- 著者
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苅谷 愛彦
- 出版者
- The Association of Japanese Geographers
- 雑誌
- Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
- 巻号頁・発行日
- vol.68, no.1, pp.75-85, 1995-06-30 (Released:2008-12-25)
- 参考文献数
- 29
- 被引用文献数
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周氷河環境下において,地温は物理風化やマスムーブメントの様式と強度を規定するもっとも重要な要因の一つである。したがって,そこでの地形プロセスを量的に論じようとする際には,年間の地温データが必要となる。日本の高山では風衝斜面で長期の地温観測が試みられてきたが,残雪凹地における観測例はきわめてまれである。このため,残雪凹地における凍結融解作用の発生状況とその季節分布,凍土層の有無といった基本的な問題さえ十分に確かめられていない。本研究では月山の亜高山帯の風衝砂礫地と残雪砂礫地のそれぞれ1地点において,地温の通年自動観測を行った。風衝砂礫地の最大積雪深は0.3m以下であるが,残雪砂礫地では30m以上に達する。 風衝砂礫地では主として日周期性の変化をもっ凍結融解サイクルが秋にひんぱんに生じた(地表で24回, 10cm深で2回)。その後,各深度で地温は低下し,深度50cm以上に達すると考えられる季節凍土層が11月から翌年5月まで形成された。季節凍土層の形成初期における凍結前線の地中への降下速度はきわめて速かった。 5月の季節凍土融解期にはひんぱんな凍結融解サイクルが再び生じた。結局,風衝砂礫地における年間の凍結融解サイクル数は地表で51回, 10cm深で13回に達した。これは他の日本の高山の風衝砂礫地で観測された凍結融解サイクル数と調和的である。 一方,残雪砂礫地においても,残雪が消失し,地表面が積雪におおわれるまでの10月~1.1月にかけて数回の凍結融解サイクルが生じたが,それは地表に限られた。同じ時期,5cm以深では凍結融解サイクルが全く発生しなかった。 11月上旬に根雪となって以降,翌年の消雪直前 (8月下旬)まで各深度の地温は0.1~-0.1°Cの間で安定し,深度約20cmに達する季節凍土層が形成された。季節凍土層の形成時に見られた凍結前線の降下速度はきわめて緩慢であった。残雪が完全に融解した直後に地温は急昇し,その後は凍結融解が全く発生しなかった。結局,残雪砂礫地における年間の凍結融解サイクル数は地表で20回に達したものの, 5cmと15cm深ではそれぞれ1回だけであった。このように,風衝斜面にくらべて残雪凹地では凍結融解作用の発現頻度が著しく少ない。これは冬季の土壌凍結の進行を妨げる積雪の厚さと残雪の滞留期間の長さに起因すると考えられる。