- 著者
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速水 格
- 出版者
- 日本古生物学会
- 雑誌
- 化石 (ISSN:00229202)
- 巻号頁・発行日
- vol.74, pp.81-84, 2003-09-20 (Released:2017-10-03)
古生物学がもつ不思議な魅力にとりつかれてから間もなく50年になる.半ば偶然であったが, 私はほぼ10年ごとに職場を変わった.学生・院生と学術振興会の研究生を合わせた10年半は別としても, 九州大学理学部に10年, 東京大学総合研究資料館に11年, 同理学部に10年ほど勤務した.そして現在は神奈川大学理学部で停年間際の10年目を迎えている.この間に環境や役割の変化といくつかの奇遇があり, 無節操に研究対象や興味も変わったが, 恩師を始め多くの先輩・同僚, そして学生から有益な刺激を受け, 自由に研究と教育を続けることができたのは誠に幸いであったと感謝している.私が進級論文のフィールドで保存の良い二枚貝の化石層に出会い, 小林貞一先生のすすめで研究の道に入ったのは1950年代の半ばである.戦後の混乱が漸く終息して, 人々の暮らしはほぼ戦前の水準を回復していたが, 大学の研究環境はまだきわめて貧しかった.化石の研究者が使う機器といえば, 薄片を作る回転研磨盤と歯科医が虫歯を削るためのデンタルマシンぐらいのもので, 近代的な研究機器は何もなかった.当時の古生物学を振り返ってみると, 研究者数, 研究対象, 研究のレベルや技術, 研究機器, 情報収集, 思考方法から研究者のもつ価値観や大学の雰囲気まで近年とは比べるべくもない.これは古生物学に限らないであろうが, 誠に今昔の感がある.しかし, 著しい変革と発展の陰に古生物学を巡る科学研究の良き伝統といえるものがいくつか失われたような気もする.また, 昨今の大学改革や性急な業績評価の方法は, 長年をかけて辛抱強く取り組む自然史研究の基盤を危うくしている.このたび, 化石編集部の方から「言いたい放題でよいから学史などを自由に書いてほしい」との依頼を受けてはたと困った.50年ほどの遍歴はあるが, 昭和前半のことはほとんど何も知らないし, その後の経過についても知識は限られている.おそらく駄文になること覚悟で, この半世紀に古生物学を巡って何がどう変わったのか私見を記すことにした.