著者
成瀬 哲生
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.53-65, 1994-12-03

中国パミールの少数民族である, タジク族の言語状況(二方言, 公教育言語はウィグル語, カリキュラムにある漢語の学習), 経済生活(主に牧畜)の停滞, 公教育の低水準は, 辺境における中央集権的近代国民国家形成過程の不可遊的現象である. しかし, ボーダーレス化は, パミールにおいても進むものと予想される. 国境の垣根が低くなれば, 必ずしも少数民族であることが弱者の立場を意味するとは疲らなくなる. 彼らの宗教であるイスマイーリ一派の, イスラム原理主義とは対極にあるような, 国際性と地域の現実に対する柔軟なアプローチの実績からも, 今後, 特にパキスタンの同じくイスマイーリ一派のフンザ地域との交流を活発化させ, パミールの現況を大きく変貌させる可能性がある.
著者
辻本 雅史
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.39-51, 1994-12-03

1993年8月, パミール高原を南北にはさむ高所辺境のふたつの地点(パキスタン国のいわゆるフンザ, 中国新彊ウィグル自治区南西端のキルギス族の寒村)で, 子どもの生活と教育事情を調査した. 本稿はそのうちフンザでの調査報告である. イスラム教イスマイリ一派の結束の強いフンザにおいては, 教育は宗教上の精神的首長アガ・ハーンの財団によって積極的な近代化が推進され, 大きな成果をあげつつある. その実情と特徴を報告し, 今後の可能性を展望する.
著者
安井 眞奈美
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.61-78, 2000-06-30

目次氏名「安井 真奈美」文化人類学を専攻する筆者は, これまで日本やミクロネシア地域を主なフィールドとして, 出産に関する慣習や人々の考え方の変化を明らかにしながら, 文化変容や「近代化Jについて論じてきた. 今回, ブータン王国を訪れる機会を得, 同じく出産というテーマから, ブータン社会の現状に迫りたいと考えた. 出産に注目することは, ブータンの死生観を明らかにする切り口を得るばかりでなく, ブータンの医療の現状を垣間見ることにもつながる. 本稿では, 筆者の現地調査の成果に基づき, ブータンの伝統的な出産の方法や出産に関する慣習を紹介し, あわせてティンプー総合病院にて出産に立ち会った様子の記述を試みた. 90%以上の女性が自宅で分娩している昨今, 出産環境の改善は最重要課題のーっとみなされているが, それと同時に出産に関する儀礼やさまざまな慣習, 人々の出産観を含めた広い視野での学際的な調査研究が待たれる.
著者
中平 真理子
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
no.4, pp.62-66, 1993-10-16

アンデス地方は, 1532年にスペインのピサロ将軍がインカ帝国を征服して以来, コカ葉(コカイン), キナ皮(キニーネ)など, 貴重な薬用植物をヨーロッパ社会にもたらした. しかしこれらは, この地方で使われていた植物のごく一部にしかすぎない. ここでは今も, 数知れない程多くの植物が治療薬として用いられている. このような社会で, 医薬品がどのように受け入れられているのかというのは, 非常に興味深いところである. 今回の調査では, エクアドル共和国のヴイルカバンパで唯一の病院内で検診が行われたため, 使用されている医薬品の一部を知ることができたので, 隊の携帯医薬品の利用傾向と共に報告する.
著者
高井 正成 松野 昌展
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.47-65, 1996-05-15

モンゴル共和国の首都ウランバートルにおいて, 現代モンゴル人を対象に, 歯科人類学的調査をおこなった. 男性19人, 女性30人の計49人の歯列印象をアルジン酸印象材を用いて採得し, その場で硬石膏を流し込んで作製したものを現代日本人およびパキスタン最北部のワヒー・タジク人から採得した歯列印象と比較検討した. またアフガニスタンのタジク人およびパシュトン人についての同様の調査の報告(酒井ほか, 1969; 1970) と比較して, 計測項目・非計測項目の両面から彼らの人種的な考察をおこなった. 現在までの歯科人類学的研究によると, アジア地域のモンゴロイドは東南アジア・インドネシア・ポリネシアに分布する「スンダドント型」集団と, 中国・日本・シベリアなどに分布する「シノドント型」集団に大別されることが多い. 現代モンゴル人を対象とした本調査の結果を現代日本人のものと比較したところ, 「シノドント型」の形質が日本人において, より典型的に出現していることがわかった. 日本人を含めた東アジアのモンゴロイド系住民の移動と進化を考える上で, 興味深い結果を示している.
著者
平田 昌弘 Hirata Masahiro
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌
巻号頁・発行日
no.11, pp.61-77, 2010

The food intake of agro-pastoralists was surveyed in the hilly high altitude of Ladakh,northern India tounderstand the characteristics of those subsistence,to discuss their adaptation strategy to high altitudecircumstances and to reconsider the pastoralism theory through the case study of transhumance. The characteristicsof their food intake are 1) the daily food intake is composed by 5 times such us morning tea,breakfast,lunch,evening tea and dinner,2) they don't take any meat in normal daily life, 3) necessary nutrients are mostly suppliedby taking beans,fresh and dry vegetables,milk products and cereals,4) cereals contribute mostly to the nutrientintake,5) the intake of purchased wheat and rice become bigger than self-supplied barley,6) the milk products usedas butter salty tea and sweet milk tea has been important traditional food resources to supply fat to their intake,7)beans are important to supply protein to their intake especially in winter and spring,8) they basically use hot spicesto add strong taste to dishes. The adaptation strategy of Ladakh agro-pastoralists into high altitude circumstances issummarized from the point of food intake as 1) they could extend their life space into high altitude by utilizingcereals,cow-yak crossbred,and beans which are cultivatable in high altitude and 2) they chose not to eat meat,butto take directly cereals,vegetables,milk products to increase food efficiency maximally for sustaining a certainpopulation in such limited land area for food production as hilly high circumstances. It was considered that Ladakhagro-pastoralists put high intention into "modesty" to coexistence with more peoples in high altitude circumstances.栄養学的視点から、移牧民の生業構造の特徴を把握し、高地環境への適応戦略を考察し、移牧という事例を通した牧畜論を再考するために、インド北部のラダーク山岳地帯において移牧民世帯と定住世帯について現地調査をおこなった。食料摂取の特徴は、1)起床後直ぐの目覚めのお茶、朝食、昼食、夕方のお茶、晩食のl日5回の食事で組み立てられていること、2) 日常の食において肉は摂取されていないこと、3)肉を摂取せず、豆類、新鮮・乾燥野菜と乳製品を多用し、穀物類を摂取することにより、必要な大部分の栄養素はまかなわれていること、4)食料摂取における穀物類の貢献度は食材の中では最大であること、5) 自給する大麦よりも購入した小麦・米の方が摂取量は多くなっていること、6) 塩バター茶や甘乳茶を頻飲するために脂肪摂取において乳製品は伝統的に重要な食材となっていたこと、7) 特に冬・春において豆類の存在はタンパク質供給源としては重要であること、8) 味付けに強烈な風味を添えるスパイスを多用していること、とまとめることができる。そして、栄養摂取の視座からラダーク移牧民の高地環境への適応を分析すると、l) 穀物類、ヤク交雑種、そして、高地でも栽培可能な豆類を巧みに利用し、また、2) 限られた土地面積という山岳環境で、ある一定の人口を扶養するために肉を摂取せず、食材の利用効率を最大限に高めるために穀物類、野菜、乳製品とを摂取する戦略をとっていると、その特徴をまとめることができる。ラダークの人びとは、肉という贅沢品を食うという貪欲性よりも、より多くの人びとと共存せんがために穀物類、野菜、乳製品を食うという「謙虚性」で生きているのである。
著者
斎藤 清明
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.135-140, 2008-03-31

総合地球環境学研究所(地球研)の研究プロジェクト「人の生老病死と高所環境~三大『高地文明』における医学生理・生態・文化的適応」(通称, 「高地文明」プロ)が, 予備研究から本研究に向けてすすんでいくなかで, 研究目標がはっきりしてきた. 本研究は2008年から2012年まで5年間の計画. 高地における人間の生き方と自然および社会経済環境との関連を, 世界の3大高地といわれるアンデス, ヒマラヤ・チベット, エチオピアで調査研究を行い, 比較していく. ようするに, 「高地文明」というものの解明であると, 私はかんがえる. この研究プロジェクトの予備研究に, 私は「自然学班」として加わり, 「高所環境と自然学~自然学の可能性」というテーマをかかげた. それは, 今西錦司が提唱した「自然学」を, 高地の人々の自然観を調べることによって展開させようというねらいであった. そのために, まず「自然学」というものを検討した. そのうえで, 「自然学」を展開させて「高地文明」プロに加わっていくためにどうすべきかを考え直してみた. そうして, 私にとっては馴染みのあるチベットを, 高地文明としてとらえてみようとおもった.
著者
吉田 正純
出版者
京都大学ヒマラヤ研究会
雑誌
ヒマラヤ学誌 : Himalayan Study Monographs (ISSN:09148620)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.47-60, 2000-06-30

本論文ではブータンにおけるノンフォーマル教育の分析を通して, 開発における教育を通じたエンパワーメントについて探求する. そのためにまず「開発とリテラシー」・「開発とジェンダー」の二つの領域でのノンフォーマル教育に関わる先行研究を整理し, アプローチを定位する. 次に現在のブータンにおける(ポスト)リテラシー・プログラムと女性の社会参加計画の政策・実践を分析し, エンパワーメントの可能性を考察する.