著者
藤田 康範 藤本 隆宏
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.2-20, 2017-03-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
19
被引用文献数
1

本稿では,藤本(2017)が戦後の日本の中小中堅製造業の実態観察に基づいて提起した「現場指向企業」の経済モデルを出発点とし,現場指向企業のうち,生産性向上にも有効需要創出にも能動的に取り組む「積極的現場指向企業」の諸特性を分析する. ここで広義のものづくりの現場(以下「現場」)とは,工場,開発拠点,サービス拠点,店舗など,付加価値が生まれ流れる場所を指し,「現場指向企業(genba-oriented firm)」とは,現場が持つ能力構築能力や存続の意志を重視するゆえに,企業としての目標マークアップ率の確保と,地域の一部である現場の雇用量維持という2つの目標を持つ企業である.そして「積極的現場指向企業(active genba-oriented firm)」とは,現場指向企業のうち,上記の2目標を同時達成するために,能力構築による生産性向上とマーケティングや製品開発による需要創造の両方を積極的に行う企業を指す.こうした現場指向企業の理念型は,戦後日本の中小中堅企業に関する筆者らの長期的観察により導出されたものである. 藤本(2017)は,こうした現場指向企業の行動パターンを描写するために,製品市場および労働市場における財の価格(P),数量(X),賃金(W),雇用数(N)を4軸とする「PXNWモデル」を提示した.このモデルは,水平の供給曲線(フルコスト原理),右下がりの需要曲線(独占的競争),リカード型労働投入係数を介した線形の必要労働力曲線と線形の賃金・費用曲線を前提とする,古典派経済学的・スラッファ的なモデルである(Sraffa 1960). 藤本(2017)はこのモデルを用いて,「現場指向企業が,一定のマークアップ率と目標雇用数を維持しつつ実質賃金の向上を実現するためには,工程イノベーション(物的生産性の向上)と製品イノベーション(有効需要の創出)の両方を行う必要がある」ということを示したが,このモデルにおいては,生産性向上努力と有効需要創出努力は企業の主体性に基づく外生変数であり,したがって,「積極的現場指向企業」と「消極的現場指向企業」の区別についても,生産性向上努力と有効需要創出努力の多寡を指摘するにとどまっていた. そこで本稿では,上記のPXNWモデルを改変し,生産性向上努力と有効需要創出努力を内生化する.具体的には,「積極的現場指向企業は消極的現場指向企業に比べ,利益を有効需要創出や生産性向上のための投資に振り向ける傾向が大きい」という定型的事実に着目し,藤本(2017)では捨象されていた「有効需要創造のための費用」を明示化するとともに,同じく藤本(2017)で外生変数とされていた「マークアップ率の水準」を内生化する方向にPXNWモデルを改変し,現場指向企業によって生産性向上と有効需要創造が同時に行われる条件,すなわち,「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する. この内生化モデルにより新たに得られる主な知見は以下の通りである.(1)「生産数量の増加に伴って賃金率が低下する」という賃金逓減的な状況においては,グローバル競争の激化に伴って,①「労働生産性弾力性がやや高いが一定値以下」という賃金体系の下では積極的現場指向企業が出現し,②「労働生産性弾力性が極端に高い賃金体系の下では一転して消極的現場指向企業が出現する.(2)生産増加に従って賃金率が低下するがそのような賃金逓減の程度が小さい状況,「生産増加に従って賃金率が変わらない」という賃金一定の状況,あるいは,「生産増加に従って賃金率が上昇する」という賃金逓増的な状況においては,積極的現場指向企業は出現しないが,①労働生産性弾力性の非常に低い賃金体系の下では,「生産性は向上するが有効需要創造努力は減少する」という準積極的現場指向企業が出現し,②労働生産性弾力性がやや低いが一定値以上という賃金体系の下では,「生産性は悪化するが有効需要創造努力が増加する」という準積極的現場指向企業が出現する. まず第1節で背景と目的を説明し,第2節では原型のPXNWモデルの概要を示し,マークアップ率と雇用数の目標を同時達成しつつ賃金水準を高めるための必要条件を示す.第2節ではさらに,需要創造努力とマークアップ率の水準を内生変数化した本稿のモデルを提示し,続く第3節では,グローバル競争の激化が生産性と有効需要創造に与える影響を明らかにし,その上で「積極的現場指向企業」が出現する条件を導出する.最後に第4節で,本研究の結論を要約し展望を述べる.
著者
江原 慶
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.21-40, 2017-03-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
25

本稿では,小幡道昭氏の『マルクス経済学方法論批判』(御茶の水書房,2012年),『価値論批判』(弘文堂,2013年),『労働市場と景気循環─恐慌論批判─』(東京大学出版会,2014年)の3冊を,ひとまとまりの研究成果として通観し,そこで遂行されているマルクス経済学の変革の方向性を捉える.そのためにまず,『資本論』の理論体系から区別された固有の意味でのマルクス経済学の成立を,宇野弘蔵の発展段階論に求め,それは資本主義社会を総体として分析する総合社会科学としての意義を担っていたことを確認した.その上で,小幡氏の『批判』三書が,宇野の歴史的発展段階論の限界を見据えた全面的な改革プロジェクトであり,それは総合社会科学としてのマルクス経済学の再建への礎石となるとした.ただしそのためには,(1)景気循環の変容の理論化,(2)外的条件と歴史的・制度的要因とを峻別した上での原理論の再構築,(3)資本主義の歴史的多様性を再解釈するための歴史理論の再構成など,残された課題は多い.厖大な先行研究を十分吟味しつつ,マルクス経済学の理論・実証研究を一層推進していく必要がある.
著者
岸 保行 鈴木 信貴
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.80, no.3-4, pp.31-44, 2016-01-01 (Released:2022-02-25)
参考文献数
25

本稿は,現場の存続と深層の競争力,能力構築の関係について,富士ゼロックスマニュファクチュアリング(株)新潟事業所の事例を基に分析した.事例調査では,事業所を訪問し,工場調査と関係者へのヒアリングをおこなうとともに,工場の関連資料の収集をおこなった.本稿の分析結果からは,売却,合併によって,親会社が変わったとしても,現場の能力構築によって培かわれてきた高い深層の競争力や組織能力,さらには蓄積された知識,技術が継承されることで,その後も,扱う製品が変化したとしても高いパフォーマンスを発揮し,生産現場の存続につながるとともに,新会社の他の生産現場に影響を与えることが明らかになった.
著者
宇野 洋輔 西岡 慎一 原 尚子
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.1, pp.2-25, 2016-12-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
64

本稿は,コンファレンス「物価変動とその中での経済主体の行動変化」(東京大学金融教育研究センターと日本銀行調査統計局の共催コンファレンス第6回)の導入論文である.本コンファレンスでは,長期にわたるデフレが終息し,基調としてマイルドなインフレへと転換しつつあるわが国物価の現状を踏まえて,まず,物価変動の背景やそれに関する論点について整理する.特に,経済主体の予想形成と企業の価格設定行動が物価変動とどのような関わりを持つかについて論点を整理する.次に,物価の変動に伴い企業や家計がどのように経済行動を変え得るかについて論点整理を行う.具体的には,まず,賃金面に焦点を当て,今後の実質賃金の動向を考えていく上で重要となり得るポイントを挙げる.また,インフレ局面への転換が,これまでの現預金を中心とした家計の慎重な投資行動をどの程度変え得るのかについても論点として提示する.
著者
渡辺 努 渡辺 広太
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.1, pp.26-55, 2016-12-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
29

我が国では1995年から2013年春まで消費者物価(CPI)が趨勢的に低下するデフレが続いた.このデフレは,下落率が毎年1%程度であり,物価下落の緩やかさに特徴がある.また,失業率が上昇したにもかかわらず物価の反応は僅かで,フィリップス曲線の平坦化が生じた.デフレがなぜ緩やかだったのか,フィリップス曲線がなぜ平坦化したのかを考察するために,本稿ではデフレ期における価格硬直性の変化に注目する.本稿の主なファインディングは以下のとおりである.第1に,CPIを構成する588の品目のそれぞれについて前年比変化率を計算すると,ゼロ近傍の品目が最も多く,CPIウエイトで約50%を占める.この意味で価格硬直性が高い.この状況は1990年代後半のデフレ期に始まり,CPI前年比がプラスに転じた2013年春以降も続いている.この価格硬直性の高まりがフィリップス曲線を平坦化させた.第2に,前年比がゼロ近傍の品目の割合とCPI前年比の関係をみると,CPI前年比が低ければ低いほど(CPI前年比がゼロに近づけば近づくほど)ゼロ近傍の品目の割合が高くなるという関係がある.インフレ率が低下すると価格据え置きに伴う機会費用が小さくなるためと解釈できる.1990年代後半以降の価格硬直化は,グローバル競争などの外生的要因によるものではなく,CPIインフレ率の低下に伴って内生的に生じたことを示唆している.第3に,品目別価格変化率の分布の形状を米国や英国などと比較すると,米国などでは上昇率2%近傍の品目が最も多く,最頻値がゼロの日本の分布と異なっている.また,価格変化率の品目間のばらつきをみても,米国などではインフレ率が2%近傍のときにばらつきが最小値をとるのに対して,日本ではゼロインフレでばらつきが最小になる.これらの結果は,米国などでは各企業が毎年2%程度の価格引き上げを行うことがデフォルトなのに対して,日本ではデフレの影響を引きずって価格据え置きがデフォルトになっていることを示唆している.第4に,シミュレーション分析によれば,長期にわたってデフレ圧力が加わると,実際の価格が本来あるべき価格水準を上回る企業が,通常よりも多く存在する状況が生まれる.つまり,「価格引き下げ予備軍」(できることなら価格を下げたいと考えている企業)が多い.一方,実際の価格が本来あるべき価格水準を下回る「価格引き上げ予備軍」は少ない.この状況では金融緩和が物価に及ぼす影響は限定的である.我が国では,長期にわたるデフレの負の遺産として,「価格引き下げ予備軍」が今なお多く存在しており,これがデフレ脱却を難しくしている.
著者
中野 雅史 佐藤 整尚 高橋 明彦 高橋 聡一郎
出版者
東京大学大学院経済学研究科
雑誌
経済学論集 (ISSN:00229768)
巻号頁・発行日
vol.81, no.2, pp.2-30, 2017-01-01 (Released:2022-01-25)
参考文献数
32

本稿では,粒子フィルタを活用したポートフォリオ構築の新しい手法を提案する.特に,モンテカルロ・フィルタに基づく資産の期待リターンとボラティリティの推定により,平均分散ポートフォリオのパフォーマンスが飛躍的に向上することを示す. 我々は,状態空間モデルの枠組みにおいて,非対称性を持つボラティリティに加え,期待リターンに関する状態変数も確率過程として取り込むことにより,ボラティリティの時間変化と整合的なリターンを予測する.その結果,一般的な移動平均・分散に基づく平均分散ポートフォリオのみならず,等ウェイト(Equal Weight),最小分散,リスクパリティ(Risk Parity)などのリターン予測に依拠しない手法を凌駕する運用成果が実現可能なことを明らかにする. また,投資対象としては,国内外の株式・債券に加えリート(REIT)を組み入れ,空売り禁止条項や取引費用,投資比率制約も考慮することで,より現実的な国際分散投資を考察する.さらに,ポートフォリオのパフォーマンス指標として,複利リターンやシャープ・レシオに加え,実務的には重要な指標であるソルティノ・レシオや最大ドローダウンも採用し,多角的に評価することにより,我々の提案する手法の有効性及び頑健性を確認する.