著者
川口 雅昭
出版者
人間環境大学
雑誌
人間と環境 : 人間環境学研究所研究報告 : journal of Institute for Human and Environmental Studies (ISSN:13434780)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.41-56, 2001-01-31

罪状申渡しの際の吉田松陰の態度については、神色自若としていたとする「定説」に対して、騒動しく「実に無念の顔色」を見せたとする記述が残っている。さて、松陰は十六歳の頃より、誠を尽くして「義」(=「忠義」)を実践し、その結果享受する「甘死(かんし)」を理想とする生死観を持っていた。一方、一見「義」に見えて、内実「義」の実践を伴わない「苦死(くし)」は忌むべきものと考えていた。その意味で、安政元年(一八五四)の下田事件失敗後、徒死(とし)と放擲(ほうてき)の不安に苦悩していることは、彼がまだ「義」を実践していないという意識を持っていた証左となる。これより、同六年、幕府の東送命令を聞いた際、「それは出来(か)した」と喜び、「幕府ノ議論ヲ一変シ魯仲連ノ功ヲ立」てんと述べた真意が理解できる。取り調べは松陰にとって、待望の「義」の実践の場だったのであろう。しかし、待っていたものは意見を聞くだけで、理解しようとしない取り調べと死の宣告であった。とすれば、私には「定説」ではなく、「実に無念の顔色」を見せたという記述こそ、その実相を伝えているとしか思えないのである。松陰が遺書を殊更に「留魂録(りゅうこんろく)」とした所以(ゆえん)はここにある。
著者
岩崎 宗治
出版者
人間環境大学
雑誌
こころとことば (ISSN:13472895)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.47-60, 2006-03-31

恋愛ソネット集『アストロフェルとステラ』におけるフィリップ・シドニーの霊感の源は<自然の女神>である。ここに歌われている愛はペトラルカ風の精神的な愛ではなくて、中世文学の<自然の女神>に結びついたエロテイクな欲望である。この時代の文化のなかで、変という私的な領域は、政治という公的領域と交叉していて、ソネット連作における求愛のレトリックは、政治における雄弁のレトリックと通底している。シドニーは、ステラへの求愛の背後に、エリザベスに対する婉曲な政治的メッセージを隠しているのかもしれない。
著者
鞍田 崇
出版者
人間環境大学
雑誌
人間環境論集 (ISSN:13473395)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.71-77, 2006-03-31

人間が生存するとは、つねにすでに種々のモノと関わりゆくことを意味しているといえよう。ところが、現代社会においては、久しく、この極めて当たり前であるはずのあり方が歪められたままである。その原因としては、さしあたり科学技術の無際限な拡張に依拠した経済活動が考えられるが、問題の根本的解決のためには、さらに議論を徹底し、現代社会の背景に存するニヒリズムの克服が試みられねばならない。ハイデガーは、まさにこうした文脈でニヒリズムの問題を根源的に検討した。そこからは、一つの帰結として、人間の側の作為を離れたあり方が要せられる。だが、現実問題として顧みた場合、われわれが自らの作為性を離脱することは不可能である。その点をふまえ、柳宗悦の民芸理論に、現代社会においてあるべきモノとの関わりの手がかりを求める。
著者
早川 勇
出版者
人間環境大学
雑誌
人間と環境 : 人間環境学研究所研究報告 : journal of Institute for Human and Environmental Studies (ISSN:13434780)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.23-34, 1999-06-20

18・19世紀に出版された英語辞書の発音表記は2種類に分けることができる。1つは数字を用いて母音の音価を示すものであり、もう1つは区分的発音符によって母音や子音の音価を示すものである。前者はウォーカーによって完成され、19世紀前半のイギリスにおいて最も権威ある表記とされた。後者は主にアメリカにおいて盛んに利用された。ウェブスター系辞書において採用されたが、ウースターがその原型を確立し、グッドリッチとポーターが完成したといえる。19世紀前半におけるウォーカー辞書の圧倒的な優位にもかかわらず、英和辞典においては彼の発音表記は採用されなかった。ウェブスター式の表記が採用された。その理由を考察することは英和辞書史において重要である。1864年版ウェブスター辞書の表記が明治期に利用された最大の理由は、発音表記そのものの優位性というよりも、原典としてのウェブスター辞書の総合的評価の高さによると推測される。