著者
伊吹 友秀 児玉 聡
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.4-13, 2013-09-26

着床前診断の技術的な進歩は、日産婦の会告で許容されている以外の目的での利用の可能性を人々に拓いている。そこで、本論文では、将来的なPGDの応用可能性を見据え、その利用に関する倫理規範や行為指針について考察することを目的とし、文献調査に基づく理論的な研究を実施した。中でも、親には最善の子どもを産む義務があるのだという生殖における善行原則は、多くの賛否の議論を巻き起こしているため、この原則をめぐる欧米の論争を整理し、その意義と限界を分析した。その結果、生殖における善行原則が常に守ることが要求されるような絶対の義務であるか、それとも、ロスの一応の義務のような義務であるのかについて、原則の擁護者らと批判者らの間で解釈に対立があった。そこで、本論文では、この論争に一つの解決の糸口を見出すために、原則に従うべき「よい理由(good reason to do)」について考察を加え、従来の功利主義的な議論の限界を指摘し、徳倫理学的な観点からの補完が新たな理論的可能性を持つのではないか、ということを提言した。
著者
佐藤 法仁
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.61-67, 1999-09-13 (Released:2017-04-27)
参考文献数
16

日本において、研究施設を直接規制する法律は存在せず、建築基準法等の一定の基準を満たしていれば、建設が可能なのが実状である。法的に問題がないにせよ、周辺住民の不安は小さなものではなく、建設反対や研究中止を求める運動が各地で起きている。本稿では、事例を検討し、現在の研究者側主導の研究施設と周辺環境の関係を再考し提言を行う。提言の中心は、研究者と施設側の「説明(explanation)」と住民の「同意(consent)」であり、研究者と施設は住民の生活領域における安全(安全権)を保障する義務を負う必要があるということと、今後、研究者、施設側は、WHOの定めるLaboratory Biosafety Manual 1993等の国際基準を厳守して研究を進めていく必要があり、また、住民と共に、国に法整備を求めていくことが必要である。その事は結果的に、住民の反対運動による研究中止という事態を回避させ、順調な研究活動、そして周辺住民の生活の安全を保全すると考える。
著者
高島 響子 児玉 聡
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.75-85, 2012

近年英国で問題となっているスイスへの渡航幇助自殺は、渡航医療の一形態と捉えることができる。本稿では、英国国内の生命の終結をめぐる議論およびPurdy v. DPP判決の内容と判決後に出された自殺幇助の訴追方針を概観し、渡航幇助自殺が英国の自殺幇助の議論全体にもたらした影響について考察した。英国では、渡航幇助自殺を行った患者を手助けした家族は訴追されないケースが蓄積し、Purdy貴族院判決後には、自殺幇助における訴追方針の明確化が求められた。こうして、国内で自殺幇助を合法化することは実現しないまま、渡航幇助自殺を事実上許容する訴追方針が出された。国内の自殺幇助の問題が、渡航幇助自殺を包含する形で一応の解決に落ち着いたともとれる現状にあることがわかった。このような展開がもたらされたのは、渡航医療の存在が国内議論に変化を生じさせた結果だと考えられる。自国内で実施不可能な行為が、渡航医療の利用によって海外で実現されるケースが蓄積されることにより、国内規制の議論に一種の「緊張関係」が生じ、従来の論争構造とは異なる新たな展開が生まれる可能性が示唆された。日本においても、臓器移植や生殖補助医療などにおいて、渡航医療を利用するケースがすでに報告されており、今後はそのようなケースの蓄積が、国内の議論や規制に与える影響を検討する必要がある。
著者
田口 朝子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.14-25, 2012-09-19 (Released:2017-04-27)

本研究の目的は、妊娠葛藤を抱える女性への支援について明らかにすることにある。そこで、私たちはNPOの支援によって出産した8人の妊(産)婦に半構造化面接を行った。データは質的分析によって分析した。その結果、妊娠葛藤の構造は、大きくは「社会的孤立」と「生命観の変化」の2つのカテゴリーに分類され、カテゴリー内はさらにそれぞれ4つの項目に分けられた。「社会的孤立」は「自分の問題」「相手の問題」「人間関係」「暮らし」に分類され、「生命観の変化」は「新しい生命に対する感情」「生命への実感」「中絶に対する認識」「生命の尊重」に分類できた。本調査の結果は、わが国でも今後は、妊娠に悩む女性のサポートとしての「妊娠葛藤相談」のあり方を明らかにしていくことの重要性を示すものとなった。
著者
稲村 一隆
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.46-53, 2013

本稿は、リベラル優生学の問題点、特に親が自分の受精卵に特定の遺伝子を挿入することによって子供の能力を増強しようとする積極的優生学の試みが、各人は自分の生き方を選択する権利を持っているというリベラリズムの基本原則に適合するかどうかを検討している。リベラル優生学によれば、子供の遺伝子を変えることと環境を変えることは同じように評価すべきである。しかし本稿の見解では、環境を変える場合、親は子供の意向を配慮しているが、遺伝的介入の場合、親は子供の反応を全く受け取ることなく、自分の望みを押し付けている。したがって親は「生殖の自由」を持っているが、単なるエンハンスメントを目的にした遺伝的介入を行う自由はないと本稿は議論している。また本稿はリベラル優生学に関する、カス、ハーバーマス、サンデルによる批判を検討し、これらの批判は人格に関する遺伝要因を強調しすぎている点を指摘し、人格に関する遺伝と環境の複合要因を認めたとしてもリベラル優生学の非リベラルな性質を指摘できることを示している。
著者
角田 ますみ
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.26-38, 2018-08-01

<p> 本稿では、現場で働く介護福祉士が、倫理についてどのような基礎教育や現任教育を受けているのか、また倫理的問題の認識や対処はどのようなものかを把握するために、全国介護老人保健施設協会に正会員として登録されている介護老人保健施設から無作為抽出した200施設に勤務する介護福祉士1,000人に対し、質問紙調査を行った。(有効回答数494部、回収率49.4%)。その結果、現場で多く見られる倫理的問題として、言葉や態度など援助者の行為自体が倫理的問題となるもの、また利用者に合わせたケアや生活援助ができていないことが挙げられ、排泄、入浴、食事などの三大介護場面で倫理的問題が多く生じていることなどが明らかになった。また問題とわかっていてもどうしていいかわからない、規則やシステムで改善できない等の理由で倫理的問題に取り組めない状況が明らかになった。倫理教育については、スタッフの価値観の共有、援助行為の振り返りと質の向上、利用者の個別性への理解に役立つと考えており、内容としては基礎的知識の伝授にとどまらず、現場の具体的な問題の判断や解決方法に関するものが望まれていた。今後も介護現場で生じる倫理的問題についてのさらなる集約とそれに応じた具体的な倫理教育内容の充実が重要であることが明らかになった。</p>
著者
倉林 しのぶ 芝山 江美子 宮崎 有紀子 李 孟蓉 尾島 喜代美 風間 順子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.76-86, 2014-09-26 (Released:2017-04-27)

本調査では、「虐待」および「虐待」のグレーゾーンともいえる「不適切な行為」の認識に影響を及ぼす因子と、その「気づき」を促すための方策を探ることを目的に介護関連施設職員240名を対象にした自記式無記名による質問紙調査を実施した。その結果、「虐待」として認識率が高いものは、"高齢者への被害が明らかな行為"であり「不適切な行為」としては、"高齢者本人に直接的な侵襲がないと思える行為"があがった。30%以上が「問題ない」と認識した行為はいずれも「安全優先」「施設都合」「家族優先」のいずれかが背景にあった。また、職種別による「虐待」の認識率は「介護福祉士」が最も高く、経験年数別では、「3年以上」が「3年未満」より高率であった。虐待や不適切行為を捉える能力は教育だけで身に付くものではなく、介護の実践経験を積むことで養われる能力の存在も示唆され、人材養成教育や職員教育の充実とともに、実践現場における事例検討等を含めた教育継続が必要である。また、対象者への直接的な侵襲がない行為でも守秘義務や自律尊重に関わる倫理的問題が含まれている場合があり、それらを見極める能力を高めることも必要と思われた。
著者
会田 薫子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.122-129, 2003
参考文献数
21
被引用文献数
2

1997年の「臓器の移植に関する法律」の施行以来、脳死からの臓器移植に関する諸問題は、そのほとんどが片付き、残る課題の中心は、小児からの臓器摘出の可否の検討とドナー増を図ること、と考えられている。しかし、日本も採用している全脳死の概念への疑義が「臓器移植先進国」アメリカで再燃し、本質的な問題は、再び、「脳死とは何か」に戻ってきている。「脳死は人の死」というのは過去の理解であり、今やアメリカで移植医療に関わる医師や生命倫理研究者は、全脳死の概念を「論理的整合性を若干欠いていても、移植医療を支える社会的構成概念として有用」と理解しているが、ドナーになる一般市民はこれを知らない。しかし、善意のドナーが臓器移植システムの土台を成す以上、一般市民には正確な情報が与えられなければならない。善意のドナーの誤解を利用したまま臓器移植システムを運営することは許されない。
著者
伊吹 友秀 児玉 聡
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.47-55, 2007
参考文献数
52
被引用文献数
1

昨今、デザイナー・ベビーやスポーツにおけるドーピングなど、医科学技術のエンハンスメント的な使用に対する倫理的な懸念が高まっている。だが、「エンハンスメントとはそもそも何なのか」という議論が十分になされているとはいいがたい。そこで、本研究では、1)「エンハンスメント」という語の用いられ方を系統的な文献調査によって明らかにし、これを基に、2)「エンハンスメント」という語の整合的な定義はどのようなものか、3)その様に定義された場合に、エンハンスメントに対するさまざまな懸念に対してどのような含意があるのかということを考察した。その結果、エンハンスメントとは治療の対概念と定義されることが多く、治療との区別の仕方には、a)医学的な区別、b)政治哲学的な区別、c)社会学的な区別の三種類があることが明らかになった。しかし、そのいずれも欠点を抱えており、治療とエンハンスメントを判然と区別するには至らないことを示した。他方、治療とエンハンスメントの区別を重要視しない立場には、保守的なものとラディカルなものに分類されることを示したが、これらはいずれも直観との不整合が見られた。これらの結果より、エンハンスメントと治療は概念的な連続性があること、そして、エンハンスメントは、「医科学的介入のうち、医療の目的にあまり強く合致しない改善目的の介入」と定義すると整合的であることを示唆した。その上で、エンハンスメントに対して向けられている懸念は、医科学技術全般に対して当てはまる懸念であり、本来は治療にも当てはまる懸念であるが、治療は医療の目的をより強く満たしているためにその懸念が相殺されていると論じた。
著者
高橋 隆雄
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.98-105, 2009-09-22 (Released:2017-04-27)
参考文献数
12
被引用文献数
1

臨床倫理支援を対象とする倫理委員会の主要な役割は、医療現場で判断しきれないことを法やガイドラインにもとづいて適切に判断することである。その内容は、法やガイドラインの適用に関することや、倫理的原理の間に生じる葛藤の解消などである。ここでは、知識と経験豊富な複数のメンバーによる議論は妥当な結論を導くという、現代版の「理性への信頼」が前提とされている。倫理委員会ではマニュアルを作ることが倫理学上も必要であるが、それに頼りすぎると判断が硬直化する。委員会は、状況に応じた適切な判断をするという一種の「徳」を要求されており、自らの判断能力を常に向上させなければならない。また、倫理とは本来つねに動的なのであり、倫理委員会は法やガイドラインに依拠しながら、それら自体の適否を問うようにもなるだろう。法に従う有徳な人々が社会を通じて法を改正するように、倫理委員会はネットワークを充実させることで、法やガイドラインの改正に働きかけることができる。
著者
坂江 千寿子 上見 幸司
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.68-74, 1997-09-08

本研究は、人々が脳死移植について考える際に、入手できる情報の-つである新聞を取り上げ、内容分析の手法を用いて近年の報道内容を明らかにする試みである。研究の対象は、見出し文に「脳死」と「臓器移植」の両者を含む(読売新聞社、1987年〜1995年、著作権交渉中の記事6件を除く)114件の記事とし、漢字語のソートプログラム(JSORT)を用いて(1)漢字語の経年変化、(2)特徴的な増減を示すキーワードの推移を明らかにした。次に、漢字語のみでは解釈に限界があるため、BGREPプログラムを用いてキーワードを含む文字列を検索し記事本文に遡って分析した。本研究では、キーワード「意思」を検索し、何を対象にした誰の意思がどのように言及されているかについて分析した。その結果、(1)「脳死体」や「忖度」などの特徴的な増減を示したキーワードを特定し、(2)「脳死体」や「脳死患者」などのように、生か死かの判断を迷わせるような造語の出現と、(3)「意思」の主語の多様性などを指摘することができた。そして、キーワードとしての「意思」の主体者が(4)本人から「家族あるいは遺族」に拡大し、また近年では、(5)「本人」の「意思」を「忖度」することの是非が報じられていることが判明した。
著者
本田 まり
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.159-167, 2005-09-19
被引用文献数
1

配偶者死亡後の生殖に関する問題は、生殖補助医療技術が発達した国々において共通に見られる。フランスでは、1994年に制定されたいわゆる生命倫理三法を改正する作業においてもこれが採り上げられ、2004年の生命倫理法に反映された。わが国においては判例上、夫死亡後にその冷凍精子により出生していた子の、死後認知の可否が問題となっている。本稿は、わが国における生殖補助医療関連の法整備にあたり、配偶者死亡後の「医学的に援助された生殖」について検討することを目的とする。フランスの状況について人工授精の事例と体外受精のそれとを区別した上で、法と倫理諮問機関との対立を概観し、法を分析する中から「公序」の内容を探る。さらに、わが国の立法における死後生殖に関する判断基準に対してフランス法が示唆するところを考察する。既に出生した子については現在のところ、その福祉のために、フランスにおいては嫡出性が、わが国においては死後認知が認められているといえよう。
著者
島薗 進
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.19-27, 2005-09-19
被引用文献数
2

医学が治療という任務を超えて、心身の能力を増進させたり、性格を変化させたりすることは許されるのか。許されるとしても限度があるとすれば、どのような限度だろうか。増進的介入をめぐるこうした論議の中で重要な意義をもつものに、軽度のうつ気分の改善に効果があるプロザックなどのSSRI(選択的セロトニン取り込み阻害薬)をめぐるものがある。気分操作という面でSSRIが切り開いた新たな医薬の機能を解説し、心理療法と対比しつつその使用を巧みに弁護した書物にピーター・クレイマーの『プロザックに耳を傾ける』がある。その弁論とレオン・カスが座長を務めるアメリカの大統領諮問生命倫理委員会の批判論を対比し、増進的介入の限度を論じる際の根拠となる生命の価値の概念について考察する。自律ではなく、痛みを免れられず、また与えられたものによってこそ生きる人間の条件を知り、受け入れることの価値について論じる。
著者
于 麗玲 塩見 佳也 加藤 穣 宍戸 圭介 池澤 淳子 粟屋 剛
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.125-133, 2013-09-26

中国「優生優育」政策は、「中華人民共和国母嬰保健法」(以下、母嬰法と称する)及びその下位法令(「母嬰保健法実施方法」、「出生前診断技術管理方法」、「新生児疾病検査管理方法」ほか)から看取される。「優生」に関して、母嬰法及びその下位法令は、婚姻予定のカップルや一定の医師に、以下のような義務を課している。すなわち、同法等は、まず婚姻予定のカップルに対して、(1)婚姻前の一定の時期に「婚前医学検査」を受ける義務、及び(2)婚姻登記機関へ「婚前医学検査証明」を提出する義務を課している。次に、一定の医師に対して、一定の場合に、(3)カップルに婚姻の時期を暫く延期するように勧告する義務、(4)カップルに「婚前医学検査証明」を発行しない義務、(5)カップルに長期間の避妊もしくは避妊手術を行うよう勧告する義務、(6)妊婦に出生前診断を実施する義務、(7)妊婦に人工妊娠中絶をするよう勧告する義務を課している。母嬰法及びその下位法令は「優生」に関する義務を課すのみではない。「妊産期医療サービス」(母嬰法第14条1項と2項、「母嬰実施方法」第26条)、「新生児保健」(母嬰法第14条4項、「母嬰実施方法」第26条)等をも規定している。これは、「優生優育」政策における「優育」の側面を表すものである。
著者
小川 眞里子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.66-70, 1993-07-20

「なぜ生物は死ぬのか」という問いには、二つの局面がある。一つは老化や死の原因を問うもので、二つめは、生物が死ぬべく運命づけられている理由を問うものである。本論のねらいは、これらの疑問に生物学がどう答えてきたかを歴史的に明らかにしようとするものである。第一点については、自然死と事故死を区別してかからねばならない。古代ギリシャ時代から、自然哲学者にしろ生物学者にしろ、基本的には自然死すなわち老化過程を扱ってきており、一般に、老化過程は何ものかが失われていく過程として捉えられてきた。第二点については、ドイツのヴァイスマンが19世紀後半の進化論的考察の中から初めて明らかにしたものである。それによって、死は不可避な、忌むべきことがらではなく、外界によりよく適応するために生物が獲得した進化論的戦術と見なされることになった。
著者
熊倉 伸宏
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.61-67, 1997-09-08
参考文献数
11
被引用文献数
3

ホスピスや在宅ケアにおいて患者は、単に延命に始終する治療を拒否し、いかに死ぬかを自分の意志で選ぶことができるようになってきた。この目的のために「死ぬ権利」が、患者の自己決定権を根拠として導入された。しかし自己決定権の原型は、Mill JSが「自分自身、その身体とこころに対しては個人に主権がある」とした点にある。ここに新たな問題が生じてきた。もし「死ぬ権利」が「死の選択権」を意味するのならば、耐えがたい心理的苦痛から逃れたい者が、論理的に「自殺する権利」を主張できる可能性が生じたからである。そのような考えから「自殺する権利」が主張され、致命的薬物を使用し、あるいは「自殺マシーン」を用いて自殺幇助する医師が登場した。この論文では、「死ぬ権利」を持続的植物状態、末期状態、自殺の3つの臨床類型に分けて比較検討し、その構成概念と正当化論理の異同を論じ、「死ぬ権利」の現在的な定式化を試みた。結論的には、1)医療行為として主張される「自殺する権利」と個人への医療の不可侵性としての「死ぬ自由」を区別する必要性を示し、2)「死ぬ権利」を「死の選択権」としてではなくて、「死が切迫した状況下において疾病過程によって患者の主体消滅が不可避な場合に、死に方を選択する権利」と定式化して論じた。この定式化によって、安楽死と自殺幇助の間に想定すべき明確な差異について論じた。
著者
難波 紘二
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.75-80, 2003-09-18
被引用文献数
1

本論文タイトルの疑問に答えるために、科学におけるクローンとは何かを簡単に検討した。クローンとは受精卵以後に一個の体細胞に由来して形成された、組織された細胞集塊をいい、このため遺伝的構造が同ーとなる。クローンには多種多様な存在が知られている。「人間の尊厳」という言葉の歴史を検討し、それが時代を超えて普遍の意味をもつというのは事実でないことを明らかにした。しばしばこの言葉は議論において根拠を提示することなく、異論を封じ込めるのに用いられている。ヒトのクローン技術は現時点においても生殖医学において許容できる範囲の安全率をもっていると考えられる。従って、この技術を利用する以外に自分の子供を絶対にもつことができない個人が出現した場合に、この技術の人間への応用が、他の個人や社会に危害を与えることが明らかに証明されるのでない限り、それを禁止するのは自由に対する行き過ぎた抑圧と見なされるべきである。
著者
高島 響子 浦出 美緒 中田 亜希子 中澤 栄輔 伊吹 友秀
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.4-36, 2019-09-26 (Released:2020-08-01)
参考文献数
50

第30回日本生命倫理学会( 2018年12月、京都) にて著者らは、本学会の30年間の歩みを振り返る3 つのポスター展示—1 ) 30年間の国内の生命倫理に関わるトピックス、2 ) 30年間の日本生命倫理学会の活動の概要、3 ) 30年間の学会誌『生命倫理』の変遷—を行った。本稿はその発表内容を再編集しまとめたものである。30年の間に生命倫理に関わる多くの社会的な問題が生じ、さまざまな法や倫理指針が施行されてきた一方で、法規制の必要性が指摘されながら制定に至っていない領域もある。社会的な流れと呼応するように、本学会自体も様々な変化を経験し、また学会誌『生命倫理』においても時代ごとに多様なトピックスが取り上げら れてきた。本論文を通じてここまでの30年間の歩みに敬意を表すとともに、本学会員、ひいては本邦の生命倫理学にとって有用な資料の提供、並びに、これからの生命倫理学会の発展につながる契機となることを願う。
著者
川崎 富夫
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.42-50, 2012-09-19 (Released:2017-04-27)

法学および倫理学が使用する『意思』は、歴史的、言語的、そして法解釈的に見て「意志」のことである。インフォームド・コンセントとは、患者が様々に悩む「意思」に始まり、医師と患者の『共同意思決定過程』を通して、患者が「意志」を自己形成することである。医師と患者双方の行為や行動にあらわれる「意志」をよりどころに、相手が知らない情報(episode)を提供し合いながら相互信頼を得ることである。自己決定できない患者では、家族が患者の「意志」を思いはかって患者を説得し、あるいは家族自らが納得することにより、同意が成立する。その過程において医師が患者に配慮して手を尽くしたかどうかが問題となる。迷って自己決定できない患者では、権威への依存を通して同意が成立する。臨床現場では、権威によって変容したパターナリズムが、ここに存在する。
著者
蔵田 伸雄
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.35-41, 2000-09-13 (Released:2017-04-27)
参考文献数
28

各国が体細胞核移植クローン技術の人への使用を法的に規制する方向に向かっているにもかかわらず、「生殖の自由」という権利に訴えてクローン技術の人への使用を肯定しようとする主張は少なくない。しかしそもそも「生殖の自由」という権利は、女性の中絶や避妊の権利を確保し、強制的な不妊手術等から女性を守るための権利である。そのような権利をクローン技術の使用を正当化することにまで用いることは濫用ではないだろうか。また男女両性の遺伝子が関与しないという点で、体細胞核移植クローン技術の使用は、体外受精、非配偶者間精子提供、代理母といった既存の人工生殖技術とは本質的に異なっている。生殖とは男女両性の遺伝子が関わることによってなされることであるとするなら、クローン技術を用いた児の産生は「生殖」ではない。したがって「生殖の自由」という権利によってクローン技術の使用を正当化することはできないだろう。