著者
菅 浩伸 高橋 達郎 木庭 元晴
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.114-131, 1991-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
37
被引用文献数
11 12

本研究の目的は,琉球列島・久米島西銘崎の完新世離水サンゴ礁で行った9本の掘削試料をもとに,完新世の各時相における礁原の形成過程の時空間関係を明らかにし,それに関わった地形形成環境を明らかにすることである。試料の解析は,礁の地形構成における掘削地点の水平的な位置関係と掘削試料の放射性炭素年代とその試料の垂直的な位置関係にとくに留意して行い,次のような結果を得た。 7500-2000年前の期間における相対的海水準変化は,海面上昇速度から以下の3っの時相に区分される。 1. 約7500-6500年前:約10m/1000年と急速な海水準の上昇期 2. 6500-5000年前: 3m/1000年以下の海水準の上昇期 3. 5000-2000年前:海面安定期現礁原にあたる部分の礁地形の形成過程は, 3つの形成段階に分けられる。 1. 初期成長期:礁形成の開始は約7500年前である。初期成長段階における礁形成は,完新世サンゴ礁の基盤地形における波の進入方向と斜面の方向との関係と,水深の違いを反映した成長構造の差異が認められる。 2. 礁嶺成長期: 6500-6000年前の海水準面の上昇速度の低下に対応して原地性卓状サンゴによる活発な造礁活動が認められ,礁嶺が海面に達する。この段階において礁嶺頂部がもっとも速く海面に達したのは,前段階までに形成された礁地形の深度が浅く,波の影響を強く受ける位置にあった部分である。 3. 礁原形成期:海面上昇速度の低下とそれに続く海面安定期に対応して,約6000年前に礁原の形成が始まる。まず,礁嶺中央部が海面に達し,続いて礁嶺の外洋側と礁湖側が海面に達して礁原が形成される。礁湖側の上方成長速度にっいては礁嶺中央部の上方成長が遅く,かっ水平的な連続性が悪いところほど速い。 完新世サンゴ礁形成に関わる諸要因については,主に海面上昇速度と波の進入方向がサンゴ礁形成過程に作用している。サンゴ礁形成の結果つくられた地形は,次の礁形成に作用する要因となっている。
著者
加賀美 雅弘
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.1-14, 1992-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
21

住民の健康状態(疾病)の地域差に着目することによって地域性を把握することが本稿の目的である。健康状態を表現するデータを入手することは一般に難しく,多くは歴史的な資料に限られる。ここでは,北イタリアのアルトアディジェ州(南チロルとトレンチーノ)がかつてオーストリア帝国領であった1910年に実施された徴兵検査の結果個票を分析資料とした。この資料には,徴兵検査の合・不合格の判定はもとより,不合格理由としての疾病,住所,身長,母国語など個人の属性が載せられている。 この隣接する二つの地域は,中世以来,南チロルにドイツ系がそしてトレンチーノにイタリア系の住民がそれそれ居住してきたために,両地域の性格には明瞭な差異が観察される。この違いは住民の健康状態にも反映されている。たとえば徴兵検査の結果である合否の割合を見ると,南チロルに比べてトレンチーノでは不合格者の割合が高い傾向にある。また,疾病の種類にも地域的な違いが認められる。とりわけ注目されるのが,トレンチーノの農村,山地地域に目立って発生する皮膚病と甲状腺疾患である。この二つの疾病は, 1910年当時,トレンチーノに蔓延していたペラグラと甲状腺腫を意味するものと言える。そこで,この二つの疾病に関与する地域の諸要素を総合的に捉えることによって,疾病に着目したトレンチーノの地域性を描写することができた。
著者
田中 恭子 カセッティ E.
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.15-31, 1992-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
39
被引用文献数
1 1

人口転換理論の最終段階における出生率の低下は,周期的な変動をすることに特徴が見られる。欧米先進諸国と同様に,日本でも周期的変動がみられたが,空間的側面の変動にっいては余り研究が行われていない。本研究は1950年から1985年の間における日本の出生率の空間的変動,及びその都市化レベルとの関係の変遷にっいて分析を行った。分析方法はエックスパンション法に基づき,パラメーターの変化を検証した。その結果,第二次ベビーブームは,伝統的な都市・農村問の出生率較差の逆転をまねく,、特異な空間的パターンを出現させ,また上昇・下昇のサイクルは特に都市において激しかったことが明らかとなった。
著者
シュルンツェ・ ロルフD.
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.32-56, 1992-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
71
被引用文献数
1 5

本稿は旧西ドイツにおける日本企業の空間的拡散を,経済の重心の北から南への移動を背景たして説明する試みである。従来の研究は日本企業のデュッセルドルフへの集中を指摘しているが,この指摘は動態的な視点からみると現状に合わない。既に日本企業の分布は拡散段階に入ったと考えられる。 階層的拡散プロセスのイPノベーション中心はハンブルク,フランクルフト,シユツトガルトとミュンヘンであり,各中心からその周辺地域に向かう波状的拡散はそれぞれ異なった時期に生じた。商業・サービス業部門では階層的拡散が,生産部門では波状的拡散がみられ,拡散は主に南方に向かった。 上記の拡散プロセスを説明するたあに,いくっかの仮設を非線形重力型重回帰モデルを用いて検討した結果,三っの要因が拡散メカニズムの決定に関して有意性を示した。第一の要因は日本企業の情報ネットワーク(特に日本商工会議所の会員である企業),第二はデュッセルドルフからの距離,第三め要因は中心性である。 日本企業の立地行動は,一方では旧西ドイッの都市システムの変化に影響され,他方では日本企業自体の構造変化の影響を受けている。商業・サービス・生産の各部門はそれぞれ特徴的な立地パターンを示す。以上の結果より,拡散の進んだ段階においては外国企業の立地行動が都市システムの変化の簡便な指標となりうることが示唆された。
著者
中川 正
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.139-155, 1990-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
33
被引用文献数
1 2

本稿は,超有機体的文化が文化景観を形成するとする従来の全体論的な理論の反省から,演繹的な景観解釈モデルを構築し,それを合衆国ルイジアナ州における墓地景観の解釈に適用したものである。まず,究極的には個人のみが墓地景観を形成する営力になりうるとの前提から,人間の行為のモデルを構築した。このモデルによると,文化は人間を支配する実体として捉えられるのではなく,個々の人間が自分の意志に基づいて行う集団へのアイデンティティの表現とみなされ,その文化は集団間の比較のみによって発見される。各々の個人が表現するアイデンティティの対象は様々であるので,文化はいわゆる文化地域間の比較からのみではなく,宗教,人種都市・農村など様々な集団の比較によって発見されうる。本稿では,その中から (1) 北ルイジアナと南ルイジアナ, (2) カトリックとプロテスタントという2対の集団の墓地景観を比較することによって,それぞれの文化を発見することを試みた。層別抽出法によって抽出された236の墓地の実地調査と,その後の分析・統合の結果,本稿で構築したモデルが,従来の超有機体的理論と比較して,分布の説明,体系的な叙述,地域区分,集団の特性の理解などの文化地理学の目的追究のうえで,より効果的であることが示された。
著者
松本 淳
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.156-178, 1990-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
49
被引用文献数
8 9

熱帯におけるグローバルな風系の季節変化を主に850 mb面について解析し,気象衛星観測による赤外長波放射量を用いた雲分布の季節変化との関係を明らかにした。 850 mb面での赤道西風が,急激に位置や分布を変えることが,季節推移のなかで,しばしば認められた。広域でその変化が起こる時期は,3月上旬・3月下旬・4月中旬・5月中旬・6月中旬・7月下旬・9月上旬・10月初旬・10月下旬・ll月中旬・12月下旬に認められた。これらの時期には,雲分布においても大きな変化が認められることが多く,グローバルな熱帯地域の自然季節が,11に区分できた。 これらの各季節の850mb面の風とOLR分布の季節合成図を作成し,各季節の特徴を記載した。各大陸毎の季節変化過程における違いが明らかにされ,雲分布の季節変化とは時期がずれることが多いことがわかった。また,各経度帯によって,赤道西風が出現する季節は異なっており,季節変化過程を3つの型に類型化した。年間を通して赤道西風がみられるのは,インド洋地域のみであった。さらに,赤道西風の北限・南限・分布最小期におけるグローバルな分布域が示された。
著者
増原 孝明
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.179-187, 1990-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
17

東京都心付近と周辺の郊外部のタワーデーター等を使用して,接地層の鉛直熱拡散係数 (Kz) の季節変化,時間変化の地域的な傾向の相違を調べた。 この結果,夏期を除いて夜間に都心域のKzが郊外域のKzをかなり上回る傾向が見られ,特に12月の夜間にその傾向が顕著であった。そして,日中のKzの最大値を早朝の最小値と比べると,郊外域では前者は後者の40~80倍程度,都心域では10~20倍程度を示した。都心域の地表面粗度の影響はKzの日変化幅と比較するとさほど大きくないが,夜間にはある程度見られた。 これに引き続き高濃度日の夕刻~夜間におけるCO濃度の簡単な数値シミュレーションを実施した結果,都心型及び郊外型の二つの濃度時間変化タイプが,夕刻の接地逆転層強度が都心部よりも郊外部でより急激に増大するという事実に起因するとみなされるKzの時間変化の違いを導入することによって,うまく説明されることがわかった。
著者
アジズ M.M.
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.188-197, 1990-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18
被引用文献数
1

本研究はクウエートにおいて, 1985年に死因の40%以上を占めた外因性疾患による死亡を地域的に考察したものである。クウエートの人口は,クウエート人と非クウエート人の2つの明瞭に異なるコミュニティから成り立っており,両グループの社会的,経済的,人口学的性格は死亡の分布に大きく影響している。 死亡率は,死因に関する国際分類により,クウエート人・非クウエート人別に, 10万人ごとに算定した。外因性死亡は細菌・寄生虫感染によるものと,心疾患・腫瘍・事故を除く,それ以外のものに分けられる。前者は,減少しつっあるが, 1980年の死亡の10%を占め,クウエート人と男性に著しく,クウエート市を含む首都地区では,死亡の半数が寄生虫病によるものである。後者による死亡は, 1970年に60%であったものが, 1980年には40%台に減少した。クウエート人の死亡者数は,非クウエート人の2倍以上に上り,クウエート人の男性と非クウエート人の女性に顕著である。死亡者数は,クウエート人・非クウエート人ともに人口密集地区において多く見られるが,呼吸器系統の疾患が,特にクウエート人の主たる死因となっている。
著者
大友 篤 カオリー リヤウ 阿部 隆
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.1-23, 1991-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
19
被引用文献数
2

本論文は, 1980年国勢調査の結果に基づき,日本における1979—80年の都道府県間人口移動の流出及び到着地選択過程を年齢別パターンをとおして明らかにしたもので,その概要は以下のとおりである。 流出過程に関しては, (1) 全体の流出率の空間パターンは,複雑であるが,体系的であり,流出率は,都道府県の経済機会や住宅事情ばかりでなく,出生地や住宅の所有の関係に関わる都道府県の人口構成に依存していることが示唆されること, (2) 流出率の空間パターンは,年齢にしたがって体系的に異なり,とくに都市地域で低く,農村地域で高いという最も単純なパターンをもつ15—19歳の年齢層と関わっていること,そして, (3) 流出率の年齢別パターンは,大都市地域の中心部と縁辺の農村県との間で著しく異なることが明らかになった。 到着地選択過程に関しては, (1) 東京都と大阪府は,流出超過を示すにもかかわらず,多数の県からの最も好ましい到着地であること, (2) 到着地選択過程は,年齢にしたがって体系的に異なり,とくに最も顕著な集中パターンを示す15—19歳の年齢層と関わっていること, (3) 35—39歳の年齢層は,かなり分散した到着地選択パターンを示し,この年齢層の東京と大阪の影響圏は,地方中核都市や出発地の近傍の到着地によって大きく分断されているごと,そして,(4)流出選択過程の年齢選好性は,大都市県からの移動者の場合にはかなり弱く,非大都市県からの移動者の場合にはかなり強いという,大都市地域と非大都市地域の間で,明瞭な対照を示していることが明らかになった。
著者
水内 俊雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.24-49, 1991-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
41

地方政府による公共サービスの供給は,経済社会政治的に多様な様相を有する。近年人文地理学において,国家や地方政府の役割,特に国家の介入と言う概念が重要視されてきた。この背後には人文地理学における多様な社会理論論争があった。本稿ではこうした欧米諸国の知的刺激を,戦前期の都市財政資料を用いて,マクロ理論的にかっ歴史的具体的に展開しようとするものである。この展開に際しては,実在論者 (Realist) の示唆する理論的多元主義 (Theoretical pluralism) を念頭においた。国家の役割に関する唯物主義的見方,そして公共サービスの地理学で得られた成果などを折衷的に利用して,戦前期の日本の都市財政構造と,公共サービスの供給パターンを明らかにした。 6大都市政府による都市建造環境への介入の圧倒的な強さが証明され,その政治的社会的背景も明らかにした。またその他の都市についても,地方特有の性格を重視することにより,公共サービス供給に関する柔軟な説明を加えることができた。
著者
菊池 多賀夫 菊池 庸子
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.69-71, 1991-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
9

仙台市中心部の街路に植裁されたシナノキの葉の展開時期が,郊外に生育する個体にくらべて約10日早いことが見いだされた。この早期の葉の展開はヒートアイランドの影響とみられ,葉の展開時期の差から逆算される市街中心部と郊外の温度差は, 1ないし1.5°C程度と見積られた。
著者
中川 聡史
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.34-47, 1990-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18
被引用文献数
1 3

本研究は東京大都市圏における5歳毎の年齢別居住パターンの特徴とその近年の変化を記述し,それらを人口移動に関連づけて説明することを目的とした。分析手法として多変量解析を用いずコーホート分析を利用し,以下の諸点を明らかにした。 5歳毎の14の年齢階級の居住パターンを1960年から1985年まで検討すると,大半が同心円的であり,一般に0~14歳と30~44歳は大都市圏内の外圏において相対的に高い構成比率を示し, 15~29歳と45歳以上は内圏で構成比率が高くなる。 1980年以降はこの傾向に多少変化が見られ, 15~19歳と45~49歳はむしろ外圏で, 30~34歳は内圏で高い構成比率を示すようになった。 2) 東京大都市圏をめぐる人口移動の主要な流れとして,大都市圏外から大都市圏の内圏への10歳代後半から20歳代前半の若者の移動と,大都市圏の内圏から外圏への20歳代後半から30歳代とその子供たちの家族の移動の2つが見いだせた。これらの2つの人口移動が前述の基本的な年齢別居住パターンの傾向を形成している。 3) 応用的なコーホート分析の結果,東京大都市圏では近年,若者全体に占める圏内育ち者の構成比率が急速に上昇していることが明らかになった。その要因として,圏外からの若者の流入数の減少とともに, 1950年代, 60年代に東京大都市圏に大量に流入した人々の子供にあたる世代が1980年頃から10歳代後半に達し始めたことが挙げられる。圏内育ちの若者の近年の居住パターンは,彼らの親世代の郊外への移動を反映して,外圏で高い比率を示す。こうした郊外の成熟が1980年以降にみられる年齢別居住パターンの変化を引き起こしていると考えられ,年齢別のセグリゲーションは少なくとも東京大都市圏の内圏・外圏というレベルでは,今後弱まっていくと予想できる。
著者
内山 幸久
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.60-72, 1990-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
7

東京大都市圏南部に位置する神奈川県では都市化・工業化が進み,都市的産業に従事する人が増加してきた。神奈川県の人口は国勢調査によれば1960年に3,443,162人であったのが,1985年には7,431,974人となった。人口増加とは逆に農家数や農家人口が減少し,特に農家人口はその25年間に50%以上の減少率を示した。また耕地面積も25年間に54.7%の減少率を示し,多くの農地が都市的土地利用に変わってきた。しかしその中で三浦市は東京への通勤圏内に位置するにもかかわらず,耕地面積の減少は少なく,スイカ・ダイコン・キャベツの産地となっている。一方,果樹園は1960~75年に増加したが,その後その面積はわずかに減少した。果樹園の多くは温州ミカン園であり,温州ミカンは県西部の山麓傾斜地で多く栽培されている。 神奈川県では乳牛や豚や採卵鶏の飼育農家数は1960年以降減少してきたが,家畜飼育頭羽数は1975年以降あまり変化せず,農家の家畜の生産性が増加してきた。 1960~85年の農業粗生産額により,各市町村における農業所得型をみると,県東部から中央部にかけての都市化が激しい地域では,野菜類を第1位とする市町が増加してきている。また,県西部では果樹類を第1位とする市町が増加してきている。さらに県の東部から中部にかけて花卉類を農業所得型に含む市町が増加してきた。さらに県西部では植木苗木類を農業所得型に含む町村が近年に増加してきた。一方,県の東部から中部にかけて,農業生産の型に乳牛・豚・採卵鶏を含む市町が増加してきている。生産された農産物の多くが東京大都市圏の市場で販売されている。
著者
新井 正
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.88-97, 1990-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
17
被引用文献数
5 7

都市の人工的な地表面や地中構造物は,地下水・河川などの水の循環を変化させる。都市の拡大により,この変化は広い地域に及ぶようになる。水収支・水量の変化に加えて,水質の悪化が都市水文のもう一つの要素になる。 東京の河川は低地部の河川と,台地部の小河川に分けられるが,特に後者に都市化の影響が著しく現れる。地下水位の低下により小河川の水源が枯渇し,水質の悪化をももたらす。地下水位の低下の原因は,コンクリートなどによる雨水浸透の減少,地下水の揚水,下水道や地下道への地下水の流入などにある。一方,上水道からの漏水が地下水を補給している。これらは土地利用の変化と密接に関係しているので,土地利用の変化と流出率とを基礎にして,東京の水収支変化を推定した。その結果,特に1960年代に収支の悪化があったことが推定された。 東京の小河川の水源である湧水の分布を調査した結果,武蔵野台地の中央部や低い崖にそう湧水の多くは既に枯渇し,武蔵野礫層を切る高い崖にそう湧水のみが活発であることが明らかになった。湧水は,小河川の水質のみならず,景観の保全にも役だっている。
著者
山下 脩二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.98-107, 1990-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
11
被引用文献数
5 7

本報告は東京の都市気候について主として地誌的観点から述べたものである。取り扱った気候要素は温度,降水量,湿度と日射量である。ただし, YOSHINO (1981), KAWAMURA (1985), YAMASHITA (1988) に部分的に東京の都市気候や大気汚染について発表されているので,ここでは主としてこれら3論文で扱われていない現象ないし観点から東京の都市気候を説明することを試みた。 気温は先ず観測開始以来からの経年変化を季節別に示した。次に東京のヒートアイランド強度を時刻別・季節別に示した。また,府中と越谷を東京の郊外地点の代表として選び,東京との気温差からヒートアイランド強度の頻度分布の日変化を求め,また,風向・風速による違いを示した。 降水量については,観測開始以来の年降水量の経年変化を求め,さらに降水日数の階級別頻度分布を示した。階級区分は, 0.0mm, 0.1-1.0mm, 1.1-9.9mm. 10.0mm以上である。また,31mm以上の対流性の雨の日数の都心と郊外の比較から,都市の影響が単純ではないことを示した。 湿度については近年急速に減少していることを示した。また,日射量については, 1972年以来の減少示数の季節別経年変化を示し,トータルでみた場合の都市大気質の変化は必ずしも改善されているわけではないことを明らかにした。
著者
松田 磐余
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.108-119, 1990-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
22
被引用文献数
3 3

東京低地は,低平でかつ軟弱地盤が厚く堆積している。この低地の土地利用は,江戸時代までは隅田川沿いに市街地が立地していた他は,農業に利用され,そこでは水害はある程度許容されていた。明治時代以降の工業化は,水害を許容できない土地利用を展開し,荒川放水路の建設を促した。また,地下水の過剰揚水により,地盤沈下を発生させ,0メートル地帯を誕生させた。 0メートル地帯は,現在68km2に達している。災害に対して脆弱な条件を元来持っていたうえに,0メートル地帯の発生は,東京低地における災害対策を一層困難にした。 東京に大被害をもたらした地震には,直下地震とプレート境界に発生する大規模な地震がある。前者の例は安政江戸地震 (1855年)で,後者の例は関東地震 (1923年)である。関東地震では同時に多発した火災による被害が著しかったので,現在の地震対策では火災対策が重要視されることになった。水害には,大河川の氾濫,高潮,内水氾濫,がある。さらに,地震による堤防の決壊などにより惹起される水害も予想される。東京都では災害対策を,長期的な都市計画や環境整備計画に取り込みながら進めてきた。なかでも代表的なのは江東デルタ地帯での取り組みである。地震に対しては6つの防災拠点が計画され,白髭東地区では完成し,他の地区でも事業が着手されている。防災拠点では,避難地としての機能が備えられる上に,日常生活でも良好な環境が整備され,災害に対して備えをもったコミュニティの育成が行われている。水害に対しては,外郭堤防や,排水機場の建設が行われると共に,内部河川の改修が進められている。不要な河川は埋め立てられたり暗渠化されて,オープンスペースとして活用されているし,有用な河川の両岸には耐震護岸が建設されている。 自然災害への脆弱性は,土地自然に求められやすいが,土地利用や災害対策と深い関わりを持つことは言うまでもない。本論では,東京低地の自然的条件,土地利用の展開,自然災害,災害対策の歴史を概観しながら,前の時代に行われた自然の改変や土地利用が,次の時代の都市改良や災害対策の初期条件となっていく過程を明らかにした。
著者
田辺 裕
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.120-132, 1990-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
1 1

従来,都市と都市住民や市民などの概念は,夜間人口に基礎をおいてきた。しかし都心行政区における夜間人口の減少と郊外市町村における遠距離通勤・通学者の増加は,この古典的概念を根底から覆しつつある。従来,都市とは居住し,働き,家族生活を営む場であったが,その主要な担い手であった都心住民は,職住分離によって郊外に転出しつつある。他方,遠い郊外からの通勤者は,都市行政と都市計画に参画すべき,公法的な権利を奪われ,しかも家族生活の場である都市に所属する意識を失いつつある。またここには生活圏の2重の分裂が見られる。 第一の分裂は通勤者相互間にある。これは旧都心に通勤する人々を除いて,多くの通勤者が家庭生活の場としての郊外と,労働の場としての新都心(副都心)群の一つとを焦点とした楕円状の分都市圏とも呼ぶべき生活圏に所属し,その圏域外の他の新都心とは精神的にほとんど無関係に生活していることである。いいかえれば,住民相互に共有する市民意識が失われていることである。第二の分裂は同一家族の構成員相互間にあって,都心方向に遠距離通勤する父,近くの郊外都市に通学する年長の子供,ごく近距離通学の低学年の子供,家に残る母や老人,それぞれの生活圏が分裂し居住市区町村への帰属意識にもずれが生じていることである。 このような都市住民を,参加度と要求度によって,伝統型,無関心型,要求型,近代型と4分類してみると,都心や農村に見られた,居住し,働き,しかも家族とともにある伝統型は減少し,郊外には職住分離した,都市行政に参加しない無関心型や要求型が増加して,他方市民意識を持とうにも住民ではない近代型が現れている。
著者
野元 世紀 杜明 遠 上野 健一
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.137-148, 1989-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
9
被引用文献数
2 1

雲南省西双版納の景洪,劾養盆地で1986年~87年, 88年~89年の寒霧季,冷気湖と霧の観測を行なった。盆地大気下層の気温プロファイルは霧形成時に大きく変化する。霧形成時に気温の逆転層,すなわち冷気湖が発達する。しかし下層の逆転は霧形成時に消滅し,不安定なプロファイルが形成される。 逆転層や不安定大気の発達は盆地内の地形環境に強く影響される。そのため両盆地における夜間の気温プロファイルの変化は異なる。霧の発達は気温のプロファイルに関係するので霧のラィフサィクルについても両盆地で差が見られた。さらに冷気湖の発達や霧の形成にメソスケールの循環系の関学が示唆された。
著者
吉野 正敏
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.149-160, 1989-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28

この論文は先ず気温・霜・降雨・霧・日照などの気候条件について論じ,次にそれらがゴム,茶,米,サトウキビなどの栽培に与えるインパクトについて論じた。寒波はまれではなく,上記の熱帯作物にひどい被害をもたらす。斜面では冬もなく夏もないよい気候は1,300mから1,650の高度に認められる。谷間や盆地底では周辺の斜面とは異なる条件をもっており,違った作物栽培や異った収穫季のために利用される。春の干ぽつは年によりひどい。灌潮iがその対策のために必要である。また,気候変動,寒波,局地循環などの気候条件が西双版納の山地農業の発展を考える上で重要であることを論じた。
著者
安成 哲三 田 少奮
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.161-169, 1989-12-31 (Released:2008-12-25)
参考文献数
11
被引用文献数
3 4

中華人民共和国の雲南省全域における寒波の時空間構造を,28年間 (1958~1987) の冬 (12, 1, 2月)の月平均気温偏差に主成分分析の手法を適用することにより調べた。また,卓越する寒波のモードが,中国全域に影響を及ぼす寒波の卓越モードと,どのような関係にあるかを,中国全土160地点の同じデータの主成分分析の結果と比較することにより,考察した。その結果,雲南省全域で最も卓越する寒波の型は,より巨視的にみると,チベット高原から雲貴高原,さらに華南南部にかけての山岳・丘陵地にのみ集中して襲来する寒波(雲南モード)に対応していること,これに対し,長江の中・下流を中心として中国平原部全域に最も卓越する寒波(平原モード)の影響は,雲南省では比較的小さく,よりローカルであることがわかった。雲南モードの寒波は,チベット高原から吹き降りて来る寒気団と,高原北(東)縁を地形に沿って流れ降りて来る沿岸ケルヴィン波的な寒気団の振舞いが重要であることも示唆された。 これら二つの寒波のモードに対応する大規模循環場を,北半球全域の500mb高度偏差と,地上気圧偏差の合成図手法により,調べた。その結果,雲南モードは,偏西風の遙か風上側である,ユーラシア大陸西部と北大西洋からグリーンランド付近での循環場の偏差と密接に関連していること,これに対し,平原モードは,中国北東方のシベリア中・東部での低指数型循環と寒気団の南下に,より直接的に対応していることが明かとなった。