著者
中野 東禅
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.154-159, 2004-09-17

ヒト胚性幹細胞(ES細胞)の医学利用につて、法律はできたが、哲学的な論考が十分尽くされたとは思えない。あっても、浅薄な一般論で、生命の発生段階に立ち入っての人間考察になっているものは少ない。人間の識の構造を考察した仏教の「唯識思想」では、自我を成立させる根源的な能力を「阿頼耶識」という。そこからヒト受精胚は自立した人間かどうかを考察したい。特に生命の最初期の胚は、生命の全体を包含する情報を持つが、いまだ、身体の各機能へと分化してはいない。また、人として「自立」するのは母胎などの必要な環境との互縁で成立するが、その互縁が成立していないのであれば、自立した生命とは言えない。そうした点から可能態としての生命と、部分化して個体として自立する生命とを分けてみる必要があるということを論考したい。