著者
田中 美穂 児玉 聡
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.96-106, 2014-09-26 (Released:2017-04-27)

高齢化に伴い、世界的にも認知症患者は増加傾向にある。世界各国は、能力の無い人の終末期医療の意思決定に関する諸問題の解決策を模索しているのが現状である。そうした試みの一つが、英国のMental Capacity Act (MCA,意思能力法)2005である。特徴的なのが、能力が無くなった場合に備えて代理人を設定する「永続的代理権」と、さまざまな権限を有した代弁人が、身寄りのない人の最善の利益に基づいて本人を代弁する「独立意思能力代弁人制度」である。本稿では、この2つの制度に焦点をあてて、MCA2005の実態を把握し、終末期医療に及ぼす影響を明らかにするため、国の公式文書や報告書、学術論文などを使って文献調査を行った。そのうえで、司法が抱える課題を指摘した。日本国内においても認知症の増加によって、能力が無い人の終末期医療の決定が大きな問題となるであろう。事前指示のみならず、代理決定も含めた行政ガイドライン、法的枠組みの必要性について議論する必要がある。
著者
松野 良一
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.92-99, 2000
参考文献数
12

1997年10月に臓器移植法が施行され、日本でも脳死体からの臓器摘出が可能になった。しかし獲得された希少な臓器をどういう基準でレシピエントに分配するかについては、まだ公開の場で十分な検討がなされていない。日本においては心臓、腎臓、肺の場合、医学的条件が同じ場合は、待機期間の長い順で臓器を分配・移植する基準が採用されている。この「先着順」システムは一見平等・公平であるように見えるが、慢性臓器疾患の高年齢層が、若年層よりも早く移植が受けられる可能性もある。さらに肝臓については、疾患の種類と緊急度、血液型適合度を点数化して順番を決めているが、場合によっては飲酒により肝硬変になった患者が、他の要因で肝疾患になった患者よりも先に移植を受けられるという事態が生じる可能性もある。アメリカの臓器分配ネットワーク(UNOS)のデータを分析すると、各臓器の約4割から7割は、11歳から34歳の若年層が提供しており、逆に、臓器を受け取るレシピエントは、50歳から64歳であった。本研究は、臓器提供の最大の予備軍である若者が、自分が脳死になった場合、誰に臓器を移植して欲しいと思っているか、主としてレシピエントの移植前後の飲酒量、病因の無辜(むこ)性、年齢・性別、社会的状況(地位)について調査したものである。結果から、ドナー予備軍の若者は、レシピエント(飲酒者、高齢者、女性より男性、受刑者など)によっては、強い不満を抱くことがわかった。若者の意識を、臓器分配システムに反映させるかどうかは別として、無視すると提供者数が減少する可能性があることは否定できない。
著者
佐藤 真輔
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.216-224, 2014-09-26 (Released:2017-04-27)

最近、臨床での遺伝子検査にゲノム解読等が用いられる場合が増えてきたが、この手法により、本来の検査目的外の、患者の健康等に影響を及ぼす可能性のある変異が発見される可能性、すなわち偶発的所見が得られる可能性が必然的に高まっている。2013年7月、米国臨床遺伝学会(ACMG)は、臨床遺伝子検査でゲノム解読等を行う場合、特定の遺伝子の変異については患者の希望の有無にかかわらずその解析を行い、その結果を返却すべきとする旨の勧告を出した。だが、同勧告についてはその後、倫理的、法的、科学的観点等から各種の議論がなされている。本稿においては、同議論の内容について整理・分析するとともに、その経緯や周辺の状況、また我が国の状況等も踏まえ、かかる偶発的所見への対処のあり方について考察を行う。
著者
高木 美也子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.44-51, 2009-09-22 (Released:2017-04-27)
参考文献数
12
被引用文献数
1

ヒトの脳内神経回路網の一部を植込み電極と体内埋設型刺激デバイスで刺激する脳深部刺激療法(DBS)により、不随意運動など多くの脳機能障害が劇的に改善されることから、日本でもこの治療を受ける患者が年々増加している。近年、うつ病や強迫性障害などの精神疾患に対してもDBSの効果が報告され、ドイツ、フランス、ベルギー、USA、カナダ等で治療として医学的な実験(治験)が開始されている。しかしながらDBSは脳内の神経回路網に組み込まれた刺激デバイスが脳機能を改変する危険性を孕んでおり、特に精神疾患ではその影響が大きいと考えられる。欧米では、治験をどのような安全基準で行なっているのか。ここでは、2008年1月にドイツ、フランスで行なった調査を踏まえ、精神疾患に対するDBS治療の安全性や適用範囲、患者の選択基準、人格に与える影響や社会的な懸念、さらには過去に精神疾患治療に使われたロボトミー手術などから倫理面を考察した。
著者
野崎 泰伸
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.202-209, 2005-09-19 (Released:2017-04-27)
参考文献数
28

生命の価値をめぐる議論は、規範倫理学上における義務論と功利主義との対立に並行する形で、しばしば二つの陣営に分かたれ、対立してきた。一方は生命の神聖性という立場であり、他方は生命の質という立場であるとされる。しかし、この二つの対立図式は完全には重なり合わないことをまず主張する。次に、選好功利主義の立場から「人格なき生命」を「生きるに値しない生命」であると断じ、そのような生命を殺すことを正当化するピーター・シンガーの論理を批判的に検討する。けれども、功利主義のある側面は、まさに生存を守っていくためにこそ使われる可能性があり、その可能性を示唆する。そのために、アマルティア・センが行った功利主義の内在的批判を検討する。そして、生存のための必要を擁護し、生存のための有意味なコストの社会的分配を擁護する。それは、生命を選別するための負担にはつながらない。
著者
浅井 篤 福井 次矢
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.103-108, 1997-09-08 (Released:2017-04-27)
参考文献数
7

臨床現場で患者の診療に当たっている医師は、日常的に多岐にわたる倫理的問題にしばしば直面している。この論文では、筆者らが実際に経験した2つの症例を提示し、13項目のジレンマ検討のための枠組みを用い、倫理的分析を試みた。この枠組みには、(1)何が問題となっているか、(2)誰が問題としているか、(3)どのような医学的状況か、(4)医療関係者の判断はどのようなものか、(5)患者の解釈モデル、希望は何か、(6)家族の希望はどのようなものか、(7)感情的、利害問題の有無、(8)関係者間のどこに不一致があるのか、(9)いかなるジレンマ解消の努力がなされたか、(10)どのような意思決定がなされ、その根拠はなにか、(11)関係者は納得しているか、(12)関係者は満足しているか、(13)下された判断の倫理的妥当性はどうか、が含まれている。また、どのような倫理原則に従った判断が妥当であるかも考察した。
著者
寿台 順誠
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.116-125, 2014

「リビングウィル」や「事前指示」といった、今日の「死と死にゆく過程」をめぐる言説は、「自律」原則の下にあって、死に関して「自己決定」を迫るものが多い。しかし、終末期において最も重要なことは、本当に「自分らしい」死に方を決めることであろうか。本論文で筆者は、それよりもっと重要なのは、死にゆく者と看取る者の間の「共苦」であると主張する。以下まず、アメリカにおける関連する裁判や立法を検討しているロイス・シェパードの議論を紹介して、「自律から苦悩へ」という考え方の転換の意義を確認し、次に、日本における「安楽死・尊厳死」裁判を再検討して、そこでは患者よりもむしろ「家族の苦悩」への同情が判断の決定的要因であったことを確かめる。しかし日本でも最近の裁判では、患者の自己決定権を根拠に安楽死問題の医療化と法化が進行しており、次第に事件の場面から「家族」が姿を消しつつある。そこで最後に筆者は、死にゆく者と看取る者(家族等)が苦悩を共にする「共苦の親密圈」を再構築することが重要であると結論づける。
著者
福田 八寿絵
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.145-153, 2014

本稿は、高齢患者の医療行為の選択における判断基準、同意能力評価法を検討し、その利用可能性と課題を明らかにすることを目的とする。加齢とともに慢性疾患や障害によって認知機能や意思を表現する能力が低下し、治療などの医療行為に対する意思決定を行うことが困難となる場合も少なくない。そのためさまざまな同意能力の評価法が開発されてきているが、基準は一定ではない。既存の同意能力評価方法は有効性についての検討症例が比較的少なく、評価の閾値をどのように設定すべきか、評価の客観性や適用対象などについてもさらなる検討が必要となる。評価結果の適用を医療専門職の裁量に委ねる場合についても十分な説明責任を果たすことが求められる。医療専門職や家族が高齢者の価値観や選好を理解し、総合的な同意能力評価を行うことで、高齢者のエンパワーメントを促し、意思決定プロセスの透明性を高め、患者の意思をより的確に医療行為に反映させることが可能となる。
著者
石田 安実
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.142-149, 2016

<p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;現代では、医療やその制度が高度に発達し、患者は複雑に専門化した知識や情報を与えられるようになった。そうした中、患者たちは自己決定をしなくてはならない場合でも、「全き意味での自己決定」が前提とする「合理的判断能力のある個人」「十分な情報理解」「外的強制がない」というあり方ではなく、「十分な判断能力に欠ける個人」「情報の不十分な理解」「様々な事柄への配慮」をする個人として、制度という外部の「装置」に依存しながら倫理的判断を行うようになったといえる。その判断形態を、筆者は「倫理判断のパッケージ化」という概念で理解する。「全き意味での自己決定」ではなく「倫理判断のパッケージ化」に基づいて判断する者の倫理的責任は、どのようなものだろうか。筆者は、法的責任と倫理的責任を分け、前者を認めることで制度の有効性を維持するが、後者をより緩やかに取ることで、「倫理判断のパッケージ化」によって判断する者をより良い関係に取り込むことを提案する。</p>
著者
角田 ますみ
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.57-68, 2015-09-26 (Released:2016-11-01)
参考文献数
21
被引用文献数
1

わが国でも人生の終盤期をどう生き死に逝くかということに関心が高まり、アドバンスケアプランニング (Advance Care Planning : ACP)という言葉が散見されるようになってきた。しかし、実際にはACPとは何かということが明確にならないまま、臨床現場ではそれぞれが手探りで実践に役立てようと苦労している。そこで本研究では、日本におけるACPの文献から、我が国におけるACPの現状を検討した。その結果、内容分析から、ACPを必要とする【場】、【時期】、【選択】、【状態】、【人】、ACPが必要としている【援助技術」、【システム】の7つの力テゴリーと45のサブカテゴリーを抽出した。これらは概念としてのACPを具体的に構成する要素と考えられた。今後の課題として、この構成要素を具体化し、実践に役立つ支援の方法論や技術を確立・向上していくこと、そしてこれらの成果を蓄積し、日本に適用可能なACPを構築していく必要性が示唆された。
著者
児玉 正幸
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.63-71, 2013-09-26 (Released:2017-04-27)

平成24年7月11日付読売新聞紙上に、大谷徹郎医師が流産予防目的で、日産婦学会未承認の染色体数的異常の検査に新型PGDを無申請で適用したと公表した。それに伴い、日産婦学会は7月27日に【「着床前診断」報道に関する日本産科婦人科学会の声明】を出して、「その行為を決して容認しない」と旗幟を鮮明にした。そこで本稿では、大谷医師の画期的な治療成果が惹起する新事態と新型PGDの適用に際して今後解決されるべき生命倫理のボトルネックを指摘するとともに、そのボトルネックについて倫理的考察を加える。日産婦学会の方針は論理的整合性を欠く。
著者
神馬 幸一
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.72-78, 2013-09-26

2012年のノーベル経済学賞は「安定配分理論とマーケットデザインの実践」に関する業績に与えられた。ここにおける数学的基礎理論と経済学的実践は,臓器マッチング体制の確立という具体的な成果を導いてきた。生体育移植における多くの事例では,他者に無償で腎臓提供をしたい場合であっても,当事者間における医学的適応性の問題により提供を諦めなければならないことがある。しかし,この臓器マッチング体制により実施される組み直し腎臓交換は,その問題を解消する。すなわち,この仕組みは,医学的適応性に関して問題を有する複数の腎移植当事者を組み換え直すというものである。これは,臓器売買の場合と異なり,無償提供の意思を結び付ける画期的な発想であるとも評価できる。本稿では,この臓器マッチング体制の様々な手順内容を確認した上で,これらの新しい生体間移植医療の手法における倫理的問題を検討する。
著者
木村 利人
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.60-64, 2007
参考文献数
13

「戦争とテロ」の問題は、バイオエシックス研究者が取組むべき最も緊急な課題の一つである。本稿では、正に「戦争とテロ」の時代であった1970年代のベトナムでの筆者の体験が、学会のシンポジウムで使用されたビデオの映像を手がかりにNarrativeの手法により展開される。筆者がベトナム戦争の時期のサイゴン大学で教鞭をとっていた時に知りあった一人の学生から広範な地域にわたる先天性奇形児の出生、死産や自然流産をもたらしている「枯葉作戦」の実態を告げられて衝撃を受けた。これを契機として、ベトナム民族皆殺しのGenocideを目的とする生物化学兵器の使用・悪用を排除し、いのちと自然、環境を守り、育てる新しい「いのち」と「倫理」に焦点を合わせた新しい学問としての「超学際的・バイオエシックス」の構想をするに至った。その後、人間生命と人権を基盤にして、学問の領域を越えた相互協力関係の中から、グローバルな人権運動を基盤にしつつ欧米やアジアなど世界の各地で、同僚たちとともに、筆者の構想による「超学際的・バイオエシックス」を展開していくことになった。バイオエシックスを臨床医療における応用倫理学の分野へと矮小化してはならない。21世紀のいのちの未来展望は、超学際的バイオエシックスよって新地平を切り開かれることになる。真の平和をもたらすための第一歩は「戦争とテロ」に抗するバイオエシックスを国際的視野において真摯に展開することから始まるであろう。
著者
伊藤 幸郎
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.25-31, 2002
参考文献数
7

20世紀末から医学界に流行したEBMは、複雑な現実世界に決定論的因果関係を求める代わりに、着目する集団に見られる諸現象の特性を確率論的な関係として明らかにする。EBMは19世紀に起こった実証主義に端を発する方法論で、帰納論理に基づいているから、その結果はだれでも納得するエビデンスとして示される。EBMは医療の標準化に役立ち、臨床医学の予言が確率的でしかないことをわれわれに自覚させるという点で意義がある。従来の機械論的生物医学とEBMとは科学的医学の車の両輪である。しかし科学は人生の価値や意味に中立的で、確率論的な予測を提供するのみである。EBMは人生にとって価値あることのために利用すべき道具なのだ。
著者
長尾 式子 瀧本 禎之 赤林 朗
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.101-106, 2005
参考文献数
15
被引用文献数
5

日本の医療現場における倫理コンサルテーション(EC)の現状を調査することを目的に、臨床研修指定病院(全数、N=640)を対象に郵送による無記名自記式質問紙調査を行なった。267病院(回収率41.7%)から有効回答を得た。EC体制の有無については75.3%が「ない」、24.7%が「ある」と回答した。「ある」と回答した者のほとんどが個々の症例の倫理的問題については、「倫理委員会」で対応しており、「ない」と回答した者の36.8%が「科長などの判断」、18.4%が「現場の医師に任せる」で対処していると回答した。ECのニーズについては、回答者の9割弱が「必要がある」と回答した。多くの病院において個々の症例について倫理的問題に対するサポート体制の整備の必要性が高いことが示唆された。
著者
池上 順子 広岡 博之
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.95-100, 1999
参考文献数
8
被引用文献数
7

1992年4月と1997年10月の5年間における脳死と臓器移植に関する学生の意識の変化を明らかにするために、大学生を対象に調査を行った。臓器移植法について、その成立を肯定するものが多かった。しかし、実施については条件を整えてから実施すべきとの慎重論が強かった。「脳死は人の死」を認める者が少し多くなった。脳死の受容については、自分の場合は高くなったが、家族の場合は、受容できないとする者が高くなった。医者に対する信頼とインフォームド・コンセントについては、あまり大きな変化はみられなかった。本研究から、脳死・臓器移植への意思決定のためには、適切な情報の提供や総合的判断力の養成が必要であると示唆された。
著者
伊吹 友秀
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.244-254, 2014-09-26

現在、生まれてくる子供の性別を選択するための最も有効な方法の一つが着床前診断(PGD)を用いる方法である。わが国では性別の選択を目的としたPGDの利用は許容されていないものの、少なからぬ親たちが海外でこれを実施したことが報道された。そこで、本論文では、わが国における性別の選択を目的としたPGDの利用の是非について考察することを目的として、欧米の先行研究に関する文献調査とそれに基づく理論的な研究を行った。その結果、性別の選択を目的としたPGDの利用については、1)安全性・リスクの問題、2)性差別の助長の問題、3)性比の不均衡の問題、4)親の子どもに対する態度やまなざしの変化の問題が批判的に指摘されていること、親の自律や自由の観点から反論がされていることを明らかにした。その上で、これらの問題点をわが国の文脈も考慮に入れた場合に、どのように解釈されるかについて考察を加えた。最終的に、親の子どもに対する態度やまなざしの変化の問題と関連して、徳倫理学的な観点からの分析を行った。
著者
小出 泰士
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.29-36, 2009-09-22

フランスでは、2004年の生命倫理法改正に際して、着床前診断の適応が拡張された。それにより、ファンコニ病の第一子を治療するために、着床前診断技術を用いて、第一子とHLA型の適合する第二子を出産することが、法律で容認された。患者を治療するために他者の身体を利用することの哲学的根拠を考えるなら、一方で、連帯性の原則に則って、病気の患者を救うことは社会の義務である。しかし他方で、自律の原則に則って、そのために身体の一部を提供することは、あくまで提供者本人の自発的な意思によるのでなければならない。ところが、まだ意思はおろか存在すらない第二子に、第一子の治療の手段となることを要請することは、連帯性の行き過ぎではないだろうか。連帯性よりもむしろ、第二子の尊厳、統合性、傷つきやすさへの配慮を優先すべきではなかろうか。
著者
五十子 敬子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.127-133, 1999-09-13

1767年のSlater v.Stapletonの判決以来、判例の積み重ねにより、次の原則が確立した。*自己決定による健常者の治療の中止および差し控えは許容される。*無能力者に関しては医の慣行に照らし合わせ、かつ患者の最良の利益を考慮して決定される。英国では、死ぬ権利は認められないが、能力があり治療に対する同意がある場合の治療の中止、および差し控えの自己決定権は確立されている。その自己決定が結果として生命の終結を早めさせようとも、それは許容されている。一方、精神的無能力者の医療上の決定に関しては、現時点においても意見公募が続けられている。本論では、1.事例を通して形成された原則、2.司法および行政の見解、3.英国医師会の見解について考察し、治療の中止および差し控えの法制化についての検討を試みる。
著者
田中 美穂 児玉 聡
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.96-106, 2014-09-26

高齢化に伴い、世界的にも認知症患者は増加傾向にある。世界各国は、能力の無い人の終末期医療の意思決定に関する諸問題の解決策を模索しているのが現状である。そうした試みの一つが、英国のMental Capacity Act (MCA,意思能力法)2005である。特徴的なのが、能力が無くなった場合に備えて代理人を設定する「永続的代理権」と、さまざまな権限を有した代弁人が、身寄りのない人の最善の利益に基づいて本人を代弁する「独立意思能力代弁人制度」である。本稿では、この2つの制度に焦点をあてて、MCA2005の実態を把握し、終末期医療に及ぼす影響を明らかにするため、国の公式文書や報告書、学術論文などを使って文献調査を行った。そのうえで、司法が抱える課題を指摘した。日本国内においても認知症の増加によって、能力が無い人の終末期医療の決定が大きな問題となるであろう。事前指示のみならず、代理決定も含めた行政ガイドライン、法的枠組みの必要性について議論する必要がある。