向上・賃金向上・有効需要創出を経て,利益率と雇用数という2つの目標を同時に満たすある定常状態から別の定常状態に移行できることを示す.次に,冷戦後のグローバル競争による価格低下状況における現場指向企業も,価格低落・生産性向上・有効需要創出を経て,ある定常状態から別の定常状態に移行できることを示す.要するに,現場指向企業が,一定の利益率と雇用数の確保,及び実質賃金の向上を目指すのであれば,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行うことが必須であることを,この古典派経済学的モデルは示唆している.すなわち,実際の戦後日本の製造企業の典型的な行動パターンをよりよく描写できているのは,教科書的な利益最大化企業のモデルよりはむしろ,一定の利益率と雇用数を同時に追求する「現場指向企業」モデルである可能性を,本稿は示している.
著者
石原 俊時
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.3, pp.20-51, 2017-02-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
9

スウェーデン救貧連盟は,1918年の救貧法改革の実現に貢献した有力な圧力団体として注目されてきた.また,その児童福祉に関わる活動も,スウェーデンの児童福祉の発展に重要な役割を果たしたことが知られている.しかし,このように活動の一部に関心が集中する一方で,そもそもこの団体が如何なる課題をもち,どのような活動を展開したのかを検討する作業は十分行われてこなかった.そこで,本稿では,担った課題や活動の展開を万遍なく把握することを通じて,この団体の全体像を明らかにし,それによりこの団体がスウェーデン福祉国家の形成に果たした歴史的役割を解明することを試みることとする.この第3部では,主に1918年の救貧法改正以前までを対象として,この団体が如何なる活動をどのように展開してきたかを検討した.
著者
藤田 康範 藤本 隆宏
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.2-20, 2017-03-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
19
被引用文献数
1

本稿では,藤本(2017)が戦後の日本の中小中堅製造業の実態観察に基づいて提起した「現場指向企業」の経済モデルを出発点とし,現場指向企業のうち,生産性向上にも有効需要創出にも能動的に取り組む「積極的現場指向企業」の諸特性を分析する. ここで広義のものづくりの現場(以下「現場」)とは,工場,開発拠点,サービス拠点,店舗など,付加価値が生まれ流れる場所を指し,「現場指向企業(genba-oriented firm)」とは,現場が持つ能力構築能力や存続の意志を重視するゆえに,企業としての目標マークアップ率の確保と,地域の一部である現場の雇用量維持という2つの目標を持つ企業である.そして「積極的現場指向企業(active genba-oriented firm)」とは,現場指向企業のうち,上記の2目標を同時達成するために,能力構築による生産性向上とマーケティングや製品開発による需要創造の両方を積極的に行う企業を指す.こうした現場指向企業の理念型は,戦後日本の中小中堅企業に関する筆者らの長期的観察により導出されたものである. 藤本(2017)は,こうした現場指向企業の行動パターンを描写するために,製品市場および労働市場における財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N)を4軸とする「PXNWモデル」を提示した.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理),右下がりの需要曲線(独占的競争),リカード型労働投入係数を介した線形の必要労働力曲線と線形の賃金・費用曲線を前提とする,古典派経済学的・スラッファ的なモデルである(Sraffa 1960). 藤本(2017)はこのモデルを用いて,「現場指向企業が,一定のマークアップ率と目標雇用数を維持しつつ実質賃金の向上を実現するためには,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行う必要がある」ということを示したが,このモデルにおいては,生産性向上努力と有効需要創出努力は企業の主体性に基づく外生変数であり,したがって,「積極的現場指向企業」と「消極的現場指向企業」の区別についても,生産性向上努力と有効需要創出努力の多寡を指摘するにとどまっていた. そこで本稿では,上記のPXNWモデルを改変し,生産性向上努力と有効需要創出努力を内生化する.具体的には,「積極的現場指向企業は消極的現場指向企業に比べ,利益を有効需要創出や生産性向上のための投資に振り向ける傾向が大きい」という定型的事実に着目し,藤本(2017)では捨象されていた「有効需要創造のための費用」を明示化するとともに,同じく藤本(2017)で外生変数とされていた「マークアップ率の水準」を内生化する方向にPXNWモデルを改変し,現場指向企業によって生産性向上と有効需要創造が同時に行われる条件,すなわち,「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する. この内生化モデルにより新たに得られる主な知見は以下の通りである.(1)「生産数量の増加に伴って賃金率が低下する」という賃金逓減的な状況においては,グローバル競争の激化に伴って,①「労働生産性弾力性がやや高いが一定値以下」という賃金体系の下では積極的現場指向企業が出現し,②「労働生産性弾力性が極端に高い賃金体系の下では一転して消極的現場指向企業が出現する.(2)生産増加に従って賃金率が低下するがそのような賃金逓減の程度が小さい状況,「生産増加に従って賃金率が変わらない」という賃金一定の状況,あるいは,「生産増加に従って賃金率が上昇する」という賃金逓増的な状況においては,積極的現場指向企業は出現しないが,①労働生産性弾力性の非常に低い賃金体系の下では,「生産性は向上するが有効需要創造努力は減少する」という準積極的現場指向企業が出現し,②労働生産性弾力性がやや低いが一定値以上という賃金体系の下では,「生産性は悪化するが有効需要創造努力が増加する」という準積極的現場指向企業が出現する. まず第1節で背景と目的を説明し,第2節では原型のPXNWモデルの概要を示し,マークアップ率と雇用数の目標を同時達成しつつ賃金水準を高めるための必要条件を示す.第2節ではさらに,需要創造努力とマークアップ率の水準を内生変数化した本稿のモデルを提示し,続く第3節では,グローバル競争の激化が生産性と有効需要創造に与える影響を明らかにし,その上で「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する.最後に第4節で,本研究の結論を要約し展望を述べる.
著者
江原 慶
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.21-40, 2017-03-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
25

本稿では,小幡道昭氏の『マルクス経済学方法論批判』(御茶の水書房,2012年),『価値論批判』(弘文堂,2013年),『労働市場と景気循環─恐慌論批判─』(東京大学出版会,2014年)の3冊を,ひとまとまりの研究成果として通観し,そこで遂行されているマルクス経済学の変革の方向性を捉える.そのためにまず,『資本論』の理論体系から区別された固有の意味でのマルクス経済学の成立を,宇野弘蔵の発展段階論に求め,それは資本主義社会を総体として分析する総合社会科学としての意義を担っていたことを確認した.その上で,小幡氏の『批判』三書が,宇野の歴史的発展段階論の限界を見据えた全面的な改革プロジェクトであり,それは総合社会科学としてのマルクス経済学の再建への礎石となるとした.ただしそのためには,(1)景気循環の変容の理論化,(2)外的条件と歴史的・制度的要因とを峻別した上での原理論の再構築,(3)資本主義の歴史的多様性を再解釈するための歴史理論の再構成など,残された課題は多い.厖大な先行研究を十分吟味しつつ,マルクス経済学の理論・実証研究を一層推進していく必要がある.
著者
岸 保行 鈴木 信貴
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.80, no.3-4, pp.31-44, 2016-01-01 (Released:2022-02-25)
参考文献数
25

本稿は,現場の存続と深層の競争力,能力構築の関係について,富士ゼロックスマニュファクチュアリング(株)新潟事業所の事例を基に分析した.事例調査では,事業所を訪問し,工場調査と関係者へのヒアリングをおこなうとともに,工場の関連資料の収集をおこなった.本稿の分析結果からは,売却,合併によって,親会社が変わったとしても,現場の能力構築によって培かわれてきた高い深層の競争力や組織能力,さらには蓄積された知識,技術が継承されることで,その後も,扱う製品が変化したとしても高いパフォーマンスを発揮し,生産現場の存続につながるとともに,新会社の他の生産現場に影響を与えることが明らかになった.
著者
宇野 洋輔 西岡 慎一 原 尚子
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.1, pp.2-25, 2016-12-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
64

本稿は,コンファレンス「物価変動とその中での経済主体の行動変化」(東京大学金融教育研究センターと日本銀行調査統計局の共催コンファレンス第6回)の導入論文である.本コンファレンスでは,長期にわたるデフレが終息し,基調としてマイルドなインフレへと転換しつつあるわが国物価の現状を踏まえて,まず,物価変動の背景やそれに関する論点について整理する.特に,経済主体の予想形成と企業の価格設定行動が物価変動とどのような関わりを持つかについて論点を整理する.次に,物価の変動に伴い企業や家計がどのように経済行動を変え得るかについて論点整理を行う.具体的には,まず,賃金面に焦点を当て,今後の実質賃金の動向を考えていく上で重要となり得るポイントを挙げる.また,インフレ局面への転換が,これまでの現預金を中心とした家計の慎重な投資行動をどの程度変え得るのかについても論点として提示する.
著者
渡辺 努 渡辺 広太
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.1, pp.26-55, 2016-12-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
29

我が国では1995年から2013年春まで消費者物価(CPI)が趨勢的に低下するデフレが続いた.このデフレは,下落率が毎年1%程度であり,物価下落の緩やかさに特徴がある.また,失業率が上昇したにもかかわらず物価の反応は僅かで,フィリップス曲線の平坦化が生じた.デフレがなぜ緩やかだったのか,フィリップス曲線がなぜ平坦化したのかを考察するために,本稿ではデフレ期における価格硬直性の変化に注目する.本稿の主なファインディングは以下のとおりである.第1に,CPIを構成する588の品目のそれぞれについて前年比変化率を計算すると,ゼロ近傍の品目が最も多く,CPIウエイトで約50%を占める.この意味で価格硬直性が高い.この状況は1990年代後半のデフレ期に始まり,CPI前年比がプラスに転じた2013年春以降も続いている.この価格硬直性の高まりがフィリップス曲線を平坦化させた.第2に,前年比がゼロ近傍の品目の割合とCPI前年比の関係をみると,CPI前年比が低ければ低いほど(CPI前年比がゼロに近づけば近づくほど)ゼロ近傍の品目の割合が高くなるという関係がある.インフレ率が低下すると価格据え置きに伴う機会費用が小さくなるためと解釈できる.1990年代後半以降の価格硬直化は,グローバル競争などの外生的要因によるものではなく,CPIインフレ率の低下に伴って内生的に生じたことを示唆している.第3に,品目別価格変化率の分布の形状を米国や英国などと比較すると,米国などでは上昇率2%近傍の品目が最も多く,最頻値がゼロの日本の分布と異なっている.また,価格変化率の品目間のばらつきをみても,米国などではインフレ率が2%近傍のときにばらつきが最小値をとるのに対して,日本ではゼロインフレでばらつきが最小になる.これらの結果は,米国などでは各企業が毎年2%程度の価格引き上げを行うことがデフォルトなのに対して,日本ではデフレの影響を引きずって価格据え置きがデフォルトになっていることを示唆している.第4に,シミュレーション分析によれば,長期にわたってデフレ圧力が加わると,実際の価格が本来あるべき価格水準を上回る企業が,通常よりも多く存在する状況が生まれる.つまり,「価格引き下げ予備軍」(できることなら価格を下げたいと考えている企業)が多い.一方,実際の価格が本来あるべき価格水準を下回る「価格引き上げ予備軍」は少ない.この状況では金融緩和が物価に及ぼす影響は限定的である.我が国では,長期にわたるデフレの負の遺産として,「価格引き下げ予備軍」が今なお多く存在しており,これがデフレ脱却を難しくしている.