著者
立岡 弓子
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.14-21, 2020 (Released:2021-07-23)
参考文献数
4

女性にとって、自動車運転は身近な移動手段となっている。女性は、性周期により、またエストロゲン分泌状態により、男性に比べて体調に変化が生じやすい。この女性の性と生殖に関する健康状態について、ホルモン動態を中心に理解し、さらに心理社会的健康への影響についても包括的にとらえていく健康科学分野にウイメンズヘルス学がある。ウイメンズヘルス学の考え方から、女性の自動車運転への影響を女性のライフサイクルごとに解説した。女性の性周期による体調の変化は、自動車運転に影響を与えているが、これまで交通医学や交通科学において、ウイメンズヘルスの視点から交通事故への影響要因は検証されていない。今後は、男性とは異なる視点で女性特有の自動車運転への影響要因について、ウイメンズヘルスの視点から交通科学の知見を再考していくことを願っている。
著者
馬塲 美年子 一杉 正仁
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.42-49, 2020 (Released:2021-07-23)
参考文献数
8

近年、体調変化に基づいた健康起因事故が問題となっており、特定の病気に罹患している運転者の事故に対して、一定の要件の下に危険運転の適用が可能となる法律が新設された(2014年)。また免許取得・更新の際、免許の欠格事由となる一定の病気に対するチェックが強化された(2014年)。しかし、健康起因事故は特定の病気や一定の病気だけでなく、いわゆるcommon diseases or symptomsに基づく体調変化でも起こり得る。日常的に誰もが経験する体調変化は、運転に際してのリスクとして意識されにくいが、死傷事故の原因となり得る。 そこで、健常な人であっても日常的に経験することが多いcommon diseases or symptomsに起因した交通事故の予防策を講じる知見を得ることを目的として、かぜ症候群、腹痛、誤嚥(むせ)に基づく事故事例および判例について検討した。対象は15例で、事故当時の平均年齢は51.1±13.3歳であった。職業運転者が3分の2(10人)を占めていた。疾患・症状は、かぜ・くしゃみが各5例、インフルエンザが2例、咽頭炎・腹痛・誤嚥(むせ)が各1例であった。刑事処分結果が明らかな事例は8例あり、被疑者死亡による不起訴の1例を除き、全例有罪判決が下された。有罪7例中、6例は運転中止義務違反、1例は運転避止義務違反で過失が認められた。一定の病気や特定の病気に罹患している運転者と同様に、比較的軽微な疾患・症状であっても、体調不良時の運転は避けること、運転を継続しないことが重要であると考えられた。実刑判決は3例あり、いずれも職業運転者であった。職業運転者の健康起因事故では、事業者も法的責任が問われることがある。事業者もcommon diseases or symptomsの運転リスクを認識し、日頃からの基本的な対策を怠らないことが必要である。
著者
馬塲 美年子 一杉 正仁
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.26-34, 2020 (Released:2021-04-02)
参考文献数
13

近年、高齢の免許保有者は増加しており、交通事故発生件数における高齢者率も年々増加している。2017年の道路交通法(以下、道交法)改正で、認知機能検査で第1分類(認知症のおそれあり)と判定された高齢者は、免許の更新時に医師の診断書提出が義務づけられたが、高齢者の事故の原因は、認知症に起因したものばかりではない。そこで、増加する高齢者事故の特徴、および事故を起こした高齢運転者の法的責任を検討し、事故予防策を講じる知見を得ることを目的として、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行後に発生した高齢運転者(65歳以上)による事故の刑事裁判例について検討した。対象は26例で、運転者の平均年齢は76.0±7.4歳であった。3人は、職業運転者であった。何らかの疾患に罹患していた運転者は7人で、認知症、てんかん、糖尿病、心臓病、がん、難聴、白内障であった。事故原因は、不適切な操作(アクセルとブレーキの踏み間違いなど)が9例ともっとも多かった。有罪となったのは23例で、過失運転致死傷が20例、危険運転が2例、道交法違反(酒気帯び)が1例であった。過失運転では、結果の重大性、基本的な注意義務の違反、悪質性が認められるケースでは起訴されて公判が開かれる可能性が高くなる。そしてその結果や注意義務違反・悪質性がとくに重いと判断された事例では実刑判決が下されていた。量刑において、高齢であることや長期間の安全運転経歴が考慮されることもあるが、過失の刑事責任は免れない。また、故意が認められる危険運転では、高齢などの諸状況が考慮される余地は少ないと考えられた。高齢運転者の事故は、認知症患者の免許を取り消すことだけでは解決できない。運転経験を過信することなく、加齢に伴う運転能力の低下を自覚できるようなサポートが必要であろう。また、高齢の就業者が増加するなか、高齢者を雇用している事業者による安全対策も求められよう。
著者
馬塲 美年子 一杉 正仁
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.26-34, 2020

近年、高齢の免許保有者は増加しており、交通事故発生件数における高齢者率も年々増加している。2017年の道路交通法(以下、道交法)改正で、認知機能検査で第1分類(認知症のおそれあり)と判定された高齢者は、免許の更新時に医師の診断書提出が義務づけられたが、高齢者の事故の原因は、認知症に起因したものばかりではない。そこで、増加する高齢者事故の特徴、および事故を起こした高齢運転者の法的責任を検討し、事故予防策を講じる知見を得ることを目的として、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律施行後に発生した高齢運転者(65歳以上)による事故の刑事裁判例について検討した。対象は26例で、運転者の平均年齢は76.0±7.4歳であった。3人は、職業運転者であった。何らかの疾患に罹患していた運転者は7人で、認知症、てんかん、糖尿病、心臓病、がん、難聴、白内障であった。事故原因は、不適切な操作(アクセルとブレーキの踏み間違いなど)が9例ともっとも多かった。有罪となったのは23例で、過失運転致死傷が20例、危険運転が2例、道交法違反(酒気帯び)が1例であった。過失運転では、結果の重大性、基本的な注意義務の違反、悪質性が認められるケースでは起訴されて公判が開かれる可能性が高くなる。そしてその結果や注意義務違反・悪質性がとくに重いと判断された事例では実刑判決が下されていた。量刑において、高齢であることや長期間の安全運転経歴が考慮されることもあるが、過失の刑事責任は免れない。また、故意が認められる危険運転では、高齢などの諸状況が考慮される余地は少ないと考えられた。高齢運転者の事故は、認知症患者の免許を取り消すことだけでは解決できない。運転経験を過信することなく、加齢に伴う運転能力の低下を自覚できるようなサポートが必要であろう。また、高齢の就業者が増加するなか、高齢者を雇用している事業者による安全対策も求められよう。
著者
寺島 孝明 大賀 涼 加藤 憲史郎 田久保 宣晃
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.8-17, 2018

警察庁発表の交通事故統計によれば、国内の2012年の交通事故発生件数約67万件のうち被追突車両が停止中の追突事故は約21万件であり、その内の13%が多重追突事故に至っている。本研究では、被追突車両が前方へと押し出されて、さらに前方に停止している車両等に衝突して二次被害を発生させる形態の多重追突事故を研究対象とした。追突事故の実態を把握するため、東京農工大学のヒヤリハットデータベースから追突事故時のドライブレコーダの記録を解析した結果、停止中または減速中に追突された車両の運転者の64%が、衝突の衝撃によりブレーキ操作を維持できずに中断していた。このブレーキ操作の中断中に、被追突車両は前方へと押し出され、一部の事故では多重追突事故に至っていた。そこで、本研究では追突事故における被追突車両にポストクラッシュブレーキシステムが搭載されており、追突直後に自動ブレーキ(ポストクラッシュブレーキ)が作動したと仮定して、被追突車両が押し出される距離を推定し、多重追突事故の削減の可能性を検討した。実車による追突事故の再現実験から車両追突時の反発係数を求め、得られた反発係数をドライブレコーダに記録された事故に適応することで、被追突車両が押し出される速度ならびに距離を推定した。ここで停止中の車列の最後尾とその前車との車間距離を2.5mと仮定した場合、最後尾の被追突車両が2.5m以上押し出された場合に多重追突事故に至ることになる。ドライブレコーダに記録された24件の追突事故のうち6件の事故で2.5m以上前方へと押し出されたと推定された。これらの事故に対して事故直後にポストクラッシュブレーキが作動したと仮定した場合、5件の事故で押し出し距離が2.5m以下に抑制できたと予想された。以上のことから、ブレーキ操作中に追突された際にポストクラッシュブレーキにより、被追突車両が前方の車両と衝突する二次被害を削減できる可能性が示唆された。
著者
松井 靖浩 及川 昌子 一杉 正仁
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.11-19, 2016 (Released:2018-03-01)
参考文献数
9

都市部における自転車の走行状況を明確にすることで、交通事故発生メカニズムを解明し、交通安全対策を行うための基礎資料に資することを目的とする。本稿では、最初に朝の通勤時間帯に信号機のない交差点における自転車乗員の行動特性を分析した。その結果、自転車の交差点進入時の平均走行速度は3.09m/sであった。また、進行方向に向かって道路中央より左側と道路の左路側帯を走行する自転車乗員が86%を占め、多くの自転車が道路の左側を走行していることが分かった。ただし、この交差点の左角には建物があり、交差道路を行き交う車両、自転車、歩行者が自転車乗員には死角となり、交差点進入直前まで認識が困難な環境であった。このように、道路の左側を走行する自転車がある程度の走行速度を保ち、安全確認をせずに交差点に進入する自転車乗員の行為は、とくに走行音を伴わない電気自動車や自転車が接近した場合、出会頭による車両等との衝突事故の起因になり得ることが予想される。次に、車両に搭載したドライブレコーダより取得できるニアミスデータを用い、車両と自転車との接近状況を分析した。車両と自転車との接近状況について、死亡事故とニアミスを調査した結果、いずれの事象も車両が直進し、前方を自転車が横断する事例が最も多い傾向にあった。本結果から、ニアミスデータは事故状況を把握する上で活用可能であると考えられる。そこで、ニアミス事象において車両が直進し自転車が横断するケースに着目し、衝突予測時間(TTC)を算出した。その結果、建物や車両などの物陰から自転車が飛び出す場合のTTCは、障害物なしの状態で飛び出す場合のTTCと比べ有意に短いことが判明した。これら2つの結果より、自転車乗員、車両運転者共に建物などの障害物により見通しが悪く、相手を認識できない場合、出会い頭での交通事故に至る可能性が極めて高くなることが推察される。今後、本分析結果に基づき、自転車専用のカーブミラー等の新規設置により視界が改善されることが望まれる。さらに、自転車検知型被害軽減装置の開発や保護性能評価手法において、本分析結果が反映されることが期待される。
著者
一杉 正仁 山内 忍 長谷川 桃子 高相 真鈴 深山 源太 小関 剛
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.50-57, 2016 (Released:2018-03-01)
参考文献数
11
被引用文献数
1

職業運転者における健康起因事故予防のために行うべき指導および啓発内容を具体的に明らかにするために、栃木県タクシー協会に所属する全タクシー運転者2,156人を対象に、無記名自記式のアンケート調査を実施した。844人から調査用紙が返送され(回収率は39.1%)、平均年齢は60.7歳であった。所属事業所の保有車両台数は30台未満(中小規模)が60.4%、30台以上が39.6%(大規模)であった。乗務前に体調が悪くても運転したことがある人は有効回答の28.5%であり、この割合は大規模事業所の運転者で有意に高かった。運転した理由として、運転に支障がないと判断したこと(59.0%)、収入が下がること(57.9%)が多かった。運転中に体調が悪くなったことがある人は有効回答の32.6%であり、その時、会社に申告して運転をやめた人が55.3%、しばらく休んでから運転を続けた人が26.5%、そのまま運転を続けた人が14.6%を占めた。体調が悪い時は運転を控えるよう指導された人は有効回答の76.0%、体調が悪い時に言い出しやすい職場環境であると回答した人は83.9%であり、いずれも事業所の規模による差は認められなかった。また、自身の健康と運転について、会社でしっかり管理してほしいと回答した人が34.0%を占め、27.2%の人がより頻回の健康診断受診を希望していた。健康起因事故の背景と予防の重要性が会社の規模によらずタクシー業界に十分浸透していないこと、厳しい労働環境がタクシー事業所全体に共通しているため、健康起因事故の予防を推進する経済的余裕がないことが分かった。健康起因事故を予防できるように、運転者自身が体調不良によるリスクを認識し、健康管理に対する意識の持ち方・知識を高めていくこと、これを事業所がサポートするシステムを構築することが重要である。
著者
奥野 隆司 井上 拓也 吉田 希 仲野 剛由 西岡 拓未 石黒 望 一杉 正仁
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.24-31, 2018 (Released:2019-12-21)
参考文献数
18

失語症患者において自動車運転再開に必要な言語能力を明らかにすること、失語症患者に対する効果的な運転支援策を明らかにすることを目的に、脳卒中後の失語症患者で運転再開に至った6症例を検討した。失語症の検査として、Standard Language Test of Aphasia(SLTA)を実施した。神経心理学的検査として、Mini Mental State Examination(MMSE)、Trail Making Test(TMT)-AおよびB、Kohs立方体組み合わせテストを実施した。運転の評価・訓練には、簡易ドライビングシミュレーター(DS)を用いた。SLTAにおいて文字認識・理解は全6人で良好であった。一方、6人全員が減点されたのは「口頭命令に従う」・「語の列挙」であった。神経心理学的検査では、MMSEで基準値を下回った者が3人、TMT-Bを完遂できなかった者が1人であった。DSでは、訓練当初から運転能力にほぼ問題のなかった者が3人、訓練当初は運転能力に問題はあったものの徐々に改善がみられた者が3人であった。失語症の検査で文字認識・理解の程度を把握することは重要である。そして、失語症患者では、神経心理学的検査だけで運転再開の可否を判断することは困難であり、DSを用いた運転評価及び訓練が有用であった。失語症患者では、神経心理学的検査や文字認識・理解の程度を評価したうえで、DSを用いた運転能力の評価と訓練を継続的に実施することが重要である。
著者
半田 修士 モハンマド ズルファデゥリ 松井 靖浩 及川 昌子 水戸部 一孝
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.19-28, 2017

平成27年中の状況別交通事故死傷者において、歩行中の事故により死亡する割合が37.3%と最も高く、次いで自動車乗車中が32.1%、自転車乗車中が13.9%の順に多い。さらに、平成27年中の自転車乗車中の死者数に占める高齢者の割合は65.0%であり、自転車乗車中の致死率は高齢者が最も高い。以上より、高齢者ほど交通事故に遭った時に致命傷になり得るため、安全に自転車を乗用するための対策が必要である。本研究では、自転車運転中の交通事故誘発要因を評価するための自転車運転シミュレータを開発した。この装置は、バーチャルリアリティ(VR)技術で仮想交通環境を構築し、モーションキャプチャ技術でVR環境下における自転車運転動作を計測することができる。本システムを用いることで擬似的な車道横断を体験することが可能であり、車道横断時の交通事故誘発リスクを検討できる。高齢者18名および若年者15名を対象として、自転車で車道を直進している状態から横断し終えるまでの動作を本システムにより計測した。本検査では手前車線において若年者で0件、高齢者で30件(17%)事故に遭った。そのため、手前車線で2回以上事故に遭っている高齢検査参加者を交通事故の「高リスク群」、手前車線での事故が1回以下の高齢検査参加者を「低リスク群」、若年検査参加者を「若年者群」に分類し行動の差異を調べた。本論文では自転車乗車時の頭部とVR空間上の自転車の動きを解析し、車道横断に要した時間、横断直前の後方確認に要した時間および後方確認を終えてから車道に進入するまでに要した時間を算出した。その結果、車道横断時に車道上に長く滞在していること、車道に進入する前の最終後方確認に費やす時間が短いこと、最終後方確認から車道に進入するまでに時間を長く費やしてしまうことが交通事故リスクを上昇させる要因であることを明らかにした。
著者
渡邉 修
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.3-11, 2017 (Released:2019-02-21)
参考文献数
21

交通事故後、脳外傷に起因する高次脳機能障害を発症することがある。その発症には、受傷時の意識障害の程度が強く関連し、Glasgow Coma Scaleにて8点以下の重症例では高次脳機能障害は必発する。受傷機転から前頭葉および側頭葉が損傷を受けやすいことから、高次脳機能障害の中でも、特に注意障害、遂行機能障害、記憶障害および社会的行動症障害がみられやすい。社会的行動障害としては、自発性の低下、うつ、易怒性等がみられ、社会復帰を阻害する大きな要因であり、その家族の精神的負担感も大きい。交通事故は、生産年齢である若年層に多いことから、その後遺症と対応策についての社会的関心は高い。重症例であっても、脳外傷は時間をかけながら緩やかに回復していく。したがって、医療機関は、患者および家族に対し、メンタル支援を視野にいれ、地域の社会資源と連携し、継続的な包括的リハビリテーションの体制を構築していく必要がある。
著者
國行 浩史
出版者
一般社団法人 日本交通科学学会
雑誌
日本交通科学学会誌 (ISSN:21883874)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.29-38, 2012

国内の追突事故における被追突車両乗員の負傷者は交通事故負傷者全体の約35%を占め、今後の交通事故死傷者の低減に向けて注目されている事故の一つである。しかし、軽傷者が多いため傷害発生メカニズムを分析する場合、調査数が限られている国内のミクロデータでは重症となる事故例が少なく、要因解析をするための回帰分析などが困難である。そこで本研究では、情報は限られるが国内のマクロデータを用いて順序ロジスティック回帰分析を行い、被追突車両の乗員傷害に対する傷害予測手法の確立とその影響因子の明確化を行った。その結果、衝突前後の車両速度差ΔV、車両損壊程度、シートベルト着用有無、乗員の年齢及び自車の車両種別が有意となる傷害予測式が求められた。また、この傷害予測式はマクロデータによる死亡重傷率と大きな乖離なく予測ができ、国内のミクロデータの事例を概ね予測できることを確認した。さらに、ΔVやシートベルト着用などこれらの因子が傷害リスクに与える影響度を明らかにすることができた。この予測を用いると、被追突車両乗員の大半を占める状況であるシートベルトを着用しΔV≦60㎞/hの場合の死亡重傷確率は20%以下であり、50%以上の条件は限定されていた。このように、被追突車両の乗員傷害予測による重症度判定は死亡重傷確率の小さい条件から多くの負傷者が発生することが見込まれ、オーバートリアージの判定が必要であり、傷害予測を行う上で感度とオーバートリアージ率のバランスが大きな課題であることが分かった。